花咲くまでの物語~外伝~ 笑わないライバル

国城 花

笑わないライバル


ここは、私立静華せいか学園。

家柄、財力、才能を持ったエリートたちが集まる、実力主義のお金持ち学校である。


静華学園の高等部には、「つぼみ」という名の生徒会がある。

静華学園に通うエリートたちの中でも、特に才能に秀でた者たちが集まる。



そんな「つぼみ」の1人をライバルと公言している、女子生徒がいた。


名前は、愛園あいぞの美波みなみ

カールがかった長髪を肩に流し、学園の生徒たちが着る深緑の制服に身を包んでいる。



「何としてでも、今度こそ勝ちますわ!」


決意を固めたように、拳を握りしめて空に突き上げる。


美波がライバル視しているのは、この学園の理事長の孫であり、学年2位の成績を持つ女子である。

勉強でも勝てず、運動でも勝てず、勝負を申し込んでも勝てたことはなく、ずっと負け越しである。


しかし、美波には「諦める」という選択肢はない。



「ただ、どうやって勝つのかが問題ですわ」


やはり負け続けていると、だんだんどうやったら勝てるのか分からなくなってくる。

それでも「勝ちたい」という思いは強い。


何としてでも勝ちたいという思いと、どうやったら勝てるのか分からないという思いで思考がグルグル回る。



「…良いことを思いついたわ」


こういう時の「良い思いつき」ほど、ろくなものはない。


しかし美波は自分の思いつきに自信を持ち、さっそく行動に移した。




美波は、ライバルが通るであろう道の近くに潜んでライバルがやってくるのを待った。

「つぼみ」は一般の生徒が着ている深緑の制服ではなく、深紅の制服なので見つけやすい。



ちらりと視界に映った深紅の制服を見て、美波はその人物の前に躍り出た。


「布団がふっとんだ!」


「……え?」


美波の出現に困惑しているのは、深紅の制服を着た金髪碧瞳の美少年だった。


「えっと…何かが、ふきとんだんですか?大丈夫ですか?」


キョロキョロと周りを見て探してくれるのは優しいが、美波が言ったことを真に受けているのはある意味優しくない。

それに、人違いだった。


「失礼、人違いでしたわ!」


勢いのままそう言って、美波はその場から逃げた。



また同じように身を隠すと、深紅の制服を着た生徒がいないか目をこらす。


「まだ、チャンスはありますわ」


諦めの悪いところが、美波の良いところでもある。


「次はちゃんと、女子か確かめてから出ましょう」


さっきは深紅の制服が見えただけで前に出てしまったので、それが女子か男子かまでは確認していなかった。

美波のライバルは女子なので、深紅のスカートが見えてから出ればよいのだ。


今回の反省を生かし、次こそは成功させようと美波は気合を入れた。




しばらく身を潜めて待つと、深紅の制服を着ている生徒がこちらに歩いてきているのが見えた。


前回の反省を生かして女子か男子か確認すると、スカートが揺れているのが視界に映った。

間違いなく女子生徒だと判断し、美波は茂みから勢いよく飛び出した。


「アルミ缶の上にあるミカン!」


深紅の制服を着た女子生徒は突然現れた美波に驚いたように立ち止まると、頬に手を当てて上品に首を傾げる。


「……アルミ缶も、ミカンも見当たりませんけれど…何か、必要とされているものですか?」


『また間違えましたわ!』


美波が声をかけたのは確かに深紅の制服を着た女子生徒だったが、長い黒髪に上品な雰囲気を身にまとったお嬢様然とした女子だった。

またもや、人違いである。


「失礼、人違いでしたわ」


何か声をかけられる前に、その場から逃げるように立ち去る。



『ここまで人違いを繰り返すと、悔しいですわ…』


すでに2回も失敗しているが、美波は諦めが悪い。

そして、しっかりと反省もしていた。


「だじゃれでは、あまり人は笑わないものなのかしら…」


ここまで2回とも、相手は美波のだじゃれを聞いてひと笑いもしていない。

もしかしたら、だじゃれでは人を笑わせるのには役不足なのかもしれない。



「あの人が笑うことはほとんどないですから、笑わせたら勝ちかと思ったのですが…」


美波は、自分のライバルが笑ったところを見たことがない。


いつも無表情か、面倒くさそうな顔をしていることばかりだ。

だから、ここで美波が笑わせればそれは美波の勝利とも言えるのではないかと思ったのだ。



「次は、ちゃんと本人かどうか顔も確認してから出ましょう」


「三度目の正直」ということわざにもあるように、たとえ2回失敗したとしても、3回目には成功するかもしれない。


「次はだじゃれではなく、違う方法をとりましょう」


そのためには、少し用意するものがある。

それを手に入れるために、一度その場を離れた。



美波の良いところは、諦めの悪いところと、ちゃんと反省をするところ、そして努力の方向が間違っているところである。




あるものを手に入れてから同じ場所に戻ると、三度同じように茂みに身を隠し、ライバルが来るのを待った。


しばらく待っていると、深紅の制服が目に映った。

それも、スカートである。


『ちゃんと顔を確認してからですわ』


逸る気持ちを抑えて、茂みからコソコソとその人物を盗み見る。



日本人にしては珍しいほど色素の薄い髪に、感情の見えない表情。

間違いなく、美波のライバルだった。


美波は急いでそのライバルの前に躍り出ると、手に持っていたものを地面に転がした。


コロコロと、何もない地面の上を転がり、そのまま止まる。


『これでどうかしら!』


美波が期待を込めてライバルを見ると、何故か忽然と姿が消えていた。


ライバルがいたはずの場所には、深紅の制服に漆黒の髪を持った男子が立っている。



彫像のように整った顔は、地面に転がっているものに視線を向けると、美波の後ろの方を見る。


「…確かに、箸が転がってもおかしい年頃ではあるが…」


高校生なので、そういう年頃には当てはまる。

若い女性というのは、些細なことでもおかしくて笑ってしまうものらしい。


だからといって本当に箸が転がって笑うかというと、それはまた別だと思う。

そしてそれを本当に実行して笑わせようとしてくるのは、珍しい方だと思う。



「逃げられましたわ!」


せっかく食堂から箸を手に入れてきたのに、それを披露する前に逃げられてしまった。

美波は、悔しげに拳を握りしめる。


「…今回は、負けを認めましょう」


三度目の正直も失敗してしまったし、時には諦めというのも大切である。


「次こそ、負けませんわ!」


近くにいるであろうライバルにそう宣言すると、美波は満足してその場をあとにした。



美波の姿が見えなくなると、黒髪の男子の隣に深紅の制服を着た女子が現れる。


美波がライバル視している、その人である。



「俺を置いて逃げるなよ」

「面倒くさそうだったから」


確かに、あの女子に絡まれたら面倒ではあるだろう。


「結局、何だったんだ?」

「さぁ」


2人は、美波が去っていった方を見て首を傾げた。



地面には、箸が1本寂しく転がっていた。


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