その結果

……………………


 ──その結果



 王党派の指揮系統が乱れた隙に仕掛けた共和派だったが、共和派の指導者とフラッグ・セキュリティ・サービスの軍事顧問団の壊滅によって攻勢は停止する。


 戦争が泥沼に陥る中、王党派と共和派のそれぞれの支援者であるアトランティスとアローは軍閥の立て直しに取り掛かるが、軍閥の指導者が暗殺されたことで軍閥は分裂に近い状態に陥ってしまう。


 指揮系統を離れ、武器弾薬を持ち出し、新しい軍閥という名の野盗になり下がるものたちも現れ、戦争はより一層混迷する。


 アトランティスとアローは軍閥の立て直しは困難と判断し始め、現状維持のまま、自分たちの保有する鉱山の防衛だけに力を置くことになった。だが、それも野盗と化した現地住民の攻撃によって妨害を受け始める。


 結果として民間軍事企業への投資が必然となり、現地住民狩りが始まる。もはや、軍閥すらも敵に回り、自分たちが育てた王党派と共和派の軍閥を相手にアトランティスとアローは戦争を始める羽目になったのだった。


「これが結果よ。アトランティスとアローは想定外の出費を強いられている。けど、長くは続かない。いずれ軍閥に流れる武器はなくなる。戦車も装甲車もメンテナンスできなくなり、燃料がなくなり、銃の弾も切れる。それまでは大暴れしてもらいたいものだけれど。しかし、アトランティスとアローが本気で鎮圧に乗り出したらあっという間ね」


 以前は綺麗に王党派と共和派に別れていた軍閥の地図が、今では複雑怪奇に入り乱れたものになっていた。アトランティスとアローはそれぞれの鉱山を防衛。かつての王党派と共和派は分裂し、互いにいがみ合いながらも、このような事態を招いたアトランティスとアローを逆恨みしている。


 憎悪の炎は絶えず、企業の利益も絶えない。


「この作戦、意味はあったんですかね?」


「あったと思うしかないわね。天満様のご神託通りに動いたのだから。これで何の利益も得られなかったら、本当に骨折り損のくたびれ儲けよ。アトランティスとアローは不利益を被り、企業帝国は打撃を受けた。そう思いたいわね」


 だが、決定打に欠けている。


 この世界の全ての資源から見れば、今回の軍閥の係争地になったマルメディア王国など些細なものだ。アトランティスとアローも投資した分を取り戻すだけに留めるだろうし、マルメディア王国のレアメタルが採取できなくなったからと言って、企業帝国が崩壊するほど企業帝国は脆弱ではない。


 企業帝国の全ての係争地で問題を起こしたとしても、企業帝国は存続し続けるだろう。彼らは冷徹なビジネスマンだ。投資した分は必ず取り戻すし、何なら黒字にすらする。それだけのノウハウが彼らにはあるのだ。


 国連包括的平和回復及び国家再建プログラム。


 どれだけその国がボロボロになっていようと価値を見出し、自社の利益として利用する企業の営利主義の極み。国連が認めた搾取と弾圧。ビッグシックスが国連にまで影響力を及ぼすことを証明した案件。


 この国連包括的平和回復及び国家再建プログラムによって地球の失敗国家と言われる国々は立て直されると同時に企業に支配され、安価な労働力の供給源、あるいは希少資源の採掘地として利用された。


 エネルギー価値の大変動によって多くの国家が経済的、社会的激変に飲まれたことは、企業にとって、少なくともビッグシックスにとっては都合のいいことであった。


 彼らは失敗国家化し、政治的影響力を失った国家に契約を結ばせ、民間軍事企業を送り込み、インフラを整備し、政治と経済を乗っ取り、その国に傀儡政権を樹立させる。ユナイテッド・フルーツあるいは東インド会社の21世紀最新版。


 労働力は安価に抑え込まれ、決して待遇の改善など期待できない。そんな政府に対してデモを起こそうものならば、テロリストのレッテルを貼られて、民間軍事企業の訓練した正規軍によって蜂の巣にされる。


 かくも世界は抑圧に満ちており、希望の光など見えやしない。


「企業帝国は1回、2回の戦闘で崩せるものじゃない。かなりの長期戦になるわ」


「ボス。“ウルバン”はどうなっているんですか?」


 そこで羽地は矢代に質問した。


「“ウルバン”は保留案件になったわ。まだ積極的に追いかけるものではないという判断ね。天満様のご神託よ」


「今回はたまたま“ウルバン”に出くわしたと?」


「少なくともそれが上と天満の見解」


 上──日本情報軍上層部。


 秘密結社のような秘密主義によって守られてる謎と言っていい日本情報軍の中でも特に機密性の高い部署。少将以上の階級の人間はこの秘密結社に入会し、陰謀を企てる。中央アジアで内戦の炎を燃やし続けるような作戦を考える。


 ある人はこういう。『日本情報軍上層部なんて存在しないのだ。日本情報軍上層部は全てAIによって意思決定されているのだ』と。


 だが、確かに日本情報軍上層部は存在する。


 その存在をいくら疑おうと、そこから命令は発され、下は従う。


 羽地たちは従うのみ。その正しさを疑うな。その正当性を疑うな。その道義的問題を疑問視するな。何も考えるな。国家の無謬性を信じろ。


 戦闘適応調整で人殺しのストレスはあいまいになり、戦場のストレスもまたあいまいになり、誰も疑問に思わない。自分たちが正しいのか、正しくないのかなど。


 正しかろうと、正しくなかろうと、軍にとって駒に過ぎない羽地たちは従う以外に選択肢はないのだ。それが国家と軍に宣誓したことの意味である。


「けど、私としてはただの偶然だとは思えないわね。羽地君もそう思っているのでしょう? 日本情報軍上層部は最初から“ウルバン”の存在を知っていたのではないかと」


「ええ。まあ、疑問には感じています」


「今は個人的な疑問に留めておいて。いずれ分かる時が来る。次の作戦はまた軍閥の首狩りよ。天満様のご神託に従って、軍閥の指導者の首を狩る。次の作戦目標は──」


 首狩り。首狩り。首狩り。


 暫くは暗殺任務が続くなと羽地は思った。


 だが、そんなことをしたって企業帝国が崩壊しないことぐらい、日本情報軍上層部は理解しているはずだ。日本情報軍の将官たちは馬鹿ではないし、AIでもない。つねにベストの選択肢とは言わないが、日本国の、いや日本情報軍の利益になる選択肢を選ぶ。


 日本情報軍にとって企業帝国は望ましくない。自分たちが傀儡にできる国家以外の存在が台頭するのは面白くない。それは日本情報軍の利益にならない。


 だから、潰す。短絡的で、効果的。


 だが、日本情報軍はこの戦争の果てに本当に巨大企業帝国が潰れることを考えているのだろうかと、そう羽地は疑問に感じる。


 だが、矢代の言ったように今は個人的な疑問に留める。


 日本情報軍が身内に牙を剥かない保障などどこにもないのだ。


……………………

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る