十二歳編

第3話 初めての料理①

 翼が転生した先はルールシュカの言う通り、三つの大陸の左にあたるリンゲル大陸の真魔の森だった。

 当然のように魔獣が跋扈する鬱蒼とした森の中、上から見ると大きく開けた場所がある。

 そこが、翼の転生先だ。


 澄み切った湖の側には水車が回り、四方一キロにも及ぶ畑が作られている。

 畑には、野菜や薬草が育てられ、のどかな田園風景のような様相を呈していた。


 人工的に土を盛り上げた場所に、湖を見下ろすように建てられた屋敷は、三階建て。

 空色の屋根、白い壁をした見る人が見れば、豪華なホテルだと勘違いしてしまいそうな佇まいをしている。

 

 そこで暮らすインシェス家は、変わり者を多く輩出している冒険者一家だ。

 三番目の子供として生まれた翼は、アリスと名付けられた。


 家族構成は、祖父母・両親・兄二人にアリスを加えた七人。

 彼らはルールシュカの思惑通り、アリスを愛し、大切に育み、見守っていた。


「さぁ、フィン、クレイ、アリスご飯よ~」


 母フェルティナに呼ばれたアリスは、今日もまたアレだよねと、辟易した思いを抱えながら食堂の扉をあける。


 この家で暮らすアリスには、たった一つだけ不満があった。

 それは、二十人は座れそうな大きなテーブルの上に、ドンと置かれた肉塊――ご飯だ。

 味は塩のみ。しかも焼いただけというご飯を、毎日三食一〇年近く食べ続けてきた。


 幼い頃は、まだ良かった。ご飯がそういうものだと思っていたから……。

 だけどと、アリスは思う。

 フェルティナの眼を盗み、こっそり入ったキッチンにはきちんと野菜も調味料も用意されていた。

 それなのにまともな食事が出てこないと言うことは、家族の誰もが料理を作ることができないだけなのではないかと……。

 その事実を知ったアリスは、どうしてもこの食事が不満で仕方がない。


 これまで何度も、家族に訴えた。

 料理が作れないなら、せめて誰か料理のできる人を雇えないかと。

 だが、家族はその言葉に難色をしめした。

 その理由は簡潔で、屋敷の建つ場所が問題だからだ。


 だったら自分で作ればいいと考えたアリスは、自分に作らせてほしいと告げる。

 だがそれも、過保護な家族から幼いことを理由にダメだと言われ断念した。


 これまでの記憶を掘り起したアリスは、家族に気づかれないよう嘆息する。


「ねぇ、どうしてここに住んでるの?」 


 アリスは常々、疑問に思っていた事を聞いてみる。

 すると、祖母アンジェシカがににっこりと笑い質問で質問に答えた。

 

「アリス、私の好きな事は何かわかる?」

「錬金だよね?」

「そう錬金よ。この森にはたくさんの錬金材料――魔獣の血肉や魔石、薬草があるの。それはね、鮮度がよければ良いほど良い物ができるのよ」

「うん。おばあちゃんに教えて貰ったから知ってるわ。でも、それがどうして、ここに住むことに繋がるの?」

「ふふっ。アリスよく考えて? おじいちゃんやお兄ちゃんたちが毎日何をしているか……」


 祖父ジェイク、長男フィン、次兄クレイから期待した眼を向けられ必死に思考を回した。

 

 三人は、朝早くから屋敷をでて、沢山の魔獣を狩って帰ってくる。

 持ち帰った魔獣は、庭で解体される。

 初めて見た時は、ショックのあまり卒倒してしまったのは良い思い出だ。

 じゃなくて、解体した魔獣は毛皮や骨など部位ごとに分けられて……と、そこでアリスは気づく。 


「あ、そうか! わかったー」

「あら、アリスは本当に聡い子ね。そう、錬金をするには、鮮度が大事なの。ここなら解体した直後の材料が、手に入るからここに住んでいるのよ」

「流石、俺のアリスだ。凄いぞ!」

「僕の妹は本当にお利口さんだよ~」


 フィンとクレイが口々にアリスを褒め、うりうりと頭を撫でる。

 こんなことぐらいで……と、アリスは思うも、褒められる喜びを感じてはにかんだ。

 ひとしきりアリスを撫でた二人が、食事を取るため自分の席に戻る。

 

「さて、今日も糧を得られた。我らが守護神ルールシュカ様へ感謝の祈りを捧げよう」


 全員が座ったのを見回した祖父ジェイクが祈りを促す。

 両手を組み、心の中でありがとうとルールシュカ様に感謝した。


 祈りが終わり、家族は嬉々として肉塊に手を付ける。

 アリスも父ゼスから、肉を切り分けてもらい食んだ。

 今日の肉は筋張っておりアリスには、かなり硬かった。一生懸命租借して漸く呑み込んだところで、やっぱり塩かと食欲が減退していく。



 翌朝、意を決したアリスは全員が揃ったところで話を切り出した。


「パパ、ママ。お願い! 私に……私に、美味しいごはんを作らせて!」

「アリス……」

「僕は、まだアリスには早いと思うよ~?」


 哀しそうに顔を歪めたフェルティナの肩を抱いたゼスが、フェルティナの加勢に加わる。


 これ以上肉塊だけは嫌だ。どうしても美味しいご飯が食べたいの! と、強く思うアリスは一歩も引かない姿勢で、両親の説得にかかる。

 

「一度でいいの。一度でいいから私においしいご飯を作らせて! それでダメなら諦めるから……ねぇ、おねがいよ。パパ、ママ」


 愛してやまない末娘に、潤んだ瞳でお願いのポーズをとられ懇願されたゼスもフェルティナも「うぐっ」と喉を鳴らした。

 そうして、見つめ合うこと暫し、折れたのはゼスとフェルティナの方だった。


「はぁー、仕方ないね~」

「一度だけよ? 作ってみて無理そうならやめるのよ?」

「うん! ありがとう。パパ、ママ、大好きよ!」


 許されたアリスは、両親に腕を伸ばして抱きあげて貰う。

 そして、ちゅっと頬にキスをする。

 上機嫌でテーブルの上の肉塊を両手に持ったアリスは、直ぐに扉へ向かう。


「直ぐに作り直すわ。だから、少しだけ待っていてね?」


 扉を抜ける直前、そう告げたアリスはキッチンへ駆けだした。


 屋敷の一階、食堂の奥にキッチンはある。

 幼いアリスには広いキッチンは、コックが十人いても余裕で調理ができる広さをしている。

 辺りを見回し、アリスは設備を確認する。

 毎回背伸びをしないと見えないのだが、興奮したアリスには全く気にならない。


 シンク部分の蛇口は魔道具になっていて、魔石に魔力を通せば水とお湯の両方が出せる。

 隣は、奥行ある作業台だ。

 パンも余裕で作れそうな広さをしている。

 作業台の上には、小さな壺に入った調味料が所狭しと並ぶ。


 そして、四口コンロ。これも魔道具だった。

 側面にある魔石に魔力を通し、点火させる仕組みになっている。

 コンロの下はオーブンだ。こちらも魔石に魔力を流すタイプだ。

 ただし、どちらも火加減はできそうにない。


 魔道具が普及しているためかキッチン設備は、アリスが思っていたより優秀だった。


「よし、じゃぁ早速ご飯作ろう。皆を待たせてるから、手早く済むものにしよう!」


 甘味に飢えていたアリスは、どうせなら甘いのがいいなと考えた。

 だが、朝ごはんであることを思い出す。

 それなら、甘しょっぱいフレンチトーストをメインに、さっき持ち込んだ肉塊——シカの魔物レッドディアのスライスを入れた野菜のサラダ。

 肉塊は確実にあまるだろうから、追加でミルクのスープを付けることに決める。


 鼻歌交じりにカゴを持ったアリスは、以前覗き見た時に知った常温に保たれた倉庫へ向かう。


 まずフレンチトースト用に、カンパーニュ並の大きさがある黒パン、チェダーっぽいチーズ。それから、蜂の魔物ホネット・ビーのハチミツと燻製肉――ベーコンを選ぶ。


 こちらの黒パンはスープなどにつけて食べるものだが、アリスはそのことを知らない。

 更にインシェス家では、薄切りにしてそのまま食べられていたりする。


 余談だが、黒パンは長期保存を目的として作られているため、そのまま食べようとすると非常に固く顎がバグ——日本で言う所の非常食のカンパンのような感じだ。


 スープ用にキャロル人参メルクルじゃがいもキベットキャベツオニロ玉ねぎを取り出す。


 続いてアリスが向かったのは冷蔵庫のように冷やされた倉庫だ。


 スープとフレンチトースト用の牛乳――モゥモゥと言う魔物の乳、ダチョウの卵のような大きさのコカトリスの卵。


 サラダ用レモネレモンレッタレタストーマトマト


 ついでに薬草園から、ルウクルッコラクレンスクレソン――ポーションの素材となるハーブを持ってきた。


 まだまだ体力のないアリスは、カゴを引きずっては中身を一つずつ作業台に置いていく。

 それを数回繰り返し、ようやく料理が出来るぞ! と、アリスは笑う。

 だが、このあとアリスは重大な問題にぶち当たる――。

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