序章
第1話 神様に呼ばれました。
愛するのひとのため、命の残りを使ってこの世界を救う。
それが聖女として召喚された私——
「ルックベルド、大好き」
走馬灯のようにルックベルドとの思い出が脳裏を過ぎ去る。
手を取り、優しく細められる碧の瞳。
黄金に輝く髪を襟足で一つに束ねる凛とした背中。
愛していると告げた彼の薄い唇。
世界のために助けてくれと歪められた細く整えられた眉。
抱きしめられた力強さ。
貴方のために、私は全てを捧げるわ!
両手を組み祈りを捧げながら、ルックベルドを想い瞼をを閉じた――。
******
翼は薄暗い魔王城の最上階で、七星魔王と呼ばれた史上最大の敵と対峙していた。
愛するルックベルドを守るため、死を恐れる心を振るい立たせ、聖女最大の奥義
その、はず……だったんだけど、と何度も瞼を瞬かせる。
まさか失敗したの? という不安からダラダラと冷や汗が流れる。
恐る恐る頭を動かした翼の視界に映るのは、真っ白な空間のみ。
「はぁ~い。相川 翼ちゃん」
「……」
誰!?
突然響いた明るい声音に翼は、激しく困惑した。
場にそぐわない祈りを捧げたポーズのまま思考を停止させた翼は、見知らぬ相手に心の中で突っ込みを入れる。
翼のフルネームを呼んだ相手は、緩やかなパステルピンクの髪をハーフアップにたダイナマイトボディを持つ美女だった。
そんな美女が着ている服は、翼にも見覚えのあるリクルートスーツだ。
「ごめんねー。折角いい雰囲気の所だったのに、呼んじゃって」
「……」
呼んじゃってって、どういう事??
「まぁ、とりあえず混乱してるだろうし、ちょっと落ち着いて話をしましょうか」
美女はそう言うなり、何もない空間に片手を振った。
すると今まで何もなかったはずの空間に、テーブルと一人掛けソファーが二つ現れる。
片方のソファーに座った美女は、未だポーズが変わらないままの翼へ再び呼びかけた。
「さぁ、座って。お茶飲んだら、話をしましょう」
整った顔立ちの彼女が笑うと、とても美しく同性の翼でも照れてしまいそうになる。
そんな彼女に手招きされた翼は、ゆっくりとした動作で立ち上がり空いているソファーに腰かけた。
「さぁ、どうぞ」と、言って出されたカップの中身はカフェラテだ。
日本に居た頃、よく飲んだ飲みものを前に、懐かしさを感じた翼の心がギュッと締め付けられる。
意を決してカップを傾け一口飲めば、ほぅと息が漏れた。
「まず、何かしら話そうかな……あぁ、まずは名乗らないとね! 私の名はルールシュカ。ヘールジオンと言う世界を見守る女神よ」
「神様……」
「そう、私これでも神様なんです~」
「はぁ、それで……その神様が私に何の御用でしょうか?」
「そうね。長い話になるけれど、まずは聞いてね」
カップを傾けたルールシュカは、戸惑いの表情で見つめ返す翼を安心させるように微笑みかける。
そして、翼が知らなければならない過去を語りだした。
翼がヴァルグに召喚された同時刻、翼は交通事故により死んでいたはずだった。
死後の魂は、世界の
「えっと……要は、私はヘールジオンに転生するはずだったという事ですか?」
「えぇ、そうよ! なのにあいつらときたら!!」
腹立たしそうに顔を顰めたルールシュカは、大きく息を吐き出すと表情を改め続きを語る。
だが、翼の死の直前ヴァルグ世界のある国の王族が、無理やり翼を召喚してしまう。
それを知ったルールシュカは急いで、ヴァルグの神に連絡を入れた。
翼を憐れに思い神は直ぐに動くも、神の制約により肉体ごと呼ばれてしまった翼をヘールジオンに送ることができなかった。
そこで、ヴァルグ世界の神は翼が生きやすいようにと聖魔法を与えた。
「え、じゃぁ……私、聖女じゃなかったってことですか?」
「実は、そうなのよ」
「えぇ!!!」
「ショックよね。でも、まだ続きがあるの」
はからずも聖女としての力を手に入れてしまった翼が、最後に使った聖女最大奥義
そう、本来の使い方をしていれば、翼は死なずに済んだのだ。
「ちょ、ちょっと待ってください。
「こう言うとショックが大きいかもしれないけど、あの王子に翼ちゃんは騙されたのよ」
「え? そ、れって……どう、言う……」
騙されたと女神に言われた翼は、瞳を見開き驚愕する。
記憶を辿り、生命の星の使い方について話をしたルックベルド表情を思い出す。
あの時ルックベルトは何と言った? すまないと謝りながら、その目はどうだった? いや、それ以前の彼は……。
腑に落ちる点がいくつもあった。けれど、彼に好意を寄せていた翼は認められない。
何度も何度も己に問いかけては、違うと頭を振った。
嫌だ、知りたくなかったと耳を抑え、俯く翼にルールシュカはきっぱりとした口調で真実を告げる。
「あなたは、あのくそおう……ルックベルドに裏切られていたのよ」
「う、うそよ!」
嘘だと言ってと懇願するように、翼はルールシュカを見つめる。
だが、翼の願いむなしくルールシュカの瞳は一切揺らがない。
あぁ、本当なんだ……と、荒れる心とは違う場所にいる冷静な翼は受け止めた。
「ヴァルグの神が見たルックベルドの話を聞きたいなら話すけど、どうする?」
静かに紡がれたルールシュカの言葉を聞いた翼は、俯いたまま頷いた。
ヴァルグ世界の神リニョローラは、翼の存在を知り出来る限り見守ることにした。
翼が召喚された日、ルックベルドは父王から聖女を大事にしろと告げられる。
その言葉に従い彼は、翼を真綿で包むように大切にした。
いつしかルックベルドは、翼に淡い恋心を抱く。
だが、その思いは父王の「王になりたいのなら聖女のことは諦めろ。あれと共に死にたくはないだろう?」と言う、言葉で露と消えた。
そして、魔王城へ向かう前日の夜。
ルックベルドは、
翼の使った
それを確認したルックベルドは、自国へ凱旋する。
魔王を討伐した勇者王子として……。
そうして彼は、現在。後悔した様子も、悪びれる様子もなく、美しいと噂されていた公爵令嬢と婚儀をあげ幸せにくらしている。
「……なに、それ……ゆ、ゆるせない!」
命をとして救ったのに、なんで自分だけ……と、怒りに満ちた瞳を浮かべた翼はぐっと手を握り唇をかむ。
「翼ちゃんは、怒っていいのよ! もっと言ってやりなさい!」
腹の底から怒りがわく翼は、外聞も恥も捨て幾度もルックベルドを詰った。
けれど、その状態は長く続かず、彼女はゆっくりと俯く。
いつの間にか、彼女のこけた頬を幾筋もの雫が伝っていた。
悔しさからか、情けなさからか、それとも裏切られた怒りからか翼のぎゅっと閉じられた唇から「うっ、うぅ」と言葉にならない嗚咽が漏れた。
「どうして、私ばかり……」
ぽつりと零された本心は、翼が弱っているのを表すには十分だった。
ルールシュカは堪らず翼のやせ細った身体を抱きしめる。
「今は、好きなだけ泣きなさい。落ち着いたらこれからについて一緒に考えましょう」
そう告げた女神は慈愛の瞳を翼に向け、静かに彼女の背を撫で続けた――。
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