第002話 特別入学許可証

 リーエは、震える足で背中の荷物を下ろすと、中から「特別入学許可証」を引っ張り出す。

 「これ、これです。

 体調が悪くて、十月一日の入学式には出られなかったのです」

 そしてもう一度鞄をあさり、メモを取り出す「第二百五十期生のハセチーヤ・フォソラフィファーさんに連絡してください」

 女性衛兵は、リーエが両手で広げる「特別入学許可証」に初めて目を落とすと、

 校門脇の衛兵所にいる別の女性衛兵に声をかける。

 衛兵所にいる女性衛兵がモバイル端末でどこかに連絡している間も、校門の女性衛兵は左手に持った自動小銃を放さない。

 リーエは、一旦「特別入学許可証」をしまうと、寒さのため両手で体を抱え込みながら、次の指示を待つ。

 すると、衛兵所にいた女性衛兵から声がかかった。「ヴツレムサーさん、フォソラフィファーには連絡が取れました。

 間もなくこちらに到着しますので、今しばらく、校門の前でお待ちください」

 リーエは、ほっとした。

 フォソラフィファーさんはなかなか登校しないリーエを、わざわざ自宅まで呼びに来てくれた二年生でもある。

 とにかく、顔見知りと出会えれば、あとは何とかなると思い込んでいた。

 

 しばらくして現れたフォソラフィファーことチーヤは息を切らせていた。

 おそらく、急な連絡に慌てて駆けだしてきたのだろう。

 深呼吸をして、息を整えると話し出す「ヴツレムサーさん、今日いらっしゃるとはうかがってませんでしたよ」

 リーエは、ばつが悪そうにうつむき加減で話し出す。「はい、あの、何日も待たせて済みません。

 今日は比較的調子がよく、今日を逃したら出てこられそうになくて何とかやってきました。

 急な来訪になってしまい申し訳ありません」

 チーヤの指摘はつづく。「私達は王立女子士官学校の生徒であると同時に、すでにゼライヒ女王国国防軍の軍人としての籍を持っています。

 今日の来訪だって、一本の連絡は入れられたはずです。

 ミノヴァ女王陛下の名に傷つけぬ行動をお願いします」

 リーエはただ、「はい」としか答えられなかった。

 チーヤは校門の門構えの上に立ち、少し高い位置からリーエを見下ろす。

 その顔はすでにほんの少しほころんでいた。

 カーキの軍服を模した制服。

 つばの部分を上に立てた浅めのロシア帽。

 ややオープン気味の襟のシャツと、学年の色を示す赤いリボンの形をした蝶ネクタイ。

 そしてその下にぶら下がったゼライヒ正教会の形を示す八端十字架のネックレス。

 少し色の濃い襟付きのベストに、三つボタン・ピークドラペルのシングルブレストのジャケット。

 膝下五センチのスカートが良く似合う。

 足下はくるぶし丈のファーの付いたブーツ。

 正直、ジャケットの上からでも腰の細さが際立って見える。

 明るい亜麻色の髪と、その髪の色に調和した明るめの茶色の瞳は心なしか、嬉しそうにも見えた。

 チーヤは女性衛兵に「ここから、この生徒は私が案内しますのでお任せください」と敬礼する。

 二人の女性衛兵が返礼すると、小銃を抱えた女性衛兵が脇にずれて、中に通される。

 

 早くから鬱病を患い、病院学校と病室の間ばかりを行き来してきたリーエにとって、王立女子士官学校の校舎は素敵に広く、整然と施設群が並び、長く憧れていた「社会」を強く印象づけた。

 リーエが呟く。「わあ」

 チーヤがたずねる。「わあ、って?」

 リーエが答える。「憧れていたんです。

 こんな、施設の整った学校で勉強して、学問を身につけて、社会に出て行くことを。

 えへー、まだ、卒業出来ると決まったわけでもないですが、さすが王立施設ですね」

 チーヤも、また少し表情を和ませて話す「施設のことは、追々説明するわね。

 これから家を出て、ここの寄宿舎で生活してもらうんですから。

 そうね、さしあたっては、まず、この門を入ったこの場所が四百メートルトラック。

 あなたには直接は関係ないけど、歩兵科の生徒には体力作りは基本中の基本だからね。

 そして右手側、東側の校庭にあるのがテニスコート。

 左手側、西側の校庭にあるのがサッカーフィールド。

 ナショナルチームと練習試合をすることもあるのよ。

 そしてサッカーフィールドの北にあるのが第一と第二、テニスコートの北にあるのが、第三と第四までの体育館。

 バスケやバレー、バトミントンが出来るように設備が整えられているわ。

 非常時には市民の避難先にもなりますからね、体育館は数が揃えられています。

 それと、トラックの向こう第三体育館よりに見えるのがプール。

 さすがにこの時期に泳ぐバカは一人しかいないけど」

 と、チーヤがいったその瞬間にも、水しぶきが上がるのが見える。

 チーヤが声を低くして呟く。「まじかよ」

 チーヤが表情を改めてリーエを振り返る。「まずは、構内の真ん中にある校内壁まで歩きましょう」

 リーエがたずねる。「なんで壁があるんです」

 「いったでしょ、いざというときには一般開放されるって。

 そのときに、どこまでは立ち入ってよいかを示すものとして、女性の嗜みを守るものとして壁が用意されているの」

 「なるほど」

 リーエは、そんな配慮にまで感動してしまう。

 校内壁の門にたどりついたところでリーエは息を切らしてしまう。「フォソラフィファーさん、ちょっとごめんなさい、一息入れさせてください」

 「チーヤ」

 「はい?」

 チーヤが優しい笑顔でいう。「おうちを訪問した時もいったけど、私のことはチーヤで呼んで。

 私も、あなたのことは、ええと、ファゾツリーエだから、リーエとよんでよいかしら」

 「はい、普段からリーエで通っていますので」

 「じゃあリーエ、荷物は私が持とうか」

 「いいえ、自分のことは自分でやらせてください。

 私はここで、私自身を取り戻してみせるんです」そういったリーエの瞳は輝いていた。

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