AIは初恋の夢を見るか

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 ──AIは初恋の夢を見るか



「どのような形で出会いを?」


「まあ、そんなに劇的なものじゃない。俺は昔からSF小説やら戦記ものが好きでな。昔は文学男子だったんだ。今でも趣味はどちらかと言えばインドアだ」


「意外です」


 アリスがきょとんとした表情を浮かべる。


「まあ、軍人だからといって全員が体育会系というわけじゃないってことだ。俺みたいな人間もいる。日本情報軍の仕事だって文学の教養が必要な場面があるからな」


 例えば、暗殺対象の思想をイメージする場面などではとは羽地は言わなかった。


 日本情報軍の暗殺任務に関わる特殊作戦部隊のオペレーターは暗殺対象について極めて念い入りに調べることが義務付けられている。その人物の趣味嗜好を理解し、文化的風習を理解し、思想について理解する。


 もちろん、全ての作戦でそれらに必要な情報が揃うわけではない。時には情報が欠けた状況で仕掛けることもある。


 ただ、日本情報軍はド・ゴール大統領を暗殺するのに、フランスの文化について知らない暗殺者は必要ないと思っているだけだ。


 暗殺に必要な必要最小限の情報は必ず手に入れるし、できるならば相手について完全に理解しておくが望ましい。そうすれば現場でヘマをせずに済む。心的イメージの構築の重要性は日本情報軍が士官候補生学校で教えることだ。


「そうなのですね。それで、出会いは?」


「俺が文学部に入ろうと思って一応は見学しておこうと思って文学部の部室に入った時だ。俺には途轍もない美人に彼女は見えた。古今軍曹の趣味と違って俺は大人しい女性が好きでな。黒い三つ編みで、当時の制服であるセーラー服のスカートをちゃんと校則に則った丈にしている人だった。ちょっと頬にそばかすがあったかな」


 後、色白だったと羽地は付け加える。


「俺の好みのピンポイントでな。しかも、声が少しハスキーでそれでいて優しかったんだ。部活のことを教えてくれたんだが、俺は彼女の顔を見つめるのに忙しくて、さっぱり頭に内容が入ってこなかったよ」


 そう言って羽地が苦笑いを浮かべる。


「しかしなあ。初恋というのは虚しいもので、一応告白はしたんだが、もう付き合っている男子生徒がいると言われてな。実際のところ、あれほどの美人を他の人間が見逃しているはずはなくて、同じ文学部の先輩と付き合っていたんだ」


 そういうのはよくあることでなと羽地は語る。


「それが俺の初恋だ。それから、高校に入るまで付き合った女性はいないよ」


「高校では誰かと付き合っていらっしゃったんですか?」


「ああ。やっぱり文学部の今度は同級生でな。2年ばかり付き合ったかな。やっぱり、どこか初恋の人に似ていたよ。少し地味目で、派手な趣味のない女性。思えば図書館デートなんかで満足してくれてたのは、そのおかげかなと思ってる」


 羽地は高校ではバイトしてたが、交際接待費は馬鹿にならなかった。彼女に割けるお金は優先したものの、その女子生徒は図書館や本屋巡りの方を好んでいた。


「……その方も三つ編みに?」


「いいや。普通のショートボブ。黒髪ってところだけな一緒なのは」


 羽地が付き合った女性は派手さのない黒髪に、控え目なファッションセンスの女性だった。どちらかと言えば、高校になった時には羽地は女性の見た目よりも、内面の方が重要だということを理解していた。そして、その内面が表に少し出るのだということも。


「それでは私はあまり趣味ではないですね……」


 アリスは頭から灰を被ったようなアッシュブロンドの髪をしている。ストレートの髪をそのまま伸ばし、多目的光学センサー──瞳の色は青色。本当に人形のように整った形をしている。


「そんなことはないぞ。アリスも控え目な趣味だろう? 俺は髪の色や髪形ではなく、人の内面が重要だと思っている。髪はいくらでも染められるが、内面はそう簡単には変えられれない。俺はアリスとの相性はいいと思っているぞ」


「本当ですか?」


「ああ。俺は控え目なアリスは好きだ」


 羽地が笑うのにアリスはまたイエスノー枕に顔を隠してしまった。


「それにしてもアリスも随分と人間らしい動作が身について来たじゃないか」


 そう言ってイエスノー枕を羽地がちょいちょいと突く。


「はい。古今軍曹からいろいろな情報を得て、経験値を貯めています。古今軍曹が言うには私たちは男心をくすぐる? 行動を獲得した方がいいそうです」


「そ、そうか」


 今度八木と一緒に古今の持ち物検査を行おうと羽地は決意した。


「他に知りたいことはあるか?」


「私のことをどう思われますか? 率直にお聞かせください」


 難しいところをアリスは攻めてきた。


「そうだな。信頼のおけるパートナーってところだ。軍の任務でも、こういう場でも。アリスなら絶対に俺が言ったことを吹聴しないって信じているし、いつもミミックたちを纏めてくれている。頼りにしているぞ、アリス」


 羽地は無難にそう返した。


「分かりました。ありがとうございます。今夜はこの辺で。少し考えさせてください」


「ああ。ちゃんと真島博士の診断を受けるんだぞ」


「はい」


 アリスはそう言って部屋の外に出た。


「アリスっち! ばんわー! 羽地少佐とお話しできた?」


 廊下で先ほどの羽地との会話の分析を行いながらアリスが歩いていると、スミレが向こうからやってきた。


「ええ。できました。今は会話の結果を分析中です」


「ふーん。分析出来たら共有しない? あたしも興味あるしさ」


「ダメです。これはプライベートなので」


「残念」


 そう、これはプライベートな情報だとアリスは思う。


 羽地と恋人になった。まだよく分からないけど、今までよりもコミュニケーションが多岐にわたり、情報量も増える。人間になるための演算も活発化する。


 それに何だろう。アリスの複雑に絡み合った演算の中で、不可思議なものが生まれた気がした。これまでアリスは様々な経験をVR仮想現実空間で行ってきた。この地でアリスとして目覚めるまでずっと、ずっと学習し続けてきた。体はなかったが、体を制御する頭脳は先にできていた。


 学習し続けてきた。演算し続けてきた。経験値を貯め続けてきた。


 それでもこんな演算の結果が出たのは初めてのことだった。


「どした? そう言えばその枕、どうだった?」


「凄く怪訝そうな顔をされました。どういう意味のある枕なのですか、これは?」


「わかんない!」


「あなたというものは……」


 スミレも相当抜けていた。


「でも、何かポジティブな影響があるって古今軍曹は言っていたよ?」


「ポジティブな影響ですか」


 確かに羽地は恋人になってくれた。これはポジティブな反応だろう。


「案外効果があるのかもしれません」


「マジ? 今度、古今軍曹で試してみよ!」


「まだ試行回数が少ないので保障はできませんよ」


「そっかー。それじゃあ、そろそろ真島博士のところ、行こ?」


「そうですね」


 アリスたちはメンテナンスポッドという名の棺桶で眠る。


 その眠りの中でアリスはこれが初恋というものかというのをじっくりと検証するよう演算プログラムを走らせておくことにした。


 アリスは夢を見ない。AIは夢をみない。ただ、演算するのみ。


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