企業帝国

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 ──企業帝国



 2030年。


 地球の技術は惑星間の移動手段──ポータル・ゲートを作り出すことに成功した。


 それから約30年後、中世も同然だった“異世界”は地球のもたらした民主主義に染まり、資本主義経済を謳歌し、多国籍巨大企業に牛耳られていた。


『我々の役割は地球という惑星の代表者として正しく振る舞うことです。すなわち、民主主義を前提とした自由主義世界を広めると義務を果たすべきなのです。残念なことに惑星ミッドランでは未だに独裁政治を行っている国家があります。我々はこのような国家に対し、対話を通じて──』


「何が対話だ。連中は民間軍事企業PMCの連中を使って戦争のまがいごとをしてるだけじゃないか。戦争ごっこ、クーデター、内戦。そして、傀儡政権の樹立。俺たちが信じてきた民主主義ってのはそういうものでしたっけ?」


 テレビが流していたアトランティス・リソーシズの役員の会見映像を見ながら、明らかに軍規違反の金髪への髪染めとピアスをしている男が、羽地に向けてそう尋ねる。


 AR拡張現実に情報が表示される。


 古今新一日本情報軍軍曹。日本情報軍第101特別情報大隊第4作戦群第44分遣隊所属。ミミック作戦に従事中。


「奴らは民主主義を広めたいわけじゃないよ、古今軍曹。資本主義を広げたいのさ。自由市場というなの搾取ができれば連中は満足。資源を収奪して、企業帝国は今日もデカくなる。連中は肥え太る」


 羽地は今回の演習の反省点などを記したレポートを作成中だったが行き詰っている。


「嫌な時代っすね」


「そういう時代だ。今や国連平和維持軍まで多国籍巨大企業がやっているんだ。いや、正確に言うならば国連包括的平和回復及び国家再建プログラムか。企業が軍閥を排除し、選挙を管理し、インフラを整備し、食料を配給する」


「そして、企業は国連からたんまりと金を貰う」


「ついでに対象国の資源も根こそぎいただく」


「資源がなければ安価な労働力を」


「そして、世界は回っていく」


 多国籍巨大企業による世界秩序。


 鬱屈とした世の中はより一層鬱屈としていた。


 企業は統治し、支配し、搾取し、肥大する。


 何もかも原因は異世界にあった。


「そもそもこの世界に行きつかなければ、企業はそこまでデカくなることもなかったのにな。俺たちはパンドラの箱を開けちまったのさ」


 無尽蔵ともいえる希少資源。希少資源が希少でなくなるほどの量の資源。


 企業に従事する民間軍事企業だけが、活動を許された世界。


 締め出された国家権力。


 企業が肥え太るには十二分すぎるほどの舞台が整っていた。


 多国籍巨大企業は協定を結び、異世界からの“略奪”を行った。何もかもを奪い去っていく。将来彼らが必要とするだろう希少資源を根こそぎいただく。地球と違って環境に配慮する義務もない。


 逆らえば民間軍事企業が飛んできて片っ端からぶち殺す。


「パンドラの箱の底にある希望は?」


「とうの昔に賞味期限切れだ」


 パンドラの箱の底の希望は腐ってなくなった。


「古今軍曹ー!」


「おう。スミレ。どうした? それから少佐にも挨拶な」


「申し訳ありません、少佐殿」


 やってきたのは輝くようなゴールドブロンドのポニーテールの緑色の瞳の少女だった。彼女が敬礼を送るのに、羽地は手を振って返した。


「それで、どうした?」


「射撃訓練しましょう、射撃訓練! 八木大尉が古今軍曹を連れ来いって」


「げっ。何かあの人を怒らせることしたかな……」


 古今が助けを求めるような視線を向けてくるが、羽地は首を横に振った。


「軍曹のハートも撃ち抜いちゃいますからね」


「はは。もうちょっと大人になってからな」


「もう大人ですよーだ」


 ARに少女の情報が表示される。


 スミレ。ミミック03。日本情報軍ミミック作戦関連装備。


 彼女もまたミミック。


 ミミック。人間を模倣するロボット。アンドロイド。日本情報軍の装備。歩き回る最高機密。人工筋肉とカーボンファイバーと素敵なものでできている人工物。


 ああいう関係もありなのかと古今とスミレの関係を見て、羽地は思う。


「羽地先輩」


 そこでアリスがやってきた。


 いつものような人形のような端正な表情。空虚な瞳。富士先端技術研究所の無菌室で組み立てられた多目的光学センサー。


 それが作られたような、頑張って作ったような笑顔を浮かべる。


 未だにアリスの表情がぎこちない。顔面全てを人工物にしたという例が少ないために、顔面の筋肉の動作に関するビッグデータが不足しているのだ。だが、最近ではアリスはよく表情を出すようになった。


 最初のころは本当に人形のようにずっと無表情だったのに。


「アリス。どうかしたかい?」


「いえ。お話を、と思いまして。お邪魔でしょうか?」


「そんなことはない。俺の仕事はもう終わったよ」


 本当はまだだったが、アリスが笑おうと頑張っているところを見て羽地は断れなかった。なんだかんだで俺も大概彼女たちに甘いものだと羽地は自嘲する。


「先輩は他のミミックたちのことをどう思いますか?」


「ふむ。七海は最近はしっかりやっているし、スミレは底抜けに明るいし、リリスの技術も信頼できるようになってきた。どうして急にそんなことを?」


 彼女たちとの会話には常に注意している。


 彼女たちは開発中に電子情報として世界を学習している。だから、ある意味では羽地より物事を知っているだろう。言語もロシア語、中国語、パシュトゥン語、アラビア語とあらゆる分野の言語を解析している。


 だが、彼女たちはこの世界で、この鬱屈とした硝煙の漂う世界で目覚めてから半年しか経っていないのだ。生まれたばかりだと言っても過言ではない。


 そんな彼女たちと会話するのには羽地も慎重になる。


 本来ならばこれはカウンセラーの仕事だ。それも特殊な症状を扱うカウンセラーの仕事だ。一介の情報軍少佐には重すぎる仕事だ。


「私は他のミミックと比べて劣ってはいないでしょうか?」


「そんなことはない」


 羽地はすぐにアリスの言葉を否定した。


「君は細かなことにすぐに気づくし、これまでの成績で戦術を十二分に学習している。観察力も、判断力も優れている。それらが優秀だから、俺は君を部隊のポイントマンにしようと考えているんだ」


 アリスはミミックたちの中ではもっとも早く目覚め、もっとも早く活動を開始した。その分、彼女の経験値は多い。


 経験値。演習から実戦参加に至るまで多くの戦闘で得られる経験を数値化したもの。日本情報軍の部隊運用AIはこれをポイント制に管理している。経験値は演習などでの活躍で増減し、訓練を怠れば減少する。目安だ。


「しかし……」


「何を悩んでいるんだ、アリス?」


「スミレは最初から古今軍曹との接触回数も多かったですし、リリスも月城曹長と良好な関係です。最近では七海も八木大尉からポジティブな接触回数が増えています。ですが、その、羽地先輩はあまり私と……」


 ああ。そうきたかと羽地は頭を抱えそうになる。


 だが、ここで責任を放棄してはならない。軍人としてミミック作戦を任されている以上、そしてアリスというミミック──子供の発育に関係している以上、ここで知らん顔して投げ出すわけにはいかないのだ。


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