演習

……………………


 ──演習



 数ヵ月前。


 日本情報軍第101特別情報大隊第4作戦群第44分遣隊。


 それは存在しないはずの部隊。


 そして、ミミック作戦という存在しないはずの作戦に従事している部隊。


 日本情報軍はこの手の言葉が大好きだ。


 存在しない。公式にも非公式にも存在しない。我々は関与していない。


 だが、日本情報軍第101特別情報大隊第4作戦群第44分遣隊は存在するし、ミミック作戦も存在する。それは今なお存在し続け、実行され続けている。


 それを知るのは日本情報軍の中の一握りの存在で、端末にそれを記録することが許されているのは日本情報軍参謀総長のみ。他のあらゆる人物がそれを知らされず、記録することを許されず、存在は秘匿される。


 ミミック作戦こそが日本情報軍第101特別情報大隊第4作戦群第44分遣隊の存在意義であり、秘匿され続ける理由であった。


「スタングレネード」


 コンクリートがむき出しの部屋の中に強襲制圧用のスタングレネードが投擲される。通常のスタングレネードより3倍の制圧力を持つそれが炸裂し、部屋の中がスタングレネードから発された煙で覆われる。


「突入、突入、突入」


 それから“兵士”たちが突入する。


 その兵士は145センチから150センチほどの15歳程度の少女たちとそれとは別の成人している男女だった。


 どちらも装備は同じ。非正規部隊が着用するカーゴパンツとジャケット。どちらもオリーブドラブの迷彩柄。そして、ボディーアーマーとタクティカルベスト。タクティカルベストは多目的収納装具──要は自由に付け替えられるポーチが付いており、そこにはマガジンや手榴弾、自動拳銃が収まっていた。


 それから、メーカーはバラバラの軍用ゴーグルをつけている。


 そして、手にはドイツ製の自動小銃。サブコンパクトモデルで特殊作戦仕様。レーザー発信装置からナノマシン同期型の光学照準器や反動制御装置、そしてシンプルで使いやすいハンドグリップなどのハイテク機器が兵装モジュールに付いている。


 室内に突入した彼らは一瞬で視神経介入型ナノマシンによって投影されたリアルな敵のホログラフィを撃ち抜き、演習AIが結果を判定する。


『損害なし。速度に遅延なし。95点と評価します』


「マイナス5点の理由は?」


『計算上、速度をもう0.5秒縮められます』


「そりゃどうも」


 羽地は演習AIの言葉にため息を吐いた。


「しかし、ようやく軍隊らしくなってきたじゃないか」


 羽地は兵士たちを見渡してそういう。


「八木大尉。七海と息が合ってきたな。それでもまだ足りないか?」


「ええ。少佐、まだまだこの程度では戦場では生き残れません」


 羽地のAR拡張現実には八木大尉と呼んだ人間のデータが表示されている。


 八木九朗日本情報軍大尉。日本情報軍第101特別情報大隊第4作戦群第44分遣隊所属。ミミック作戦に従事中。それからバイタルデータや情報アクセスレベルが表示される。


「七海はよくやってるぞ。褒めてやらないと」


「い、いえ。八木大尉の仰る通りかと思います」


 濡れ羽色──黒髪のショートボブに赤い瞳の少女。


 ARに同様にデータが表示される。


 七海。ミミック02。日本情報軍ミミック作戦関連装備。表示されるのは、作動状況。


 七海を含めた少女たちは兵士ではない。軍の所有物だ。軍の装備だ。


 これこそがミミック作戦の意味。


 全く人間と区別のつかないアンドロイドを実戦投入できるかの作戦。クソをするアヒルを作ったジャック・ド・ヴォーカンソンを上回る精巧なロボット。実際に食料を摂取し、消化し、動力源として、そして自らのパーツの代謝のために利用できるロボット。アンドロイド。


 軍とロボットの歴史は長い。


 無人飛行する爆弾はロボットの先駆けと言えたし、21世紀に入ってからすぐに本格化した非対称戦の中では必ずと言っていいほどロボットが使われていた。


 ロボット。ロボット。ロボット。


 それは2060年代には瞬く間に進化し、無人航空機、無人戦車、無人潜水艦、無人水上艦と幅を広げていった。あらゆるものが無人化されて行く中で、軍事の分野に入り、それでいて無人化できないものがあった。


 スパイだ。


 スパイはもはやあらゆる分野において軍の管轄だった。CIA米中央情報局がスパイ作戦を繰り広げる時代は終わった。今やアメリカにおいても、日本においても、その他西側諸国においても、スパイ活動は軍の管轄だった。


 電波傍受。画像解析。人的情報取集。


 あらゆる分野において軍が諜報活動を支配していた。


 だが、その一方でロボットとAIが軍を支配していくスピードも速かった。


 それらが競合するのは時間の問題だった。


 だが、あらゆる方法で採取された情報をAIが解析できるとしても、人的情報取集だけは人間が行わねばならなかった。


 人間が人間から情報を得て、人間が人間を騙し、人間が人間を尋問し、人間が人間を殺す作戦。それは人間が行わなければならなかった。


 だが、少子高齢化と軍への志願者の減少は避けられぬことだった。


 人的情報収集を、人間による諜報活動をどうやって無人化する?


 その答えがミミック作戦だった。


「アリス。上出来だぞ。これでポイントマンを任せられる」


「ありがとうございます、羽地先輩」


 アリス。頭から灰を被ったようなアッシュブロンドの長髪に青い瞳の少女。


 そして、ミミック01。作戦はここから始まった。


『演習終了、演習終了。キルハウス内の人員はただちに外に出るように』


 アナウンスがキルハウス──屋内演習場の中に響く。


「さて、そろそろ引き上げよう。次の部隊が演習をしたがっている。俺たちだけの場所じゃないんだ、ここは」


「了解」


 男女と子供たちがキルハウスを出る。


「羽地君」


「ボス。演習はどうでした?」


 キルハウスと出ると、キルハウス中に設置された小型カメラの映像が見れるモニタールームに出た。そこには30代ほどのタンクトップと羽地たちと同じ迷彩柄のジャケット姿の女性だった。短い黒髪を小さなポニーテイルにして纏めている。


「上出来よ。うちのオペレーターたちに匹敵するほどの腕前。対抗演習をやったらうちの方が負けるかもしれないわね」


「はは。流石にそれはないでしょう」


 羽地は悪い気はしないものの、実際のチームの半数が少女で占められている部隊なのを引け目に謙遜しておいた。


「そんなことはないわ。あなたたちの、ミミックの子供たちのパフォーマンスは上がり続けている。もうほぼ100点満点よ」


「AIは95点だと言っていましたよ」


「AIは絶対に100点とは言わない、そうするようにしてあるから。100点を貰った部隊のパフォーマンスは下がる傾向がある。だから、AIはもっともらしい理由を付けて、パファーマンスにケチをつけるの」


 女性が続ける。


「これは凄いことよ、羽地君」


「まあ。凄いのかもしれませんね、ボス」


 ARに女性のデータが表示される。


 矢代京香日本情報軍大佐。日本情報軍第403統合特殊任務部隊所属。羽地たち第101特別情報大隊第4作戦群第44分遣隊の所属する部隊の指揮官である。


「制圧速度も、奇襲率も上がり続けているし、損耗はゼロ。この演習は相当難しく作られているということを考えると奇跡のようね。あなたの指導がいいのかしら? それとも彼女たちが凄いのかしら?」


「少なくともアリスは凄い奴ですよ。俺よりも」


「アリスちゃんね。もうここにきて半年になるのしら」


「そうなりますね」


 ここ。日本情報軍第403統合特殊任務部隊の拠点。日本情報軍第403統合特殊任務部隊がカバーにしている民間軍事企業PMCシェル・セキュリティ・サービスの社屋。シャルストーン共和国首都ティナトス。地球外惑星。



 異世界。



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