不思議の国に向かって

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 ──不思議の国に向かって



 羽地たちは与えられた資料から軍閥指導者の心的イメージを組み立てた。


 軍閥の指導者はよくいるタイプの指導者だった。


 自分たちの信じているものこそ絶対だと思い込み、外部から異論が唱えられればすぐに武力に訴える。異端審問官タイプの指導者。


 そして、例外なく子供を戦闘に動員している。


 この時点でほぼ8割の心的イメージは固まった。繰り返しはジョークに基本だと言ったものだが、これはあまりにも笑えない繰り返しだ。どの軍閥の指導者も似たり寄ったり、信じるものが違うだけで吐くセリフは『我々の誇り高き聖戦』だとか『我々の崇高な戦いを邪魔しようとするものは死ぬべきだ』とか。


 地球の軍閥の指導者もバリエーションはほぼ使い回しだったが、ここも同じかと羽地は思った。その『我々の誇り高き聖戦』で儲かるのはビッグシックスで、国民は戦火の中で耐え忍ぶという苦難しか味わっていない。


「全員、向こうの文化風習及び暗殺対象の心的イメージは頭に叩き込めたな」


 羽地は与えられた会議室で隊員とミミックたちにそう尋ねる。


「はい、羽地先輩。今、分析結果を共有しました」


「流石だ」


 アリスたちの分析能力は非常に高い。


 アリスたち4体のミミックはひとつの物事を同時に並列処理し、共有できるため人間の行う分析速度よりも早く、そして的確であることが多かった。彼女たちはデータベースで学べることは容易に学習してしまうため、分析官としての能力もある。


「俺が思うにいつも通りだ。ドラッグを使った子供兵の近衛兵にカラシニコフ。しかし、俺たちは敵の民間軍事企業のコントラクターたちとは交戦しない予定だが、万が一という場合もある。作戦オプションは隠密ステルス。夜に仕掛ける」


「了解」


 まさか偉大なミハイル・カラシニコフ技術中将も自分の作ったAK47が2060年になっても現役だとは思いもしないだろう。大抵の場合、軍閥はオプションをあれこれと付け替えられる便利な現代式の特殊作戦仕様の小銃を求めず、ただ相手を殺すのに十分なカラシニコフでいいのだ。


 大抵は中国製のコピーだが、カラシニコフはカラシニコフだ。


「敵と大騒動している余裕はない。地対空ミサイルのせいで今回は航空支援もなしだ。長距離の移動になるし、離脱も危険だ。全員、細心の注意を払って行動するように」


 羽地が唯一現場を確認できるドローンからの映像を見せる。


 成層圏プラットフォーム“ユリカモメ”。


 大井重工航空宇宙事業部が開発した半永久的に上空を飛び続けることのできる、この世界における衛星の代わりだ。これには全ての民間軍事企業がアクセスできるが、飛行する軌道は決まっている。


「空間情報軍団からの情報によると、目標はこの古城に隠れていると考えられる。電子情報軍団も通信量などから軍閥の司令部はここだと判断している。特別情報軍団──つまり、俺たちはそこに行って確認し、始末する」


 統合特殊任務部隊には日本情報軍を構築する3つの組織が組み合わされている。


 人的情報収集及び特殊作戦を遂行する特別情報軍団。


 電子的情報取集及びサイバーセキュリティを遂行する電子情報軍団。


 ドローンや偵察衛星を使用し画像情報を収集する空間情報軍団。


 それら3つの軍団から専門家が派遣され、統合特殊任務部隊は編成されている。


 この矢代が指揮する第403統合特殊任務部隊も同様だ。


 シェル・セキュリティ・サービスに偽装しながら、第403統合特殊任務部隊は任務に当たっている。電子情報戦の専門家も、偵察写真分析の専門家も存在する。もちろん、それらを補佐する分析AIも。


「降下地点はこの山林の内部。ここまでは敵の防空レーダーの索敵範囲外なのは分かっている。MV-280でここまで飛行し、ファストロープ降下で展開。ここから山林を潜り抜けて古城までは9時間程度のため、様子を見て深夜2時に仕掛けるとなると18時には降下できるようにしておきたい」


 羽地はそう言いながら地図を3D映像で指し示す。


 山林での戦い方は『常に険しい道を進め』だ。通りやすい道は敵も知っているし、何なら使ってすらいる。道路を避けて移動し、歩きにくい荒れ地を、崖っぷちを、自然がそのまま残っている山林の中を進むのだ。


「途中休憩はなしだ。現地は何の援護も受けられない完全な敵地で、滞在時間が長ければ長いほどリスクが増大する。つまり移動に9時間、偵察に1時間、暗殺の実行に2時間、脱出まで9時間と21時間動きっぱなしになる。備えておけ」


「うへえ」


 体内循環型ナノマシンと脳に叩き込んだナノマシンのおかげで、筋肉の疲労と頭脳の疲労は大抵は解決できる。それでも人間は定期的に眠りたがるものだし、休んで一息入れたくなるものである。それが人間の本能なのだ。


「私たちは問題ありません」


「結構。古今軍曹もアリスたちを見習え」


 アリスたちにはAIには疲労という概念すら存在しない。人工筋肉に経口摂取なりなんなりで栄養素さえ注入しておけば、何百時間だろうもの任務に応じられる。


 彼女たちは眠らない。眠るという概念がない。横になって目を閉じ、演算を一時的に停止することはあるだろうが、本当の意味での睡眠は彼女たちには必要ないのだ。


「作戦開始までは9時間後だ。今のうちに食って、寝ておけ」


「了解」


 軍隊の仕事の重要性はいつでも眠れることだと言ってもいい。


 たとえ、銃弾が飛び交う戦場であろうと兵士は休息しなければならない。脳に叩き込んだナノマシンは、72時間以上の継続した戦闘を容認するが、それ以上となると精神への負担が大きくなりすぎる。


 いつでも眠れることは重要だ。今はナノマシンが睡眠に導いてくれる。ナノマシンは戦場では適度な緊張を与え、休息の際は10秒も絶たずに眠りに落としてくれる。


「アリスたちも食事を済ませておくといい。向こうで食べる余裕がないとは思えないが、恐らく支給されるのは戦闘柳雄食III型だ」


「了解」


 戦闘糧食III型は短時間で成人男性が必要とするカロリーと栄養素を補充できるものだが、味についてこれが美味いと言った兵士は見たことがない。


「それでは作戦開始1時間前まで休憩。作戦に備えろ」


 そして古今軍曹たちはスミレたちととともに出ていく。


「少佐。この作戦はかなりタイトなものと見ますが」


「やはりそう見るか。航空支援が地対空ミサイルで行えないのが痛い。こっちのドローンさえ飛ばせれば、問題なく作戦遂行できるんだが」


「ええ。それに加えて目標の行動パターンにあまりにも情報が不足しています」


 八木はそう訴えた。


「天満様のご神託ではこいつがプライオリティ・ワンだ。行動パターンは確かに不規則だということが予想されるが、こいつを消さないことには内戦におけるビッグシックスの出費は行われない」


 分析AI“天満”は膨大な情報の中から、情報同士を結び付け、敵の弱点を晒し、その弱点の優先度を指示していく。プライオリティ・ワンは真っ先に殺せという意味だ。天満がそういうのであれば殺さなければならないのだ。


 少なくとも天満はこれまでも多くの軍閥を崩壊させてきた実績がある。


「しかし、これでは押し入ったものの目標はおらず、警戒度だけが上がるという再作の事態が想定されます」


「そのための隠密ステルスだ。可能な限り殺さない。侵入に気づかれない。それが必要とされている。七海をポイントマンにするか?」


「いつも通り、アリスがいいでしょう。七海は正直まだ実戦に向いていません」


 八木ははっきりとそう言った。


「これまでの実績を見ても、か?」


「これまでの実績を評価したからこそです。彼女にはまだ命を奪うということにやや躊躇する傾向があります」


「そこは俺たちも同じさ。喜んで人を殺したがるサイコパスはいないだろう。俺たちも戦闘適応調整を受けて初めて、敵に向けて引き金を引けるんだ」


 子供兵だろうと、誰だろうと。


「意見は尊重しよう、大尉。それからお願いがある。書類仕事を手伝ってもらいたい。アリスがプライベートな時間を求めている。俺には彼女の発育を見守り、健全な発育を行うようにする義務がある」


「戦場に叩き込まれて、発育は正常に行われるでしょうか?」


「まあ、その辺は真島博士との話し合いだな」


 羽地は苦笑いを浮かべてそう返した。


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