獣人の国
第1話 ケモ令嬢とケモメイド
獣人の国ロンドスピシディアにある魔法学園ミーアロンド。ここで魔法を学んでいるのはアンドレイア家の貴族令嬢アステル。最近、彼女は妹に関する心配事を抱えており、メイドのキャロにその不安を打ち明けようとしていた。
アステル「ちょっとキャロ! わたくし、最近とっても心配なことができましてよ。ちょっと話を聞いてくれないかしら」
キャロ「わっちはそろそろ買い出しに行かないといけないウサ。それとも夜食はキノコパンだけでいいウサか?」
アステル「えっ、キノコパンだけ? 他におかずはないの? いつの間にわたくしたち貧乏になってしまいましたの?」
キャロ「そういうことではないウサ。たんにわっちが仕事をさぼっていただけウサ」
アステル「貴方が悪いんじゃないの! そんなに時間を取らせないわ。ちょっと話を聞いてくれるだけでいいのよ。それでわたくしも色々と考えがまとまると思うのよ」
キャロ「はぁ……まぁ、いいウサよ。それで? お嬢は何を心配してるウサ?」
アステル「妹にね、恋人が出来たみたいなの」
キャロ「ノーチェ様に恋人が? なるほど妹が自分より先に恋人を作っちゃったので、それでお嬢が焦っているという話ウサ?」
アステル「そういうことじゃないわよ!」
キャロ「 お嬢は男子生徒から告白されまくってるんだから、いつでも選び放題ウサ。焦る必要なんて全くないウサよ? 大抵の男は、お嬢がそのでっけぇ胸を少し揺らして見せるだけでイチコロウサ」
アステル「だから、そういうのではないの。わたくし一向に焦って無くてよ。それと胸のことは言わないで!」
キャロ「だったら何が心配なのウサ? お嬢と違ってノーチェ様はおどおどし過ぎな感じだから、恋人が出来るか逆に心配だったくらいウサ。それで恋人が出来たっていうなら良かったじゃなイカ?」
アステル「イカ?」
キャロ「語尾に突っ込むなウサ! この口調で話すの大変なんだウサ」
アステル「あなた実家では普通に話しているわよね。どうしてわざわざ変な喋り方してるの?」
キャロ「学園には兎人族が意外と多いウサ。語尾で存在感を打ち出さないとあっと言う間にモブ行きウサよ」
アステル「あなたも色々と苦労しているのね」
キャロ「主にお嬢絡みでな!ウサ」
アステル「そ、それは……ほんとごめんなさい」
キャロ「いや、そんなマジ目に謝られても困るウサ。お嬢とノーチェ様には子供の頃から迷惑掛けられてるから、今更どうこう思うことはないウサよ。ほら、バカな子ほど可愛いっていうウサ?」
アステル「ふふ、ありがとう。キャロ」
キャロ「お、おう! それでノーチェ様のことでお嬢の心配している事って何なのウサ?」
アステル「そう! それよ! 聞いてキャロ! ノーチェの恋人と言うのがニンゲンらしいのよ!」
キャロ「ふぁっ!? ニンゲン!? あの毛皮のない地肌剥き出しの全身脱毛症の人族ウサか!?」
アステル「あら? 一応、頭には毛が生えてるみたいよ?」
キャロ「うーん。わっちとしては、その僅かに残った毛が却って憐みを誘うというか……」
アステル「キャロはニンゲンを見たことあるの?」
キャロ「王朝祭のときに、遠くからチラッとみたことがあるだけウサ」
アステル「わたくしも同じようなものだわ。あの猿人族を連想させる平たい顔はちょっと苦手かもしれない」
キャロ「わっちも苦手ウサ。それでお嬢はノーチェ様の恋人を見たことがあるウサか?」
アステル「いいえ。ノーチェからの手紙で知らされただけだから、そのニンゲンを見たことはないのよ」
キャロ「それにしても、そのニンゲンはどうやってノーチェ様と知り合って、どうやってノーチェ様を落としたウサね?」
アステル「落とすというより、どうもノーチェの方が熱を上げているみたいなのよ。手紙では延々と、ノーチェがどうやってニンゲンにアタックしたか書き綴られていたわ」
キャロ「あの大人しいノーチェ様が……。いや、あの方の心根はしっかりしているし、一度スイッチが入ったら意外と積極的になるのかもしれないウサ」
アステル「そうなのよね。あの娘、本当は意志がとっても強いのよ。そんなノーチェがそれほど好きになったニンゲンってどういう男なのかしら」
キャロ「確かに気になるウサ。ニンゲンの男にノーチェ様がアタックするほど熱を入れるなんて、わっちの想像とは違ってかなり良い雄なのかもしれないウサ」
アステル「そう! そうなのよ! わたくしも、そのニンゲンが気になるの。もしかして獣人族並みに全身毛皮とか? 顔が意外と平たくなくて、犬耳だったりとか」
キャロ「それはもうニンゲンというより亜人種のような気がするウサよ。ノーチェ様はニンゲンって手紙に書いてるウサよね?」
アステル「そうよ。でも容姿についてはほとんど書かれていなかったわ。ふぅ……」
キャロ「どうしてため息なんか吐いてるウサ。そんなに気になるウサか?」
アステル「だってニンゲンの男でしょ? お付き合いするとなると、きっとわたくしたちの常識とは色々っ違うところがあったりして大変なことってあると思うのよ」
キャロ「まぁ、たぶんそうウサね」
アステル「でしょ? そのことについて考え始めると夜も眠れないのよ」
キャロ「いや、考える必要はないウサ。少なくともお嬢には関係ない話ウサよ?」
アステル「でも気になるじゃない? それでね。あなたにはそのニンゲンの恋人役をお願いしたいの」
キャロ「はぁ? また頭がおかしくなったウサか!? どうしてわっちがニンゲンの役なんかしなきゃならないウサ!」
アステル「もちろん、わたくしにニンゲンの恋人が出来たときの練習のために決まってるじゃない!」
キャロ「いや、ニンゲンの恋人が出来たのはノーチェ様であって、お嬢じゃないウサ。お嬢はりっぱな獣人族の雄とお付き合いすればいいウサ!」
アステル「わたくし、白狼族ならギリイケると思うの。もし白狼族寄りのニンゲンで、顔がイケケモだったら恋人にできなくないと思うわ」
キャロ「イケるとかイケケモとか言うなウサ! 亜人趣味とか、お嬢の母上様が聞いたら卒倒するウサ。もう黙ってろウサ!」
アステル「お母さまにこんなこと言ったりするわけないじゃない。でも、でももし、白狼族系のイケケモに熱烈に求愛されたら……」
キャロ「顔を赤らめるな! もじもじするな! はしたない! ……ウサ!」
アステル「語尾を忘れてたわね」
キャロ「くっ……」
アステル「まぁ、いいわ。それで、ここに私のお小遣いがあります。これだけあれば、街に買い出しに行ったとき、ちょっと良い料理が楽しめるわ」
キャロ「わーい! キャロお金だーい好き! 毎度ありウサ! 」
アステル「じゃ、ニンゲンの役をよろしくね」
キャロ「わかったウサ! まかせろウサ!」
アステル「じゃ、じゃあ、わたくしに熱く迫ってきて」
キャロ「やりにくいウサけど、頑張るウサ! おぉ、アステル、アステル! 君のパイオツはスイカップ! スイカの花のように美しい!」
アステル「ちょっと待って! それは先週、黒猫族の男子生徒がわたくしにしてきた告白じゃないの! スイカの花って何よ! その後でこっそりググレカス図書館で調べてみたらちゃっちぃ花だったわよ!」
キャロ「貴族令嬢がちゃっちぃとかいうんじゃないウサ! それに、お嬢はその告白を受けたときにまんざらでもない顔してたじゃなイカ!」
アステル「イカ?」
キャロ「ツッコむのは語尾じゃないウサ!」
アステル「まぁ、あの黒猫男子は結構イケメンだし実家がうちより格上だし、悪くないかなーってちょっと思ったけど、結局、告白中もずっとわたくしの胸を褒めたたえるばかりで」
アステル「結局、あぁ、この黒猫ってわたくしの胸にしか興味ないんだなって興ざめしちゃったのよ」
キャロ「あぁ確かに、振られた後もずっとお嬢のパイオツを名残惜しそうに見つめたままだったウサ」
アステル「わたくしの恋人となる方は、パイオツなんて言わない高潔な精神をお持ちでで、わたくしの全てを愛してくださる方ですの。そんな感じでよろしくですわ!」
キャロ「アステル、アステル、あなたはどうしてアステルなんだ。さっき私に語りかけた優しい言葉、あの愛の台詞が本当なら、名前はロミオ……じゃなくてアステルでもいいウサ、せめてモンタニューという肩書きを捨てて……」
アステル「なんて情熱的な言葉! まるで異世界の偉人の作品をまるパクしてきたかのような(うっとり)」
アステル「……でもなんだか男女が逆転しているような気がするわ。それに著作権とか大丈夫なの?」
キャロ「この国や大陸どころか、この世界ドラヴィルダのどこを見てもまだそんな権利は確立されてないウサ! お嬢はわっちの演技審査がしたかったのかニャ?」
アステル「ニャ?」
キャロ「……もうやめていいウサ? そろそろさっきのお小遣いチャージ分が切れそうウサ」
アステル「ごめんなさい! はい、追加の課金(チャリン)」
キャロ「毎度ありウサ! でも今度はお嬢のターンだから、お嬢が反応する番ウサ」
アステル「わかったわ。そ、それじゃ……」
アステル「貴方、ニンゲンじゃないの。劣等族ごときが、この高貴なわたくしに声を掛けること自体がおこがましいことと思わなくて?」
アステル「それとも、そんな当たり前のことさえ分からないほどのおつむしか持ち合わせていないのかしら?」
アステル「良いわ、高貴にして寛容なわたくしが教えてあげましょう。まずニンゲンごときが獣人族に話しかけるときには、まず両膝を地面について頭を垂れますのよ!」
アステル「さらに、この英知持つ勇者アンドレイアの娘。アステルに話しかけるのであれば、まず靴にキスをして懇願するところから始めなさい! この劣等種!」
キャロ「ちょっと待てーー-い! ウサ!」
アステル「あら? どうかしまして?」
キャロ「どうかしまして? じゃないウサ! 人間族全体に喧嘩売ってるウサ! お嬢の対応じゃニンゲンの恋人どころかニンゲンの敵が出来るウサ!」
アステル「まぁ、わたくしは確かにニンゲンに苦手意識を持っていますけれど、他の種族と差別するなんてことはしなくてよ!」
アステル「今のわたくしの言葉だって、先々週は熊獣人の男子生徒が告白してきたときに、ほぼそのままの内容で返答しましたわ」
キャロ「おうふ……そうだったウサ。お嬢は成績優秀の天然おバカだったウサ」
キャロ「しかも傲慢系でバカがダブルだったウサ」
アステル「あなた、仕える主人の娘に対していくらなんでもバカバカ言い過ぎですわ!」
キャロ「分かったウサ。お嬢に常識を求めたわっちが間違ってたウサ」
キャロ「でもそうすると、もしかして常識が違うニンゲンとお嬢という組み合わせは意外にうまくいったりするのかもしれないウサね」
アステル「あら? あらあらあら、やっぱりそう思いまして?」
アステル「わたくしも、そうではないかとうすうす感じておりましたの。これは何としてもノーチェのお相手に会ってみなくてはなりませんわね!」
キャロ「ちょっ、お嬢、まさか妹の恋人に手を出そうなんて考えてないウサね? 冗談でもやめろウサ!」
キャロ「そういうのが暴走すると、姉妹で男を取り合ってのヘッドオフでかな~しみ~のぉ~ヘッドホールドエンドにオーバードライブするウサ!」
アステル「まさか! 妹の恋人を奪ったりするわけありませんわ! ただ……」
アステル「向こうがわたくしに惚れてしまうというのは、わたくしには止めようがありませんけれど……ふふふ」
キャロ「これはお嬢の悪い癖が……つまりアホという癖が顔を出してしまったウサ。嫌な予感がするウサ」
アステル「(絶対にそのニンゲンに告白させてみせますわ)」
獣人の国ロンドスピシディアにある魔法学園ミーアロンド。ここで魔法を学んでいるのはアンドレイア家の貴族令嬢アステル。
彼女は妹の恋人であるニンゲンが気になっており、メイドのキャロに自分の妄想を打ち明けた。
その後、格下だと舐め切っていたニンゲンによって逆に調教されるハメになるのは、また別の物語である。
そのニンゲンの名誉のためにフォローしておくと、ニンゲンには調教する意図は全くなくなかったのだが、アステル嬢が勝手に自爆して自縄自縛していったことだけは判明している。
逆にアステルの介入によってニンゲンとノーチェの愛の絆が一層深くなったくらいだった。
アステル「ふふふ。わたくしに踏まれてそれほど嬉しいですの? 尻尾が激しく揺れているじゃありませんの! 」
妄想に夢中のアステルは、ニンゲンに尻尾がないことを知らない。
そして、まさか自分が踏んで欲しいと懇願する側に回るとはこれっぽっちも思わなかったのである。
おしまい
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