山林を横切って

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 ──山林を横切って



 アメリカ陸軍払下げのMV-280輸送機は羽地たちを降下させると飛び去って行った。


 この密林に着陸地点などない。輸送機はギリギリの高度を保ち、羽地たちをファストロープ降下させて飛び去った。


「これ、脱出のときはどうするんです?」


「別の着陸地点を使う。ここよりも開けた場所だ」


 古今の愚痴に羽地はそう答えると、早速任務に取り掛かった。


「アリス。君がポイントマンだ。全員熱光学迷彩使用」


「了解」


 第6世代の熱光学迷彩は羽地たちの姿を綺麗に消した。


 第4世代の熱光学迷彩では雨粒の細かな動きによって輪郭が見えることがあったが、この富士先端技術研究所製の第6世代の熱光学迷彩は雨粒ひと粒ひと粒の動きを表面のナノマシンで制御し、姿を完全に隠してしまう。


 返り血も何もかも表面上のナノマシンが処理し、完璧なカモフラージュを維持する。


「作戦開始だ」


 羽地たちの空気が引き締まる。


 ナノマシンが適度な緊張感を維持し、人工的な殺意を生み出す。相手が12歳の子供兵だろうと引き金を引けるように。不必要な感情はフィルタリングされ、痛覚はマスキングされ、兵士が兵器になる。


 それから羽地たちは作戦に取り掛かる。


 いや、作戦ならば輸送機に乗り込んだ段階で始まっていた。


 今から始まるのは人殺しだ。


 アリスがポイントマンとなり、先行する。整備された道は避け、藪や崖際を進んでいく。アリスは羽地が教えた通りに行動していた。


『止まってください』


 アリスが生体インカムで指示を出す。


 羽地たちは何が起きてもおかしくないように備える。


 やがて自動車の通過する音が響き、そのまま走り去っていった。


『テクニカルです。もう既に敵地のようです』


『では、いよいよ慎重にな』


 テクニカル。ピックアップトラックに重機関銃や無反動砲を日曜大工的に取り付けた軍閥好みのシンプルな兵器。


 アリスの先導で道路を横切り、慎重に、慎重に山林を突っ切っていく。


 敵の警戒はあまり見受けられず、唯一ヒヤッとしたのはBTR-90装甲兵員輸送車が眼前を移動していった時だった。ロシア製の兵器は天然資源が役立たなくなり、兵器産業しかなくなったロシアの貴重な外貨獲得手段であった。


 それでも最新のものでない辺りは、兵器ブローカーが安価に仕入れ、高値で軍閥に売りつけた証だろう。ウクライナと中央アジアの戦争の後でロシア製の兵器は大量に余っていた。中古市場にも大量に出回っている。


 とうやって山林を抜ければ古城が見えてくるはずだった。


『開けた場所に出ます』


『了解。用心して進め。敵は地雷も平気で使って来るぞ』


 地雷は地球では多くの国が規制に賛同したが最大の地雷生産国である中国が製造を止めないために未だに多くの地雷が市場に出回っている。この異世界にもそのような対人地雷が出回っていたのだった。


 少し街を歩けば、手足のない人間を見ることができる。


 アリスは匍匐前進で地雷を埋めた痕跡がないかを慎重に調べ、進んでいく。アリスの多目的光学センサーには本当に微細な地面の変化でも感知できるだけの精密さと、分析能力があった。


『私が通ってきた範囲を通過してください』


『了解』


 アリスの通ってきたルートが視神経介入型ナノマシンによるAR拡張現実で現実の光景に線となって表示される。


『ここを抜けたら、後は……』


 開けた場所を少し進めば、古城を見下ろせる丘の上に到達できる。


『ドローンを準備。流石の敵もそこまで上等なレーダーは持ってないだろう』


『ドローン展開』


 古今が背中のバックパックから4つのプロペラで稼働するドローンを取り出して、展開させる。ドローンはすぐに熱光学迷彩で見えなくなり、レーダーにも映らなくなる。ドローンの飛行時間は最大24時間。太陽光がある場合は充電しながら飛行できるが、今は日が沈んでいるので、12時間程度の飛行時間だ。


 それでも第1世代、第2世代のドローンと比べれば段違いの飛行時間だ。


 ドローンはそれぞれのタブレット端末に映像を送り、タブレット端末の分析AIが敵兵の姿や兵器を自動的に判別していく。今のところ、異世界の軍閥にしては上等すぎる地対空ミサイルが確認されただけで、古城の周辺に装甲車の類は見当たらない。


 ただ、テクニカルが存在する。


 50口径の重機関銃をマウントしたピックアップトラックの傍で敵兵がタバコを吸っている。この手の兵器は安価な割に移動火点として優秀なところが厄介だ。事実、チャド・リビア紛争でミラン対戦車ミサイルを装着しただけの日本車が100両近いリビア軍の戦車を撃破しているのである。


 重機関銃の射程と四輪駆動車の機動力を考えれば、まともに相手にしたくはない。


『古城の周辺の偵察完了。古城の内部に入る』


『慎重にやれ』


 古今はこ第101特別情報大隊第4作戦群第44分遣隊の中ではもっとも優れたドローンの操縦者だ。だから、彼に操縦を任せている。いくら熱光学迷彩に守られてるとしても、障害物に衝突すれば敵に気づかれかねない。ドローンのカメラだけで、長距離から室内を偵察するのは楽な仕事ではない。


『子供兵です。カラシニコフで武装』


『いつも通りのクソッタレだな』


『全くです』


 映像が室内に伸びていく。


『目標と思しき人物を確認。認識中……』


『目標だ。目標は古城にいる。予定通り、作戦を実行する。殺しは最小限。隠密ステルスを保て。目標以外を殺してもボーナスはでないぞ』


 分析AIが生体認証を行い、目標──軍閥の指導者を確認した。


『レオパード。本隊から連絡です。軍閥に武器を流した人間を聞き出せ、と』


 八木が羽地にそう言う。


『何だって? 畜生。そんな余裕ないぞ』


 敵は1個大隊規模の戦力で、テクニカル10台以上とパトロールのBTR-90装甲兵員輸送車がいる。それなのに軍閥に武器を流してる人間を探れとは。もっと大規模な人員が与えられたハンター・インターナショナルの排除に回った連中に任せたいものだと羽地は思った。


 しかし、命令は命令だ。守る必要性がある。


『作戦オプションに変更なし。隠密ステルスで行く。尋問は20分。それで何も聞き出せなかったら諦める。こっちの最優先目標は目標の排除と全員が生きて帰ることだ』


『了解』


 そして、狙撃手である古今と観測主を務めるスミレが丘の上に残る。丘の上からでもサプレッサー付きの.338ラプア・マグナム弾を使用する狙撃銃ならば、古城にいる敵兵を仕留められる。狙撃手として古今はかなり優秀だ。彼は手足を失い第4作戦群に配属された後も、狙撃手としての腕を磨いて来た。


『オセロット。後ろを任せる。リリスもな』


『了解』


 オセロットこと月城はこの部隊で唯一の女性だ──ミミックたちはただ少女の姿をしているだけで、厳密には女性と言えない。


 衛生兵として部隊に配備されているが、人工筋肉のメンテナンスから強襲重装殻──アーマードスーツの操縦まで行えるエンジニアでもある。


 彼女のバディであるリリスも衛生兵としての技能を有する。もちろん、通常の戦闘能力にも問題はない。


 アリスをポイントマンに羽地が援護し、八木と七海が中央でいつでも即応可能な状況を維持し、月城とリリスが後方を警戒する。遠方からは古今とスミレが援護する。


 8名という分隊規模の戦力では可能な限りの戦闘力が発揮できる状況だ。


 第6世代の熱光学迷彩に身を隠し、羽地たちはゆっくりと古城に近づく。


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