死の商人

……………………


 ──死の商人



 テクニカルが轍を作っている。


 轍には数日前に降った雨水が泥を形成していた。


 羽地たちは柔らかい地面を可能な限り避けながら進む。熱光学迷彩が姿を隠してくれるとしても、足跡までは消してくれない。ついでに言うならば、相手に軍用犬がいれば最悪の事態になる。


 熱光学迷彩は万能に見えて、欠点が多々ある代物なのだ。


 それでも夜の環境では熱光学迷彩はほぼ完全に羽地たちの姿を隠してくれる。敵は暗視装置の類は持っておらず、視神経介入型ナノマシンを叩き込んでいるわけでもない。せいぜい、ドラム缶に木材を入れて燃やしている野蛮な光源があるぐらいだ。


 古城の内部も暗かった。


 照明という照明はなく、ところどころに松明の炎があるくらいだ。


 アリスがなるべく暗がりを選んで進み、敵との交戦を避ける。


 敵は子供兵だ。カラシニコフを抱え、ドラッグで朦朧とした頭でパトロールを行っている。今はぼんやりとしているが、いざ敵を見つけてスイッチが入れば、暴れ狂う狂戦士となる。痛みはドラッグによって感じず、確実に頭にダブルタップ二連射を決めなければ、部隊に損害が出る。


 そしてドラッグは子供兵から思考力と痛みを奪うと同時に、軍閥に飼いならされることにも繋がる。ドラッグを与えてくれる軍閥を子供兵は裏切れないし、逃げられない。ドラッグを得るために子供兵は無謀な戦いに身を投じ続けるのである。


 ここの人種、というより種族は犬のような耳の生えて、体毛の濃い種族であった。顔立ちは人間にそっくりだが、遺伝子的類似ほとんど見られないというのだから驚きだ。彼らが人間でない故に俺たちは簡単に子供兵を殺せるんだろうかと羽地は思う。


 いいや。同じ人間の子供兵も殺してきたんだ。関係あるまいと羽地は思いなおし、アリスの切り開いた道を進んでいく。


 アリスにはポイントマンとしての才能がある。進むべき道を的確に示し、部隊を目的地に向かわせる。どのような状況だろうと臆することなく、先陣を切って進む姿は羽地からしても理想の兵士だった。


『敵のパトロール』


 アリスが警告を発する。


 ドラッグを含んだタバコを咥えた子供兵がその体には大きすぎるカラシニコフを手に、ゆっくりと周辺をパトロールしていく。光源は持たず、暗視装置もない。全くの脅威ではないそれを羽地たちはやり過ごす。


『前進再開』


 アリスが再び進み始める。


 思えばアリスたちもあの子供兵たちと同じような背丈と外見年齢なのだ。軍閥は生身の子供兵を使い、日本情報軍は機械仕掛けの子供兵を使う。


 全く以て非対称戦とは言ったものである。


『目標の部屋まで残り僅か。しかし、敵の警備が強固です』


『子供兵の近衛兵か』


 軍閥の指導者にありがちなパターンだ。


 裏切るかもしれない大人の護衛を傍に置くよりも、ドラッグで思考力の鈍り、従順な子供兵を護衛にする。全く以て笑えないジョークらしい繰り返しだ。


『排除して前進する。レオパードよりクーガー。こちらが見えているか』


『イエス。見えていますよ、レオパード』


 クーガーは古今の呼び出し符牒だ。


『子供兵の姿は確認できるか?』


『できます。かなりの数ですね。さっき偵察したときより増えている』


『排除して進む。合図で一番奥の子供兵を仕留めろ。今、マークした』


『マーカーを確認。準備万端です』


 視神経介入型ナノマシンのAR拡張現実上で操作を行い、羽地はそれぞれが仕留めるべき子供兵をマークしていく。アリスの殺すべき子供兵、八木の殺すべき子供兵、七海の殺すべき子供兵、月城の殺すべき子供兵、リリスの殺すべき子供兵。


『3カウント』


 残酷な割り振りが成されたのちにカウントが始まる。


『今』


 全員が同時に子供兵の頭に鉛玉を叩き込む。


『クリア』


『クリア』


 子供兵の死体が転がるのに物音が僅かにするが、まだ誰も気づいた様子はない。


『よし。オセロットとリリスは死体を発見されないように隠せ。ジャガーは七海とともに退路を確保』


『了解』


 ジャガーは八木の呼び出し符牒だ。


『俺とアリスは軍閥の指導者を尋問してくる。20分で離脱だ』


 羽地が先頭に立ち、ゆっくりと軍閥の指導者がいる扉を開く。


 部屋の中はドローンの侵入口になった窓ガラスのない窓と質素な執務机と椅子が置いてある。武器の類は見当たらない。羽地とアリスは慎重に足音を殺して背中を見せている軍閥の指導者に向かっていく。


 そして、羽地がナイフを抜いて、一気に軍閥の指導者を押さえた。


「騒ぐな。騒いだら殺す」


「何者だ」


「お前のような奴に名乗る名前はない。ただ、目標はお前じゃない。お前たちに武器を売った人間だ」


「共和派の刺客か? 歴史ある王国を、我らが尊ぶべき王室を破壊しようとする野蛮人どもめ。地獄に落ちればいい」


「お前と一緒に地獄に落ちるつもりはないが、お前の連れは多そうだぞ。だが、お前は今日は地獄には落ちない。武器を売った人間を俺たちは消しに来た。名前を知っているな? 誰だ?」


「我々の崇高なる聖戦を邪魔させてなるものか」


 そういうが軍閥の指導者の声は震えていた。


「いいから早く武器を売った人間の名前を言え。誰だ? 民間軍事企業の連中か?」


「クソ。違う。“ウルバン”と名乗っていた。兵器ブローカーなるものだと。彼が我々に武器を提供してくれた。我々の聖戦を助けてくれたのだ」


「そいつはクソ野郎だ。どこかのビッグシックスの使いだ。お前たちの王国を破壊しようとしている連中の背後にいるのと同類だ。外見的特徴は?」


「分からない……。“ウルバン”とは常に彼のメッセンジャーを通じてやり取りしていた。直接会ったことはない。ただ、我々の同盟者も“ウルバン”から武器を受け取っていたと言っている。畜生。私が狙いでないのならば離せ」


「ああ。用は済んだ」


 羽地が軍閥の指導者の喉を掻き斬り、腎臓にナイフを数回突き立てる。


『レオパードより全員。任務終了。離脱する』


『了解』


 羽地に飛び散った軍閥の指導者の血は熱光学迷彩上のナノマシンが急速に分解して透明な液体として排除しつつあった。


『クーガーよりレオパード。不味いですよ。明らかに軍閥とは違う連中が装甲車できました。ハンター・インターナショナルの連中ですね。ドローンを展開させつつあります。大急ぎで退避することを推奨します』


『レオパード、了解。全員、急いで逃げるぞ。同業者のお出ましだ』


 まずは羽地が窓から下に飛び降り、アリス、七海、八木、リリス、月城が飛び降りる。敵のドローンはこちらとほぼ同型で熱光学迷彩がないだけ。そのセンサーが死んでいる軍閥の指導者を捕え、兵士たちやテクニカルが一斉に動き出す。


『まともに戦えば勝ち目はない。逃げるぞ』


 羽地たちは周辺を捜索し始めた軍閥と民間軍事企業の兵士たちから遠ざかるように動き、そのまま戦場から離脱した。残されたのは子供兵の死体と軍閥の指導者の死体だけ。羽地たちが行動したという痕跡は残っていない。


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