第37話 フェリス王国編――草原の兎亭

 入口を抜けて走ること一〇分。

 アリスたちを乗せた馬車は、本日の宿——草原の兎亭に到着した。


 ゼスに抱えられて馬車を降りたアリスは、下ろして貰うと同時に「ん~~~」と気持ちよさそうに背伸びをした。

 そして、初めての街を見回す。

 フェイスの街は、レンガ造りの建物が多い。

 高級感を出すためにレンガに色を塗った家もあるのだが、何と言うか凄く微妙な感じだった。


 それはさておき、今夜の宿——草原の兎亭は、ちゃんとした白い壁に薄い黄色の屋根をした三階建ての建物だ。

 唯一残念なのは入口の扉に、今にも襲ってきそうな獰猛な兎が描かれていること。

 

「アリス、行くよ」


 ゼスに呼ばれたアリスは彼の元に向かいながら、扉を見なかったことにした。

 宿に入ったアリスは、興味津々で中を見回す。

 広めのカウンターが中央にあり、左は多分食堂で、右にある階段側には、あの可愛くない兎の置物が置かれていた。

 本当に今にも襲ってきそうな躍動感を感じさせるそれを、アリスは再び見ない事にしてユーランと話す。


『ユーラン、あそこに何かあるよ!』

『あれは、防音の魔道具じゃないかな?』


 そう、アリスはユーランと頭の中で話ができるようになったのだ。


 始まりは——。

 馬車の中で姿を消したユーランと話している時、クレイがふとアリスを見ながら「アリス、頭おかしい子みたいに見えるぞ」と言う一言からだ。

 まさか、そんな風に見えてると思ってなかったアリスは、かなりのショックを受けた。

 それはユーランも同じだったようで、彼は何かないかと必死に考えてくれた。

 そして、アリスに『頭の中でボクに話してみて』と言い出した。

 結果、契約を結んでいた二人は、当たり前に出来ることができるようになったと言う訳だ。


 何故それが当たり前かと言えば、頭の中で話が出来るようなったあとに届いたルールシュカからのメールだ。

 ルールシュカからすれば、当然知っていると思っていたようで……。

 教えるのが遅くなってごめんね~。今更だけど、精霊と契約すれば念話ができるわよ~

 と、教えてくれた。


 それを読んだアリスは、その場で膝をつき項垂れた。

 彼女の様子に馬車内の誰もがクレイを攻めたが、そうじゃないとアリスは心の中で突っ込んだ。


『明日、時間があったら女神様に会いに行こうね!』

『ボク、女神さまに会うの初めて』

『すっごく優しくて、美人さんなんだよ~』

『そうなんだ。ボクは精霊王様しか知らないから、楽しみだな~』


 ユーランと話している内に受付が済んだようだ。

 受付の人から、ジェイクが代表で鍵を一つ受け取る。

 今回は、どうやら皆、同じ部屋らしいと思ったアリスは、今夜はにぃたちと寝ようと勝手に決めた。

 

 そうしてついた部屋は、三階のリビング付きの豪華な部屋だった。

 部屋の入口直ぐにリビングがあり、寝室は左に二つ、右奥にひとつ。

 右の手前の扉は、風呂。その隣がトイレになっている。


「ふぉぉぉ、広い~!」

「アリス、走らないのよ!」


 今にも駆けだしそうなアリスに、早々にくぎを打ったフェルティナは荷物を持って左の手前の部屋に入って行った。

 アンジェシカは左の奥に、フィンとクレイは右奥の部屋へ入っていく。


 色々と見たいアリスは、すべての部屋を探検することにする。

 まずは、両親の部屋から。

 出窓のような窓が一つあり、花が飾られている。

 木製のベットは、ダブルサイズのものが一つあって綺麗な白いリネンが使われていた。

 そして、窓辺にソファーが置かれ、テーブルが置かれている。


 他は特に何もないと言う感想しか出ないアリスは、祖父母の部屋へ移動した。

 

 次は、祖父母の部屋だ。

 こちらは、窓が二つ。一つは大きく、もう一つは両親の部屋と同じように出窓風。

 木製のベットは、シングルが二つで、こちらも白く清潔そうなリネンがピシッとしている。

 大きな窓の方に、執務机のような大きめの机が置かれて、それ用の椅子が一つだけ。


 ここも目新しい物はない……もしかして、全部こんな感じの部屋だったりして……わずかな期待を胸にアリスは兄たちの部屋へ。


 最後は、兄たちの部屋だ。

 こちらは、祖父母の部屋の出窓が無くなったバージョンだった。


 見る物はなく期待を裏切られた気分で、アリスはしょんぼりとリビングソファーに突っ伏した。

 ぽふんと柔らかい感触が、アリスの背中を跳ねる。


『ユーラン、どうしよう……宿がつまんない』

『アリス……何を期待してたの?』


 まともな意見で、精霊に突っ込まれたとアリスは凹む。

 そんなアリスを気にした様子なく、アリスの背の上でユーランはポンポンと跳ねていた。

 

「アリスぅ~」


 クレイが猫なで声でアリスを呼ぶ。

 それに反応して顔だけをクレイに向けたアリスは、嫌な予感にパッと顔を伏せた。


「昼ご飯、よろしくな!」


 ご飯かと、やる気のない表情で起き上がったアリスは気だるげに魔法の鞄を漁る。

 鞄から、次々出される食事にクレイは目を輝かせ、家族たちを呼びに行く。

 そして、アリスはそのまま突っ伏した。


「あら、アリスどうしたの?」

「この宿面白いものがなかった……」

「アリス、何期待してんだよ」


 馬鹿にするように言うクレイに、アリスはむぅと頬を膨らませた。

 仕返しのようにアリスは、クレイの前に置いてある食事を全て魔法の鞄にしまう。

 それに慌てたのはクレイだ。

 悲しそうな顔で、フィンにアリスが酷いと訴える。

 が、一部始終を見ていたフィンは、アリスを怒らせたお前が悪いとクレイをそっけなく突き放す。


「アリス、ごめん。俺が悪かった。だから、ご飯下さい」


 素直に謝ったクレイをアリスは許す。

 兄だし、仕返しはこれぐらいで十分だろうと考え、クレイの前に仕舞ったものを出す。

 二人のやり取りを見ていたゼスが、良い子だとアリスの頭を撫でた。


「よし、じゃぁ頂こうか」


 皆でソファーに座り、ルールシュカへ祈りを捧げる。

 それが終わると皆次々に食事へ手を出し始めた。

 今日の昼食は残り物だから、おにぎり二種にスープ二種、からあげサンドやバケットサンドなど色々だ。 

 ちなみに、ユーラン用は刻みキャベツとミニトマト、シュークリーム乗ってた果物にしておいた。

 

 相変わらず美味しいと言って食べてくれる家族たちの声が、凹んでいたアリスを少しだけ元気にしてくれる。

 塩おにぎりとお味噌汁を確保したアリスは、無言でもぐもぐと咀嚼した。

 食事中ジェイクがアリスを呼ぶ。


「アリス」

「おじいちゃん、何?」

「すまんが、ここに滞在している間は、部屋で食事を取ることになった」


 どういうことかと聞いたアリスにジェイクは「もう、普通の宿の食事では満足できないんだ」と、正直に告げた。

 その言葉を嬉しく思ったアリスは、いっぱい美味しいご飯を作ろうと決める。


「夜ご飯は期待しててね?」

「そうか、ぜひ楽しみにしてよう」

「うん!」


 会話を終えたアリスは味噌汁を飲みながら、夜ご飯かと思案する。

 いい加減、肉以外が食べたい。特に魚だ。けど……この世界では生の魚が手に入るのは海沿いだけで、内陸に入るほど魚の売りがない。

 しかも、昼になると塩漬けにされてしまうため、朝一番でなければ生は手に入らない。

 フェリス王国は海に面した国だ。もしかしたら、塩漬けの魚があるかもしれないと思いついたアリスは「市場マルシェに行きたい」と訴えた——。

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