第35話 フェリス王国編――夕食
時間が経ち、馬車が野営地に到着してもジェイクたちは帰ってこなかった。
ゼスは独り物思いにふけっており、こちらもまた帰ってくるのに時間がかりそうだ。
仕方なく、フェルティナとアリスの二人で夕食の準備をに取り掛かる。
「あら、美味しそうね!」
「うん。今日は外で食べるって言ってたから、食べやすくワンプレーとにしたんだ」
「あらあら、これはお肉かしら?」
「オーク肉を揚げてみたの、きっと美味しいよ」
サラダが盛られた皿にアリスがご飯をよそい、フェルティナがトンカツを乗せる。
ぱちぱちと爆ぜる焚火は、
「おじいちゃんたち食べないのかな?」
心配そうにアリスが馬車に目を向ける。
それを見ていたフェルティナは、自ら馬車へ乗り込むと未だ放心している家族の頬をぺちぺちと叩いて行った。
ハッと正気に戻ったジェイクは、自分が見たものが信じられずふるふると頭を振る。
その横で「アリスったら」と零したのはアンジェシカだ。
クレイとフィンは驚き固まっていたものの「アリスならありえるよな」と二人で笑い合った。
そして、ラーシュだが、彼は独り部屋の隅で拝んでいた。
声をかければビクッと肩を揺らし「私は何も見ていませんし、聞いていませんから」と必死で訴える。
そんなに怯えなくても、まっとうに生きてさえいれば何もされないと、フェルティナは考え苦笑いを浮かべた。
「さぁ、アリスが美味しいご飯を作ってくれているわ! 皆早く外に出て!」
フェルティナは、手を叩きまくしたてるように告げる。
いそいそと外へ向かう息子たちを見たフェルティナは未だ戻ってこないゼスに、全くこの人はいつもこうなんだからと呆れを含ませた視線を向けた。
何度か目の前で、手を振るが反応がない。
仕方なく、フェルティナはゼスの目の前で勢いよく手を一度叩いた。
パン! と大きな音が鳴りゼスが、驚いた顔を上げる。
「ようやく戻ったわね。ご飯よ。アリスが待ってるわ。行きましょう?」
「あ、あぁ」
フェルティナに促され立ち上がったゼスは妻相手に「私は、アリスを守れるだろうか」と弱音にも似た言葉をぽつりと零す。
初めて聞いた彼の弱音にフェルティナはいつも通り明るい声で「なんとかなるわよ」と、笑って答えた。
全員が揃い、女神ルールシュカ様に祈りを捧げた後、夕飯がはじまった。
まずはお味噌汁からと、アリスは湯気をあげる味噌汁を一口含む。
芳醇な味噌の香りと共に、野菜の甘みと一緒にいれた出汁の風味が身体をほっとさせる。
続いてとんかつをはむっと一口噛めば、サクッとした衣の中からじゅわっと肉汁があふれ出した。
柔らかい肉は噛むごとに肉汁があふれる。
口の中が脂っぽくなったところで、付け合わせのキャベツを食べればシャキシャキとした触感とキャベツの甘みでさっぱりとした。
「うま! これうま!」
クレイの語彙力が死んだ。
「このとんかつだっけ? 凄く良いね! 肉汁があふれてくる。どんどん食べられるよ!」
トンカツはフィンのドストライクだったらしく、みるみるトンカツが呑み込まれていく。
「これはまた……美味しいですね! 後ほどぜひレシピを教えて下さい!!」
ラーシュも気に入ったようで、レシピを欲した。
「えぇ。本当に凄く美味しいわ。ご飯にも合うし、それにこのスープがいいわ~」
アンジェシカはトンカツよりも味噌汁が気に入ったようだ。ちびちびと飲んでは、ほぅと息を吐き出している。
「やばいな……この飯を食いつけると保存食なんか食べる気にならねー」
ガロの言葉に
「美味しく食べて貰えてうれしい!」
『ボク、この赤いの好き!』
満面の笑顔を向けるアリスの隣で、ユーランは姿を隠しトマトを抱えてもぐもぐと食べる。
トンカツを食べないのかと聞いたアリスに、ユーランは肉や魚、貝類は食べないと答えた。
好物は何かと聞けば、アリスが持ってくる野菜や果物が好きだと言う。
それならばと、次からはユーラン用に野菜や果物を用意しようとアリスは思った。
三〇分もしない内に、五〇枚もあったトンカツが全てみんなの胃の中に消える。
今日も美味しいご飯だったと、膨れたお腹を摩ったアリスはそのままうっつらうっつらと眠りについたのだった。
翌朝、早めに起きたアリスは馬車の外に出ると大きく息を吸い込んだ。
盆地のせいか、朝もやがかかり、周囲はあまり見渡せない。
太陽はまだお休み中らしく、ほんのりと空が白んでいる程度だ。
朝ごはんと言えば焼き魚だ。
だが、残念なことに肉、魚、魚介類は自力で手に入れなければならなかった。
結論、箱庭にないものは、神の台所でも出せない。
ただし、持ち込んだものは使える。
飼育した場合、どうなるかは今のところ不明だ。
ひとりきり考査を終えたアリスは、朝食を考える。
日が昇ればすぐに移動するはずだから……メニューは手軽に食べられるものがいい。
それなら、肉スキーが多いから厚焼き玉子と鳥の照り焼きをベーグルサンドにしよう。
後、ユーラン用に果物のベーグルサンドも作ろう!
「よし、今日もよろしくお願いします。まずは、ベーグルを作ります!それから、てりやき作ろう!」
キッチンに挨拶して、アリスは早速ベーグルを作るための材料を告げる。
強力粉、ドライイースト、砂糖、塩、あとで使うお湯40度ぐらいとそれに入れる砂糖。
「まずはボールを用意して、強力粉を入れる。できるだけ真ん中にドライイーストと砂糖を入れる。そして塩。これは出来るだけ隅に! それが終わったら、五〇度のお湯を真ん中から注いでくるくると混ぜる。生地が纏まったら十分ぐらい力強く捏ねて下さい!」
あっという間にまとまった生地になったのを見て、やっぱりキッチンさんは凄いなとアリスは感動にも似た感情を覚えた。
「とりあえず、それを二〇個分に切り分けて、丸めて休ませて。そしたらもう一回同じ材料と分量で、同じようにして!」
二度目もキッチンが、あっという間にベーグルの生地を作り終える。
そして、三回目を頼み出来た頃合いで、アリスは一度目の生地の様子を確認した。
「生地を全て、五分休ませた状態に。出来たらオープンを二〇〇度で温めて、お湯を沸かして」
お湯が沸いたのを確認したアリスは、砂糖をお湯にいれた。
「火は弱火に。このお湯で、生地をドーナツ型に成形して片面を一分ずつ湯がいて、出来たらチーズをのせてオーブンで一五分焼いて下さい」
チンと音が鳴りオーブンを開けば、チーズのいい香りがキッチンに広がった。
トレーを出し、ベーグルを乗せたアリスは、次に取り掛かる。
ストレージからワイルドコッコの肉塊を出し、作業台へ置く。
その間、キッチンには甘めの厚焼き玉子を大量に作って貰った。
そして、ワイルドコッコの肉は、一〇センチぐらいの大きさに切ってもらう。
照り焼きの材料は、片栗粉、塩、胡椒、砂糖、みりん、醬油だ。
「まずは、ボールに肉を入れて塩コショウをサッとまぶす。次に、フライパンを温めて皮面を下にして焼く。皮面が焼けたらひっくり返して反対側も。火が通ったら、片栗粉を軽くまぶして、醤油、みりん、砂糖を加える。照りが付いたら出来上がり」
言葉で言うのは簡単だが、実際作るのは大変だ。
少しでもキッチンに負担をかけないようアリスもレタスを水につけむいていく。
「フルーツ! これは一人分でいいよ。白桃は少し小さめに切ってね」
ユーラン用の桃を別皿に乗せて貰い仕舞ったアリスは、朝食の仕上げにかかる。
「残りのベーグルは全部水平に切ってね。切ったベーグルの片方の切り口にマヨネーズとマスタードを塗って、厚焼き玉子を乗せる。その上にレタスを乗せたらマヨネーズを大匙一杯分のせて、照り焼きを乗せたら……最後にベーグルで蓋をすれば出来上がり! 後は紙にひとつづつ包んでください!」
六〇個のベーグルサンドを魔法の鞄に入れたアリスは、キッチンにお礼を告げた――。
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