人形たちの日常
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──人形たちの日常
羽地は矢代の執務室を出て、自分たちに割り当てられた区域に向かった。
ミミックとバディたちの居住する空間だ。開けた談話室がひとつとそれぞれの部屋。ミミックたちはふたりで一部屋。羽地と八木は将校なので一部屋丸々。月城と古今は男女なのでやはり一部屋丸々。
合計で6つの部屋と談話室、そして真島の研究室兼私室がある。
「行けー! やっつけろー!」
「わあ。凄い!」
談話室ではスミレとリリスがアニメを見ていた。真島博士が精神の発育のためにと持ってきたアニメだ。対象年齢が15歳から18歳程度のグロテスクな要素はないし、性的描写もない健全なアニメだ。
正義は勝つというありきたりなストーリーではあるが、正義が勝つまでにどれだけのプロセスが必要かを描いたストーリーでもある。大人である古今もたまに一緒に見ているのを羽地は目撃していた。
古今は月城と八木に連れていかれたらしく今回は姿は見えない。今ごろ、
アリスの姿を探していると七海を見かけた。
「七海。アリスを知らないか?」
「ア、アリスさんなら、真島博士の診断を受けています。私も受けて来たところで」
「ああ。そうか。助かった」
「いえ。こんなことでもお役に立てたのなら……」
七海はいつもどこか卑屈だ。
正直なところ、八木の軍隊式教育がよくなかったのではなかろうかと思うが、アリスが言うには八木と七海の間にはポジティブな反応があるらしい。
八木は軍人としては信頼できる立場の人間だ。第101党別情報大隊で下士官から士官までの叩き上げ将校。軍隊の何たるかを知り尽くしているベテラン。副官として起用するならこういう人間がいいだろう。
しかしながら、ミミックたちに与える影響については、羽地も諸手を挙げて賛同はできない。彼はとにかく軍隊式のやり方にこだわる節があった。戦績を見ても、彼は第101特別情報大隊の軍事作戦における功績ばかりが目立つ。
それはときとして、民間人として振る舞わなければならない日本情報軍のやり方に慣れていないと言えるだろう。
「真島博士か」
真島博士。
元富士先端技術研究所の主任研究員。今はわけあって日本情報軍にエンジニアとして活動している。彼もまた第403統合特殊任務部隊の隊員だ。
彼がミミックたちを生み出し、そして日本情報軍はその研究成果を接収した。
可哀そうな人だと羽地は同情したくなる。
だが、受け入れてしまったものはしょうがない。彼は日本情報軍に全てを持っていかれる前に自分を軍属として受け入れてくれと頼んだのだ。そして、その要求は通った。別のやり方では彼は自分の研究を取り戻せなかったのだろうかと羽地は疑問に思う。
何はともあれ、彼がミミックたちの生みの親だ。
自己学習し、自己進化し、自ら新しいものを生み出すというレイ・カーツワイルたちの提唱していた
その人類の新しい扉が日本情報軍という支配的軍事組織によって接収されてしまったのは悲劇としか言いようのないものの。
「真島博士。よろしいでしょうか?」
ここでも生体認証として掌紋認証を行い、それからスピーカーに向けて羽地が話しかける。無言で電子キーが開いた。
「羽地君。今回はまたこの子たちを酷使したようだね?」
真島博士は痩せ気味の中年男性で、アメリカ海兵隊のデジタル迷彩姿で、棺桶──メンテナンスポッドに横たわるアリスを横にデスクトップパソコンで処理を行っていた。
「すみません。我々としても重要な作戦でしたし、いずれはもっと過酷な状況でテストされることになるんですから。今のうちから様子を見ておかないと」
「それはそうだがね。彼女たちの精神は発育途上にあることを矢代君にも考えてもらいたいものだ。準備が整う前に仕事を始めると大抵はろくなことにならないというのに」
真島博士は日本情報軍の軍属になったが、ミミックたちを実戦投入することについては常に不満を述べていた。これが誠意の軍人なら抗命罪ものだが、彼は軍属という形なので辛うじて許可されている。
「アリスは何か問題が?」
「いや。しかし、あまりいい影響はない。また子供殺し。それに長距離のストレスが蓄積する行軍。君にこの年齢の子供がいたとして、そういうことをさせるかね? 親としてどう思うかね? 子供兵を使っているようなものだぞ」
「はあ。しかし、アリスは見た目通りの年齢ではないと仰ったのは真島さん自身じゃないですか。彼女たちはずっと学習し、演算し続け、その見た目以上の知性を有すると仰っていたではないですか」
「知性と感性は別の問題だ。知性だけならブリタニカ百科事典をダウンロードしただけの分析AIでも持つことができる。あるいは君たちが作戦の指示を仰ぐ分析AIの天満だって知性があると言えるだろう。知性が何を意味するかと規定するかによるがね。知性が問題快活を含めたものとなるならば、彼女たちとブリタニカ百科事典をダウンロードしただけの分析AIでは比べ物にならないだろう」
「では、感性は?」
「君が今の私の話を聞いて感じたこと。それを生み出すものだ。君は私の話を『また退屈な話が始まった』と思うだろうが、その感想を生み出すことそのものが感性だ。人の行動を規定し、物事の受け取り方を決め、感情に揺らぎを生じさせる。この子たちの感性はまだまだ未熟だ。子供そのものだ。我々大人はしっかりとした感性を持っている。人生経験がそれを成し遂げた。だが、この子たちの人生は始まったばかりだ。確かにこれまで学習や演算を行ってきた。それによって大人顔負けの知性がある。だが、感性は自己学習だけでは得られないものだ。感性を得るのは他社の関係性が、人生の経験が必要になる」
感性とはスタンドアローンな状況では成長し得ないと真島は断言した。
「だからこそ、彼女たちは今が重要なのだ。彼女たちは他者とコミュニケーションし、人生の経験値を蓄積していっている。それなのに情報軍ときたら、やれどこの誰を殺せだとか、やれ施設を軍閥から守れだとか」
「仕方ないですよ。そう言う目的のために真島さんの研究は接収されたんですから」
喋らせておくと何時間でも喋り続ける人種なので羽地は相槌を打ちつつも、話を打ち切る方向に持っていこうとしている。
羽地自身もまだ別の人間とお喋りしなければならないのだ。
戦闘適応調整。
羽地は子供兵を殺した。軍閥の指導者を殺した。敵地にてそれこそストレスのかかる環境に長らく時間を過ごした。
そのストレスを緩和するためにシェル・セキュリティ・サービスと契約している民間軍事医療企業──日本情報軍の関係団体──の精神科医と話をしながら、脳の動きを覗かれ、適切な投薬が行われる。いわゆる戦争の後のアフターケアだ。
兵士の価値が先進国で急騰している以上、この手の処置は怠れなかった。
そんな憂鬱なお喋りが控えているのに、ここで真島と感性だの、知性だの、何だのの話をして時間を過ごすつもりはなかった。まずは将校として、部下の面倒を見なければならない。それにはアリスも含まれている。
七海は八木が、リリスは月城が、スミレは古今がそれぞれ面倒を見る。
「後、どれくらいで終わりそうですか?」
「そうだな。2時間か3時間。アリスが終わったら次は七海だ」
「分かりました。その時また来ます」
「そうしたまえ。私も人に見られながら仕事をするのは好きじゃない」
真島は出ていけという言葉を婉曲的表現で伝え、羽地は出ていった。
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