“ウルバン”とは?
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──“ウルバン”とは?
その後、羽地たちは再び山林の中を歩き続けた。
ハンター・インターナショナルの正規部隊がドローンを放って追跡してくるのに、羽地たちは隠れ潜みながら彼らの索敵圏外に離脱し、迎えの輸送機を要請し、MV-280輸送機の出迎えを受けて完全に戦場から離脱した。
「恐らくは」
羽地が輸送機の中で言う。
「ハンター・インターナショナルの方を狙った連中がヘマをしたんだろう。俺たちは幽霊のように行動していた。バレる要素はどこにもない」
このようなフォローを入れておかないと真面目なミミックたちは自分たちに何かしらの非があったのではないだろうかと思い悩んでしまう。
もちろん、帰還すれば作戦の正式な分析は行う。その分析は羽地たち指揮官が行うもので、もし羽地たちに非があったとすれば、その責任を負うのは羽地だ。部下であるミミックたちではない。
だから、アリスたちには余計な心配や不安を抱かせないようにしておく。
彼女たちの精神はまだ発展途上なのだ。
輸送機はシェル・セキュリティ・サービスの航空基地に降り立ち、羽地たちはシェル・セキュリティ・サービスの社屋に向けて30分あまりのドライブを行った。
いつものようにゲート前でIDチェックを済ませて、ゲートの前に来る人間全てを狙うリモートタレットの警戒を解くと、50口径のライフル弾にも耐えられる鋼鉄製のゲートが開き、装甲車の車列が並ぶ整備所兼駐車場兼バリケードに入る。
いざ、シェル・セキュリティ・サービス本社が襲撃を受けた場合はここにある装甲車を盾にして、身を守るというのが作戦の一環として含まれていた。
「よう、羽地。ボスがお呼びだぜ」
「了解」
シェル・セキュリティ・サービスのそれぞれの社員の正規の所属部隊や階級はお互いに知らない。階級がはっきりしているのは羽地の部下である八木たちだけであり、それ以外とはため口が当たり前になってる。
まあ、その方が民間軍事企業らしいと言えるだろう。
「全員、装備を解いて待機。寝てても、飯食っててもいいぞ」
羽地が八木たちにそういう。
「やっとかあ」
「あんたは反省文。もうちょっと早く警告を出すべきだっただろ?」
「月城先輩おっかねー! 助けて、スミレ!」
月城は軍事らしく髪を肩よりちょっと上までの長さにまとめた女性で、やはり作戦中に四肢を喪失している。顔は女性的というより、中性的で、怒りを含めると大の大人でも確かにおっかなく感じるところがある。
「スミレは私と一緒にアニメの続き見るもんね?」
「ごめんねー、古今軍曹!」
リリスが月城の背後から現れてスミレの手を取る。
リリスは健康的な栗毛色の短いツインテールに紫色の瞳。正式呼称ミミック04。
「あー! 俺を捨てないでくれ、スミレー!」
「ほら、三文芝居してないで八木大尉と一緒に反省会な」
月城は古今の首根っこを掴むと八木と一緒に去っていった。
「アリスもちょっと待っててくれ。ボスと話してくる」
「分かりました。……今日はプライベートな時間はありますか?」
「ああ。可能な限り確保する」
本当にアリスは恋人というものを理解しているのだろうかと羽地は疑問だった。
羽地は装備を八木に任せると、自身は矢代に会いに執務室に向かった。
執務室には“会議中”の札が下がっていたのでノックして、生体認証を行う。手の平を押し付け、掌紋認証を行った。
「どうぞ」
「失礼します」
電子キーが外れる音がし、矢代を執務室の扉が開く。
矢代の執務室にはハンター・インターナショナルの軍事顧問団排除に動員されていた部隊の指揮官が集まっていた。当然ながら矢代もいる。彼らは深刻そうな表情をして、タブレット端末から顔を上げ、羽地の方を見た。
「まず謝罪しておくわ、羽地君。こっちの手違いでそっちは酷いことになったようね。説明させてくれる?」
「もちろん」
羽地は自身のタブレット端末を会議室状態の矢代の執務室のネットに繋ぐ。
「まず、ハンター・インターナショナルの軍事顧問団の完全な排除には失敗した。向こうは襲撃を警戒していた。こっちの動きは戦術級大型ドローンで捕捉されていたようよ。レーダーに映らないステルスドローン。軍閥だと思って舐めてかかっていたわ」
「それで近くに輸送機が離着陸するのを見て、攻撃を悟った、と」
「そう。気づいたときには遅かった。向こうは完全武装の民間軍事企業のコントラクターたちで守りを固めていて、軍事顧問団を抹殺するには強行突破するしかなかった」
矢代が肩をすくめ、軍事顧問団を襲撃した分隊の指揮官も肩をすくめる。
「対戦車ミサイルから対物ライフル、迫撃砲に重機関銃の弾丸や砲弾が飛び交った後に、軍事顧問団の半分は始末でき、残り半分は逃げおおせた。そして、彼らは我々の狙いが軍事顧問団だけではないと悟った、ということ」
「それでこっちにハンター・インターナショナルの連中が」
「そういうことね。それで疑問が浮かんだ」
矢代が撮影された一枚の写真を羽地の端末に転送する。
「これは?」
「武器の受領証。ハンター・インターナショナルの連中はステルスドローンから自動小銃までひとつの会社から仕入れていた。いや、会社なのか個人なのかは分からない。ただ、名前だけは分かっている。それは──」
「“ウルバン”」
「ご名答」
矢代は“Urban”と書かれた受領書の名前を見せる。
「そちらでも聞き出せたようね」
「ええ。かなりギリギリでしたが。しかし、どう考えても“ウルバン”というのは偽名でしょう? ウルバンと言えばオスマントルコ帝国に大砲を売った技術者の名前じゃないですか。個人の名前としてはあり得ない。社名か偽名でしょう」
「今のところ、“ウルバン”という名の兵器ブローカーはいないし、こちらで武器歳引きをしている会社にも“ウルバン”という名前の会社はない。そう、“ウルバン”は間違いなく偽名。個人か団体かも分からない偽名」
矢代はお手上げだというように天を仰いだ。
「だが、確かに存在する。ステルスドローンはどうやって捕捉したんです?」
「目視よ。ステルスドローンと言っても目には見える」
そう言って作戦に参加した社員たちの方を矢代が見る。
「アトランティス・エアロスペース製の“ナイトレイス”無人偵察機だった。特徴的なシルエットをしていたのですぐに分かる。最初はボスであるアトランティスからの供与かと思ったが、そこの受領書にある通り、こいつらは武器を購入している」
作戦に参加した社員がそう語る。
「“ウルバン”がアトランティスがハンター・インターナショナルに兵器を供与するための偽装である可能性は?」
「今のところ、分析AIはその方向で判断しているけど、こうよ。『情報が不足しています』って。ということで、天満様のご神託が下って、今度はアローの支援している共和派に向けて仕掛けたら、そこに“ウルバン”の痕跡がないか調べるわ」
「両方の陣営に武器を売っていると?」
「その可能性はかなり高いようよ」
なんとまあ。このご時世にそういうことをする人間がいるとはと羽地は思う。
「市ヶ谷はなんと?」
「『経過を報告せよ』と。それだけ。軍閥の使っている地対空ミサイルはロシア製の型落ち品だったし、カラシニコフは中国製。それからBTR-90装甲兵員輸送車を目撃したという情報もあるけど、そっちはどうだった?」
「ええ。出くわしましたよ。パトロールに使っている辺り、軍閥にありがちな重装備の置物じゃないようです。交換パーツが定期的に入手でき、燃料にも問題がない。整備はハンター・インターナショナル頼りでしょうが、使える状態を維持している」
「やっぱりただの軍閥にしては装備が整いすぎているわね。両陣営に高い武器を買わせるために装甲車やドローンの脅威を演出する。あり得るシナリオじゃない?」
「あり得るかないかで言えば、あり得るかと」
羽地はそう答える。
「では、決まり。これからは“ウルバン”についても
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