休憩時間

里岡依蕗

KAC20224



 「はぁ……」

 隣の席の彼女は、自作弁当の卵焼きを箸で持ち上げ、虚ろな目でしばらく眺めながら、珍しくため息をついた。どうしたんだろう、あまりいい焼き目が付かなかったんだろうか。

 「どうしたんですか? なんかありましたか? 」

 私の弁当は、今日も社内販売の日替わり弁当だ。今日は惣菜二種と唐揚げと炊き込みご飯。この弁当屋さんの炊き込みご飯は具沢山で、ヘルシーながらも栄養たっぷりで、満足感があって、ほぼ常連客だ。


 「ん? あぁ、なんかね。さっきちょっとネット記事見ててさ、何だかなぁって考えちゃったんだよねぇ」

 彼女は眺めていた卵焼きを口に放り込み、咀嚼しながら、窓から見える景色に目を向けた。

 「ほぉ、どんな内容だったんですか? 」

 炊き込みご飯のレンコンを箸で摘みながら、言葉を返した。

 「世の中にはさ、お笑いしながら作家になってたり、私らみたいに会社員だったり、いろんな掛け持ちしてる芸人さんいるじゃん? そういう人達ってどうやって自分を切り替えてるのかなぁって」

 「……はぁ」

 思ったより深い事を考えていた、そりゃあため息も出るわ。

 「なんかさ、もう私会社員してるだけでしんどいのにさ、掛け持ちなんかしてたら倒れそうだわぁ。芸人さんだって大変な仕事だし、他の仕事も疎かにはできないはずだし……すごいなぁってね」

 確かに、彼らは好きで芸人をしていて、いろいろ事情はあるだろうけど、別の仕事もこなしている……彼らは楽しそうだけど、確かに大変だろうなぁ……

 「……多分、いろいろセーブをしてるんだと思います」

 「え? せーぶ? ……球団? 店? 」

 「えっと……両方上手くいくように、調整をされてるんだと思うんです。例えば、芸人での仕事が売れてきたら休職したり、もう一つの仕事をもっとやりたい時は芸人の仕事を減らしたりとか……」


 彼女は、いつも全部に全力で取り組んでいる。私はそれを隣で見ながら、背中を押されて頑張ってこれた。でも、最近彼女は、こんなふうにため息をついて悩む事が増えた。……久しぶりに彼女から話を聞けたのは嬉しかった。

 「なるほどねぇ……ふぅん、分かった! ありがとうね、私ももうちょっと頑張ってみるわ! 」

 「む、無理は禁物ですからね! たまには……こう、休む事も大切ですから! ……で、何で芸人さんの兼業記事見てたんですか? 」

 冷食の春巻きを口に食われたまま、彼女は固まってしまった。

 「ん? 」

 「もしかして、何かやってるとか、ですか? 」

 「……い、いや、別に? な、何でもないって! 」

 急いで弁当を食べ始めた彼女に、私は何も言わなかった。

 「……頑張りましょう、仕事も、それ以外も。自分のペースで」

 「は? ……そうね、自分のペースでね! 」


 彼女の別の面での活躍を密かに祈りながら、最後に残しておいた唐揚げを口に放り込んで、彼女に聞こえないように呟いた。

 「……私も、負けないように、頑張ります」

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