第005話 九メートル超え

■登場人物

・リーエ:二十一歳、鬱病に苦しむ徹攻兵、一年生

・チーヤ:十九歳、リーエの案内役、二年生

・ナムリーン:王立国防軍の採用担当者



 国防省の受付で出会ったナムリーンは、リーエの拒食症で痩せすぎた体格をみて、正直に嘆息した。

 ナムリーンがたずねる。「失礼ですがヴツレムサーさん、身長と体重はいくつですか」

 「身長は百六十六センチ、体重は三十七キロしかありません」

 ナムリーンは少し考えていたが、やらないで決めつけるより、やってから適性を判断すればよいと考え直した。

 ナムリーンは、リーエを事務所に通すと、簡単に、国防の要員調達が困難なこと、そのために様々な採用方法がとられていること、これからリーエに試してもらうのは、その中でもごく単純かつ安全な試験であることが説明された。

 「ただし」

 そう前置きしてナムリーンは続けた「この試験は、国際機密に関与する、極めて情報の取り扱いに慎重さを求められる試験なのです。

 この試験を受けたことも含めて、機密を守る誓約書にサインいただくことは可能ですか」

 誓約書には、

  ・国際機密として一級、二級という格を超えた、特殊な扱いがされていること

  ・試験を受験したことも含めて何人にも口外してはならないこと

  ・機密を漏洩した場合、懲役も含めた刑罰がくだされ、将来に禍根を残すこと

が記されていた。

 二〇二五年現在、十八歳を超えているリーエは成人として扱われるため、リーエがサインをすることで、ナムリーンは大きく頷いた。

 「よろしい、早速テストを開始しましょう。

 まずは、着替えていただくことになります」

 

 リーエは、大型の機材が置かれた部屋に通されて、なんだかちょっと怖じ気づいた。

 親や周囲にも相談せず、機密を守るなんて誓約書にサインをして、相手の指示に従うほど、自分が積極的に動いたの何年ぶりだろう。

 そもそも、十五歳で鬱病を発症した経歴を振り返れば、ほとんど初めての行為といってよかった。

 部屋にナムリーンが入ってくると、気持ちが落ちついた。

 「これから行う適性試験は、いま、広がっている装甲を着甲してもらい、動けるかどうかを試すだけの試験です。

 動けなければ、装甲を脱いでもらって試験は終了になります。

 簡単でしょ。

 さ、私が着甲の準備を手伝うわ」

 下着から着替えることをもとめられ、新品の弾性ストッキングと圧着下着を渡される。

 その上に「これは鎖帷子でできているのよ」とナムリーンから説明されたアンダーアーマーを着込む。

 すでに重い。

 

 耐えられるのか、私。

 

 そこに足下からナムリーンが装甲服を着けていく。

 一つ一つをつけていくたびに重さがかかってくる。

 ナムリーンが声を掛ける「大丈夫?」

 リーエは気持を張って答える「何とか大丈夫そうです」

 一通り身につけた時には、歩けといわれてもふらついて倒れそうだったが、最後のヘルメットを被ると、急に、体が軽くなった感じがする。

 リーエが声を上げる「あれ?」

 ナムリーンがたずねる「どうした、どこか痛いところでもある?」

 「いえ、違うんです。

 何か装甲服、軽くなる仕掛けあるんですか」

 それを聞いたナムリーンが、両手を胸の前でたたき合わせて喜んだ。「嘘でしょあなた。

 ゆっくり歩いてみせて」

 「はい」

 明らかに、拒食症の患者にまとわせるには過大すぎる重量物を身にまとっているのに、リーエは易々と歩いてみせる。「体が軽いですね。

 これ、どういう仕組みになっているんです」

 ナムリーンは上機嫌になりながら答えた。「仕組みなんてないわ。

 あなたが星辰に選ばれたっていうことなのよ」

 

 そのまま、ナムリーンの先導で、国防省の建物の中庭に案内される。

 ナムリーンはヘッドセットをつけている。

 「ヴツレムサーさん、ヘルメットのヘッドフォンから私の声は聞こえるかしら」

 「はい、良く聞こえます」

 「そしたら、首元でたるんでいるアンダーアーマーを顎の下まで上げてつけて、ヘルメットの上部に跳ね上がっている顔の部分を下ろしてもらえる」

 リーエは少し戸惑ったが、両手で、フェイスマスク部分を下ろす。

 視界の部分にカメラ画像が広がり、鼻から下はマスクとして覆われて、顎の下まで保護される」

 ナムリーンからの指示がつづく「顎の下の金具の止め方はわかるかしら」

 リーエは少しさわっってみて、何となくコツをつかむ。「わかりました。

 止めました」

 「そしたらね、これから出力試験をして欲しいの。

 とはいってもむずかしいものではないのよ。

 ただ、無理に力まずに、なるべく高い高さまでジャンプすることをイメージして飛んでくれる」

 リーエは、画面の端々に表示される細かい目盛りや数字に興味を引かれながらも、「わかりました」と返事をする。

 「じゃ、ヴツレムサーさんのタイミングでお願いします」

 リーエは、着甲する前より軽く感じる体に気をよくし、膝を軽く曲げると飛び上がった。

 ビルの窓硝子がぐんぐん下にさがる。

 そしてよきところまで上がると、今度は自分が落ちていく。

 「わ、わ」

 落ちついて着地したが、自分でも、自分の跳躍に驚いた。

 これにはしゃいだのがナムリーンだった「記録係、ヴツレムサーさんは何メートル飛んだの」

 「九メートルを少し超えてます。ASー01の慣熟間近です」

 「逸材だわ。

 ヴツレムサーさん。

 ゆっくり話しをしましょう」

 ナムリーンは興奮を隠しきれなかった。


 ナムリーンはリーエを逃さなかった。

 身の上を聞くとリーエとも話し合い、両親の説得に乗り出した。

 両親には

  ・軍役について欲しいこと

  ・兵科については極秘事項であるため家族にも打ち明けられないこと

  ・この訓練に臨むには王立女子士官学校に入学するほか無い事

  ・国防省の権限で、王立女子士官学校への特別入学許可証を発行するので、是非協力して欲しいこと

を告げた。

 両親供に驚いた。

 王立女子士官学校といえば名門中の名門の一角であり、有名な進学先の一つでもあった。

 そこに鬱病で仕事もままならないだろうと嘆いていた娘が進学するとなれば、断る理由はなかった。

 こうして、二年遅れではあったが、リーエの進学が決まった。

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