王党派

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 ──王党派



 いよいよ日本情報軍の分析AI“天満”の神託が下った。


「天満からのご神託よ。私たちはマルメディア王国の内戦に介入する」


 矢代がそう言って3Dプロジェクターに地図を広げる。


「マルメディア王国は従来の政体を維持する王党派と革命を目指す共和派に分裂して、軍閥が紛争を起こしている。それに介入しているのが、アトランティスとアロー。アトランティスは王党派を支援し、アローは共和派を支援している。もちろん、支援と引き換えに支配地域内にある鉱山の採掘権を無料でいただくってわけ」


 王党派と共和派の支配地域が表示される。同時に両者の係争地域及び主要なレアメタル鉱山が表示される。今では石油にも天然ガスにもほとんどの価値はない。人類はその手の化石燃料から抜け出した。


 その分、価値が上がったのはレアメタル、レアアースの希少資源だ。


 ナノマシンを作るにも、コンピューターを作るのにもレアメタル、レアアースが必要になる。地球から進出した企業はそれを奪い合っていた。


 今回もレアメタルの採掘権争い。


 軍閥に派遣されているだろうアトランティスとアローの雇った民間軍事企業の軍事顧問も積極的に鉱山を奪うように指示しているのだろう。


「王党派は対空ミサイルも装備しているという情報が入っている。どこかの兵器ブローカー死の商人が売り払ったロシア製の旧式だけれど、こちらにとっては十分な脅威。共和派はまだゲリラ程度の活動だけど、軽戦車を運用しているという情報がある。歩兵戦闘車IFVの可能性もあるけれど、装甲車両が存在するのは確かよ」


「マジかよ。対空ミサイルにそれに装甲車? そんなものここの連中が運用できてるっていうんですか?」


 シェル・セキュリティ・サービスの社員のひとりがそう尋ねた。


「マジよ。運用は恐らくアトランティスとアローの民間軍事企業のコントラクター。この作戦では連中を殺害することも許可されている」


「そいつは最高ですね、ボス」


 的ばっかり撃ってると腕が鈍りますからといかにもマッチョな発言が飛び出る。


 的。現地住民のことだ。


 日本情報軍にとっても現地住民の価値などその程度のものであった。


 いや、日本情報軍だけではない。地球の人間の大部分が異世界の住民を遅れて、劣った人間もどきだと考えてる。彼らのDNAが人間と類似性がないからではなく、単純にPR企業が作り上げた異世界のイメージに乗せられているのだ。


 異世界住民は遅れている。我々は彼らを支援しなければならない。企業はそのために努力している。企業の活動は全くの善意からだ。企業は真剣に彼らを発展させようとしている。それでもそれが進まないのは彼らが人間より学習能力の低い生き物だからだ、と。


 PR企業のその取り組みは見事に成功した。地球の人間たちは自分たちよりも劣った存在であると異世界の人間を暗に認識し、企業の非人道的活動が行われていようと関心を持たなくなってしまった。


「減らず口叩いていると痛い目を見るわよ。そして、天満のご神託ではターゲットは王党派指導部。今は王党派が押している。その勢いを削ぎ、アトランティスに打撃を与える。アローには勝てると思わせて追加の投資を行わせ、追加の投資を行った時点で、共和派の首を刎ねる」


「天満様は相変わらずのサディストですね」


 効率を突き詰めると非人間染みた結論に至るのが分析AIの傾向だ。


 アリスたちにはこうなってほしくはないものだがと羽地は思う。


「以上。作戦には3個小隊を動員。1個小隊から羽地君の部隊を王党派指導者の暗殺に動員。他はアトランティスの雇った民間軍事企業──ハンター・インターナショナルの軍事顧問団の排除を実行。2個小隊は即応部隊QRFとして待機させる」


「対空ミサイルの撃破は?」


「何を言っているの。そんな余裕はどこにもないわよ。自分の足で歩くか、敵からトラックなりなんなり鹵獲して。こっちはいつでも対レーダーミサイルを搭載した攻撃機を飛ばせるほどの余裕はない」


「ひでえや」


 ヘリでの快適な旅を予想していたシェル・セキュリティ・サービスの社員は肩をすくめた。どの道、対レーダーミサイルがあったとしても、携行式の対空ミサイルは撃破できない。歩くしかないのだ。


 歩くのは軍人としての基本の仕事である。


「他に質問は?」


「ボス。我々の身分と取り扱いは?」


「平時通りよ。改定モントルー協定通り。正規軍と同じ取り扱いを要求できるし、雇い主については黙秘できる。もちろん、相手が拷問をしないとは限らないけれど」


「了解」


 改定モントルー協定。これまでグレーだった民間軍事企業をホワイトな存在に塗り替えた協定。ビッグシックスはこの協定を嬉々として受け入れ、自社の囲い込んだ民間軍事企業を巨大化させた。


 今や民間軍事企業の需要はイラク戦争の10倍、アジアの戦争の3倍になっている。


「それじゃあ、準備に取り掛かって。作戦参加部隊には資料を配布するから残るように。お喋りは禁物よ」


「了解、ボス」


 男子校のような空気が一瞬で引き締まる。


「羽地君には聞きたいことがあるから、資料配布後も残って」


「了解」


 それから各部隊の指揮官に資料が配布される。資料は全てレベル6の軍用防壁に守られたタブレット端末に収められる。レベル6の軍用防壁。バックドアはなし。世界中のスパコンを集めても防壁を突破するには数百億年かかるという。


「羽地君。聞きたいことがあるわ」


「何でしょう?」


 資料配布後も残るように指示された羽地は矢代の傍に向かった。


「ミミックの子たちにPTSDの傾向はない? 軍での任務には慣れてきているとはいっても、いろいろと刺激的な光景を目にしてきていると思うから……」


 PTSD。軍を悩ます4つのアルファベット。


 心的外傷後ストレス障害。軍は第一次世界大戦からずっとこの病に悩まされてきた。


 特に21世紀に入ってからは戦場と日常の境界があいまいになる非対称戦のせいで、多くの軍人が病んでは自殺したり、ホームレスになったりしていた。各地の戦場に介入してきたアメリカ軍にその傾向がもっともよく表れているせいで、そのことを扱った映画は多く存在する。


 軍はナノテクノロジーの大きな進歩から2030年代に入ってナノマシンを脳みそに叩き込み、ストレスを感じない兵士を作ろうとした。だが、それを以てしてもPTSDはなくならなかった。2030年代のナノマシン万能論は今では笑い話だ。


 2040年代に入ってから戦闘適応調整が本格化し、コンバットメンタリストあるいは精神科医とのカウンセリングと投薬を複合的に組み合わせた方法が取られるようになり、ようやく軍はPTSDの悪夢を克服しつつあった。


 それでも未だにPTSDに陥る兵士はいる。


 それを矢代は心配していたのだろう。


「今のところ、そういう傾向は見られません。何かあれば、報告するようにバディであるオペレーターたちにも言い聞かせてありますが、本当に今は何も。それに一番彼女たちに詳しい真島博士が何も言わないんですから」


「だといいのだけれど」


 心配するのは当然のことだろう。羽地ですら懸念を持っているのだ。


 ミミックたちは見た目は完全に子供だし、その精神も発育途中にある。


 そこに戦場という大の大人ですら悲鳴を上げるような場所に放り込まれるという状況となれば、彼女たちが精神を病むのではないかと当然心配するものだ。


 だが、その心配はない。


 今のところ、生みの親である真島博士が戦闘適応調整と同じようなことをミミックの少女たちに施している。彼女たちは不思議の国を旅する気分で戦場を歩き回り、そしてトランプの兵士の首を刎ねるのだ。


「何かあったら言ってね。調整はするから」


「ありがとうございます、ボス」


 さて、不思議に国に旅立つ準備をしないとな。


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