第2話 転生します。

 気持ちを全て吐き出した翼は、ルールシュカの腕の中からゆっくりと顔を上げる。

 ルールシュカの薄桃色の瞳と視線が絡む。

 そして、女神は慈愛に満ちた笑顔を見せた。

 

「大分おちついたかしら?」

「……はい」

「じゃぁ、これからについて話そうか?」


 身体を離したルールシュカは、再びソファーへ座り直す。

 こっくりと頷いた翼は、どこかスッキリとした表情を浮かべていた。 


「翼ちゃんには、私の世界へ転生してもらいます」


 明るく告げられた転生と言う言葉に、翼の心が一気に不安になった。

 日本でも、ヴァルグ世界でも、翼は切り捨てられた存在だったのだ。

 自分が転生してしまうことで、優しいルールシュカに迷惑をかけるのではないかと……。


「嫌かしら?」

「いえ、嫌じゃ、ないです。でも……私なんかが、転生しても……」

「私なんかなんて言っちゃダメよ! 私は、翼ちゃんがいいの! だって、翼ちゃんにはのよ!」

「見返す……。そ、そうですね! 私も見返してやりたいです!!」


 翼は、自分の保身しか考えていなかったルックベルドに――否、ヴァルグ世界でかかわった全ての人に対して悔しさが募った。

 そうだよね。私が幸せになることは、ある意味で復讐になるはずだと、翼は頭の中で考えた。


「それで、翼ちゃん。転生するなら、何か希望はない?」

「え? き、希望?」

「そう。例えば一部の記憶を消すとか、家族構成とか、あとスキルなんかも……希望があれば、聞くわよ!」


 記憶を消す、か……と、翼は考える。

 ルックベルドに裏切られた記憶を持ったまま転生しても多分、人を信じられないかもしれない。

 それどころか、一生恋愛もできないかも……。

 なら、記憶を全て消して貰った方がいいかもしれない。


「あの本当に記憶、消せますか? 出来れば、スキルの記憶は残して人の、ヴァルグ世界の記憶を……」

「できるわよ! だって、私、この世界の神様だもの。ぐふっ、げほっ、げほ」


 ドンと胸を叩いたルールシュカは、力を見誤り咽た。

 それを見ていた翼は、ふっと表情を緩め笑う。


「あぁ、忘れてた。リニョローラからも伝言があるの」

「リニョローラ様と言えば、ヴァルグで聖魔法をくださった神様ですね」

「そう。えーっとね【 此度の事、本当に申し訳なかった。本来ならば我が子が背負うべき使命を、そなたに押しつけてしまった。それだけではなく、命を奪う結果になってしまったこと、本当にすまないと思っている。贖罪になるかはわからぬが、そなたを騙した人間たちには、相応の罰を与えておくゆえ、そなたはヘールジオンで自由に、そして幸せに生きるがよい 】だって」


 銀の髪を靡かせ、柔らかく微笑むリニョローラの清廉な姿を思い出した翼は、心から感謝の言葉を紡ぐ。

 二人もの神から転生を進められたからには、私も頑張って幸せになろうと翼は決意する。


「あ、そうでした。転生するあたって、何か使命があったりしますか?」

「いえ、ないわ。居るだけの良いのよ!」

「……本当に?」

「えぇ! その気になってくれているから、今のうちに私の世界について説明しておくわね」


 ルールシュカは、身体全体を使い楽し気に自分の治める世界を語った。


 ヘールジオンは、剣と魔法。そして、精霊のいる世界だ。

 時代的には中世に近いが、食べ物はこれまでも日本人が転生した経緯もありそれなりに揃っているらしい。

 ただし、味は微妙らしい。


 人種については、人族、獣人、エルフ、ドワーフ、亜人の五つ。

 国が多数あるらしく、それぞれに王族がいて、貴族もいる。


 言語は、ヘール語——共通語、その他に各種族ごとの言葉がある。

 ちなみに精霊もドラゴンもそれぞれの言語を使ってコミュニケーションが取れるそうだ。


 大陸は海を挟み三つあり、ニュース、リンゲル、ベノムと言う。

 大陸の大きさは、一つ、一つがユーラシア大陸と同等。

 三つの大陸には多くの国家が存在する。が、今のところ戦争などは無くとても平和である。


 最後にこの世界には、魔獣と呼ばれる生物が存在している。

 魔獣の他にもドラゴンがいるそうだが、こちらは誰かが言い出した神の使いと言うことになっており勝手に神聖化されている。


「ちなみに、ヘールジオンの絶対紳は、わ・た・し・よ」


 と言うとルールシュカは、自分に指先を向けにっこり笑った。

 それにフフッと笑った翼は「私の転生先は、どこですか?」と問いかける。


「翼ちゃんが行く大陸は、リンゲルよ。リンゲルの中央にある真魔の森と言う魔物が跋扈する森があるの。その森の中心に住む冒険者家族があなたの家族になるわ」

「……なるほど??」

「と言う事で、説明は大体終わりかな。あとは、翼ちゃんが欲しいものだけど……何が欲しい?」

「欲しいですか?」

「そう! 地球の神から聞いたんだけど、あちらでは小説なんかで転生する場合、神様から色々なスキルをもらったりするそうじゃない? 私も神様だし、そう言うのしてみたいのよね」


 地球の神様何やってるの? 確かにそういう小説は多いと聞く。けれど私、そう言うの読まないからよくわからないと、翼は戸惑いを隠せない。


「欲しい物と言われても……私よくわからなくて」

「ん-。例えば……翼ちゃんは、生まれ変わってどんなことがしたい?」 


 ルールシュカに何がしたいかと聞かれた翼は、自分がしたいと思う事を考える。

 趣味と言えば料理かな? あれは意外と楽しかった。やってみたかったことか……可愛いぬいぐるみ作ったり、アクセサリーを作ったりしてみたかったな。あの時は、お金なくてできなかったけど……。

 

「……料理と手芸、アクセサリー作りはしてみたいです」

「なるほどね。じゃぁ裁縫と錬金、宝飾と……料理はつけましょうか!」

「あぁ、そうでした。できれば、トイレとかお風呂を日本風にして欲しいです。それに、ルールシュカ様が仰る世界を旅してみたいですね」

「トイレとお風呂は問題ないわ。前に来た日本の子がそういう文化をつくってくれたから。旅については、そうね……これと、これ。それにあれと……」


 思いつく限りの要望を伝えた翼の前でルールシュカは、空中をいじる。


「翼ちゃん、ちょっとステータスと唱えてみて」

「はい……ステータス」


 ルールシュカに言われた通り唱えてみれば、翼の前に透き通った枠が浮かび上がる。


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 名前: ???・????【相川 翼】

 職業: ????【転生者】

 年齢: ?? 歳【一六】

 性別: 女

 称号: ルールシュカの愛し子 / 精霊王の愛し子

 スキル: (火魔法) (水魔法) (風魔法) (地魔法)

      (時・空間魔法) 精霊魔法 (錬金) (鍛冶)

      【全言語理解】 鑑定 裁縫 料理 宝飾

 特殊スキル: 【神の裁縫箱ソーイグワークベンチ】 【神の宝飾ジュエリーワークベンチ】 

        【聖魔法【前世で獲得】】 【ストレージ∞】 

        【魔力使用∞】 【メール】

 加護: ルールシュカの加護(大)【リニョローラの加護(大)】

     精霊王の加護(大)


()内は、灰色表示。

【】内は、青色表示。本人以外には見えない。

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 流石に何も知らない翼でも、見えるステータスの異常さがわかった。

 引き攣る口元をなんとか抑え、ルールシュカを見る。


「とりあえず、こんなものかな? ま、あと欲しい物あったらその時に渡すね!」

「いや、いや、いやいやいや、おかしいよ。流石にスキルが多すぎる。ていうか、称号も加護がおかしい!」


 焦るあまり丁寧な言葉遣いを忘れてしまった翼は素で、突っ込みをいれる。


「え~そうかなぁ? これぐらい誰でも持ってるって! 本当は、もっといっぱいつけてあげたいんだけど……今は、思いつかないのよね」


 ルールシュカの言い分は、翼を黙らせるには十分だった。


「こっからは重要な話だから聞いてね」

「はい」

「私の世界では、魔法は使えないの。理由は、長いから省くけど命を守るためだと思って」

「十二歳ですね。わかりました」

「魔法に関係のないスキル、例えば料理、裁縫、宝飾は十二歳にならなくても使えるから、楽しんでね! あと、もし時間があるようなら十二歳までに魔法言語の勉強をしておくといいわ。それと灰色表示になってる部分は、自分の努力次第で獲得できるスキルよ。青色は本人以外にはみえないからね」

「……はい」


 翼の返事に頷いたルールシュカが彼女を一度だけ、抱きしめる。

 柔らかな肢体に抱きしめられた翼は、ルールシュカの腕の中でそっと眼を閉じた。


「しばらくのお別れね。行ってらっしゃい!」

「ルールシュカ様、ありがとうございました」

「貴方の人生に幸おおからんことを!」


 その言葉を合図に、慈愛に満ちた微笑みを浮かべるルールシュカの姿が薄れて消える。

 翼の意識も、徐々に薄れていった――。

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