第36話 フェリス王国編――フェイスの街

 ベーグルサンドは、厚焼き玉子は濃厚で甘く、照り焼きは甘じょっぱくて……。

 卵と鶏肉はどうしてこうも美味しい組み合わせなのか! 

 と、アリスが感動しつつゆっくり食べていた間、皆によって見事に完食されていた。

 ちなみにユーランは、桃を半分食べたところでギブアップしていた。


 作り手としては嬉しい。嬉しいけれど、もっと味わって食べて欲しい。

 そう思うアリスは、次は絶対食べきれないぐらい作ってやると決意した。


 そうして、今日も馬車は走る。

 

「おじいちゃん、今日フェイスの街に着くんだよね?」

「あぁ、そうだよ。昼前には着くだろう」

「わーい! 楽しみ」


 諸手を挙げて喜んだアリスは、ママとフェルティナを呼ぶ。

 目的は、ラーシュに聞いたフェイスの街で手に入ると言う、アクセサリーの材料をおねだりするためだ。


「どうしたの、アリス?」

「あのね。フェイスの街についたら、欲しい物あがあるの! 買ってもいい?」

「欲しいもの?」

「うん。どうしても欲しいの!」

「まぁ、アリスにはいつもご飯作って貰っるからいいけど……何がそんなに欲しいの?」


 言うか一瞬迷ったアリスは勇気を出して、アクセサリーの材料が欲しいのだと告げた。

 一瞬にして顔が曇ったフェルティナに「お願い~」と、瞳を潤ませ懇願する。

 するとジェイクが、いいじゃないかとアリスの味方についてくれた。


「お義父さん……そうやってアリスを甘やかすのはどうなんですか?」

「だがなぁ、初めてアリスが欲しがったものをダメだというのは可哀想だろう?」

「そうですが……」


 アリスが欲しがったのはイヤリング用の金具や皮紐だ。

 そう言った素材は、意外と高いらしくフェルティナは中々頷いてくれない。

 仕方なく諦めようとしたところで、ゼスがいいじゃないかとフェルティナの説得を始めた。


「仕方ないわね。でも、金貨一枚までよ?」

「うん!」

「そう言えば、誰かアリスにお金の説明したかしら?」


 アンジェシカの問いかけに、誰もがさっと視線を逸らす。


「仕方ないわね~」と言ったアンジェシカが、アリスに六枚の硬貨を取り出して教えてくれた。


 ヘールジオンでは全て共通の硬貨を使う。単位はシルだ。


 一番下は鉄貨がある。だが、こちらはほぼ使われない。

 鉄貨一〇枚=小銅貨一枚=一〇〇円

 小銅貨一〇枚=中銅貨一枚=千円

 中銅貨一〇枚=大銅貨一枚=一万円 

 大銅貨一〇枚=銀貨一枚=一〇万円

 銀貨一〇枚=金貨一枚=一〇〇万円

 金貨一〇枚=大金貨一枚=一〇〇〇万円

 金貨の上には白金——ミスリル金貨ともいうが存在するが、商人の大きな取引や、国の関係者以外使わないのでアリスには関係ない。


「市場なんかでは、小銅貨と言わず銅貨と言うわね」

「そうなんだ」

「追加で言うなら、平民家庭は大体月の収入が銀貨二枚から四枚だよ。あと、昔は大銀貨と言うのもあったけど、今は使われていない」

「へぇ~、そうなんだね!」


 アンジェシカとゼスに答えたアリスは、ふとフェルティナの言葉がよみがえる。

 金貨一枚をくれるといっていたけれど、金貨一枚は日本円で一〇〇万と言うことだ。

 どう考えても一二歳の子供に持たせる金額じゃないとアリスは慌てた。

 だがしかし、と心の中で別のアリスが言う。

 既に金貨を貰ったんなら、今回は欲しい物を思う存分買えるのではないか? と……。


 そして、アリスは受け取った金貨をそっと懐にしまった。


 そんなこんなで馬車に揺られること数時間、アリスたちはフェイスの街の入口に到着した。

 

 ここで、ラーシュさんと森の牙ラフォーレ・ファングの四人とはお別れになる。

 ラーシュさんからは王都についたら是非訪ねてきて欲しいと言われた。そして、森の牙ラフォーレ・ファングの四人は、王都でまた会おう! と約束してくれた。

 寂しいが、仕方がないことだとクレイにぃは言う。

 馬車に乗せた時から、ふぃすの街までと言う話で同行していたので仕方がない。


 アリスたちは馬車に乗ったままフェイスの街の入口に並ぶ。

 朝から沢山の人が並んでいたのか、未だ列は尽きない。


「どうして、こんなに人が多いの?」

「この街道沿いはどうしても盗賊が多いからね。検問に時間がかかるんだ」

 

 そう教えてくれたフィンは、アリスの頭をなでる。

 なるほどと、一つ頷いたアリスにフェルティナがフード付きのローブを渡す。

 この暑い時期に長袖のフードか……と嫌そうに顔を顰めたアリスにフェルティナが、着なさい! と強めの口調で告げた。

 仕方なく、ローブを纏ったアリスは、ローブを着た方が涼しいことに驚く。


「ふふっ、それはおばあちゃんが作ってくれた魔道具が付いているの。だから涼しいでしょう?」

「うん! これなら着てられる」

『ボクも涼しい!』


 フードを被ったアリスの首元に入り込んだユーランが、上機嫌に答えた。

 ユーランがもぞもぞと動きくすぐったさを我慢できなかったアリスは、身体をひねり楽し気な笑い声をあげる。

 キャッキャと言う楽し気な声に馬車内の雰囲気が柔らかくなった。

 アリスを見つめる家族たちは、皆がみんな微笑ましい表情を浮かべている。


 そうして、漸くアリスたちの乗る馬車の順番が来た。

 御者を務めるクレイが、質問に答える。

 中に乗る人数確認のため、衛士によって馬車の扉が開かれた。


「ご歓談中申し訳ありません、人数を確認させていただきます」


 人族の衛士であろう男性は、生真面目に一礼すると人数を確認し始めた。

 そこへ、後ろから赤茶髪の衛士服より少しいい服を着た男が顔を除かせ、馬車内を改める。

 赤茶髪の男が、順番に見回しそして、アリスで視線を止めた。


「悪いが、そこのフードを外して貰おう」


 赤茶髪の男の言葉に、アリスはフードを取る。すると男は、一瞬下卑た笑いを浮かべ、直ぐに顔を戻した。


「悪いがその娘に話がある。詰め所まで来てもらおう!」

「この子にどんな御用があるのでしょうか?」


 アリスと赤茶髪の男は初対面だ。当然話したこともなければ、この男にこんなことを言われる筋合いはない。

 それを分かっているのかゼスが、赤茶髪の男へ聞く。

 すると男は、顔を忌々し気に歪め「犯罪者の可能性がある」などと言い出した。


 何もしてないと言ってもきっとこの男は信じないだろう。それどころか、罪を捏造される可能性だってある。

 そう考えたアリスは、サーっと血が引くのを感じて堪らず、隣に座る母の身体にぎゅっと抱き着いた。

 

「悪いのだけれど、うちの子が怖がっているわ。さっさと街へ入れて下さらないかしら?」

「マーシ殿、それ以上は……」

「ヘイルズ、これはあくまでも可能性の話をしているのだ。違うと分かればすぐに解放する。こちらとしては、とりあえず話を聞かせ——」

「あらあら、仕方のない方ですわね。こう言う事は言いたくないのですけれど、わたくしこれでもフェリス王国では少し有名なブリッジト公爵家の者なんですの」


 アリスへ腕を回したままフェルティナは、ピンと背筋を伸ばし横目で衛士を見た。

 ブリジット公爵家と聞いた途端、赤茶髪の男が口元を引きつらせ「し、しつれいしました」と敬礼する。


「分かっていただけたならよろしくてよ?」


 今まで見たことがない母の姿にアリスは、抱き着いた態勢のまま瞳をきらきらさせた。


「ご協力ありがとうございました」と律儀に頭を下げて、扉を閉めたヘイルズにアリスは窓からバイバイと手を振る。

 ふっと顔を緩めた彼は、アリスに手を数回振り返すと次に並んでいた人の元へ向っていった。


 その後ろで、忌々しそうに馬車を見送る視線があった事にアリスも、そしてインシェス家のだれも気付かなかった——。

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