バズる!ケータイ小説家

芦田朴

バズる小説

 門倉マコトの処女作がバズった!


 タレントの川口夏奈がツイッターで「このケータイ小説が面白い」とつぶやいた事がきっかけで、書籍化され、あっという間に書籍はバカ売れした。

 普段ケータイ小説を読まない人にまで川口夏奈効果は波及し、映画化も決定した。


 それまでは、普通のレストランのアルバイト店員だった門倉マコトが突然「先生」と呼ばれるようになった。夜スーパーの半額弁当を競い合うように買っていた、門倉の人生が一変した。


 処女作が大ヒットするや、出版社の門倉マコトの担当編集者の米沢はすぐに次回作を書くように門倉に迫った。今来てる波を逃してはいけない、一日も早く書いてくれ、と言った。


しかし残念なことに、門倉には才能がなかった。


 処女作だって、昔読んだ小説や漫画のいいとこ取りをして、パッチワークみたいにつなげただけなのだ。それがなぜかバズってしまったから、門倉は頭を悩ませていた。


 夕方、門倉が一人暮らしをしているアパートに、編集者の米沢がみたらし団子を持ってやって来た。門倉の好物を持って来ればテンションが上がって次回作を書き始めると思ったのかもしれない。

 

 玄関を開けると米沢は慣れた様子で勝手に部屋に上がって来た。履き潰した皮靴を脱ぎ捨てるなり、慌てた様子でこう言った。


「ネット見ましたか?」


「ネット?見てないけど」


「ネットに門倉マコトの小説はパクリだって、読者が騒いでます。パクリかどうかの検証サイトも立ち上がってるし」


門倉は机の前でリクライニングの椅子にもたれながら頭を抱えた。


「バレたか……」


「バレたかじゃないでしょ!先生、パクリだなんて絶対認めたらダメですよ!映画化も決まってキャスティングだって決まったばかりだし、もう莫大なお金が動いてるんです!」


「じゃあどうしよう……」


門倉は米沢が買ってきたみたらし団子をかじった。

米沢はよほど慌ててるのか、意味もなく門倉の6畳ほどの狭い部屋を落ち着かない様子でウロウロ歩き回った。


「あの、米沢さん」


「何ですか?」


「もう、引退していいですか?」


「何言ってるんですか!みんなが先生の次回作を楽しみにしてるんです!」


「だって、本当に才能ないんだもん。遊び半分で書いたケータイ小説がまさかこんなバズるなんて思わなかったし」


「先生、ヒットした2作目というのはどんな駄作でもある程度ヒットが見込めるんです。だからこそ先生の次回作はすでに書籍化が決まってるんです!だから何でもいいから書いてください。締め切りとっくに過ぎてるんですよ!パクリだって騒いでる読者も次回作が出ればそっちに注意が向くでしょうしね!とにかく早速急ピッチで次回作お願いします」


------


 次の日の夕方、米沢はやって来た。

門倉が玄関のドアを開けるなり、米沢は「先生、出来ましたか?」と訊いた。門倉は自信たっぷりに「いいのが出来た」と答えると、米沢はホッとした表情を浮かべた。


「先生、次回作のタイトルは?」


「『世界の中心で、キミの肝臓を食べたい』」


「先生、それまんまじゃないですか!タイトルでパクリってまるわかりですよ!」


「彼女が病気になって死んじゃうって言う……」


「パクリにも程がありますよ!」


「タイトルがマズイんだったら、タイトルを変えたらいいんじゃない?」


「例えば?」


「そうだな、世界じゃなくて……『日本の片隅で、魚の内臓を食べたい』とか」


「珍味の話になるじゃないですか!」


「米沢さん」


「何ですか?」


「今日はみたらし団子ないんですか?」


「ありません!」


 門倉マコトはリクライニングの椅子から立ち上がり、自分の本棚から次回作に使えそうなのがないか探し始めた。


「米沢さん、こういうのはどうですかね?」


「さすが、先生!もうひらめいたんですか?」


米沢は門倉マコトをキラキラした目で見つめた。


「病気になって余命幾ばくもない少女が、大型客船に乗って、そこで出会った男の子と恋に落ちるんだけど、船が沈んじゃうっていう」


「それ、セカチューとキミスイにタイタニック足しただけじゃないですか!」


「その後、彼氏が奇跡的に助かって、宇宙に行くんだけど、みんなのために自分の命を犠牲にするっていう」


「アルマゲドン!」


門倉マコトと米沢は火花が出るほど睨み合った。


「米沢さん、なんで僕のアイデアを、ことごとく否定するんですか?」


「全部、バレバレのパクリだからですよ!」


「何でもいいから書いてくれって言ったの、米沢さんですよ」


 米沢は突然地べたに這いつくばり、土下座して言った。

「とにかく一行でいいから、次回作のケータイ小説をネットにアップしてください」


門倉マコトは米沢さんの肩を叩いて、頭を上げるように合図して言った。


「わかりました。米沢さんがそこまでされるなら、僕も死ぬ覚悟で書きます」


米沢は「先生!」と言って目を輝かせた。


 そしてその晩、新しいケータイ小説をアップした。この時はまだ、次回作を巡って起きる騒動を知る由もなかった。


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 門倉マコトはついに次回作を数十ページだけネットにアップした。内容は双子の兄弟の話で、弟が死んで弟の代わりにダメな兄がラグビーで花園ラグビー場を目指すって話だ。


 次の日、編集者の米沢から朝早くケータイが鳴った。門倉が眠い目を擦りながら、ケータイに出ると、米沢が言った。


「先生!今度の先生の新作、『タッチ』のパクリじゃないですか!野球をラグビーに変えただけ!」


「バレたか……」


「バレバレですよ。これ見た瞬間、私の呼吸が止まりそうになりましたよ」


「『タッチ』だけに……うまいな」


「そんなこと言ってる場合じゃないんです!早く書き直してください!ネットも早速荒れてます」


門倉は電話を切ると、ネットでの読者のコメントを拾い読みし始めた。

そして門倉はひとつのコメントに目が留まった。


『門倉マコトの新作ガッカリ。『君の名は』みたいな感動する話が良かったのに』


「そうだ、それだ!ひらめいたぞ」


門倉は早速書き直し、夕方頃ようやく数十ページ完成して再びネットにアップした。

するとすぐさま再び米沢から連絡があった。


「先生!新作見ました。ダメな兄が幼なじみの女の子北ちゃんと中身が入れ替わるって!『タッチ』と『君の名は』を混ぜただけじゃないですか!書き直してください」


「無理だよ〜、今からレストランのバイトもあるし」


「もう明日までしか待てません!今日はバイト休んで書いてください」


バイトを休んでしまうと、他の人に迷惑がかかるから休むわけにはいかなかった。門倉は米沢に内緒でバイトに出かけた。夕方5時から深夜1時までだ。門倉はバイトが終わったら書けばいい、と安易に考えた。


その晩のバイトが無事終わった。レストランのフロアの掃除を終えると、同じバイトの仲間の峰岸が言った。


「門倉、小説売れたんじゃないの?なんでまだバイト続けてるんだよ」


「僕みたいな一発屋、たいして印税なんて入って来ないよ。それより今日中に小説を書き上げなきゃいけないんだけど、なんかいいアイデアないかな?」


「うーん……」


そこに大学生アルバイトの彩花が話に割ってきた。


「なんか面白そうな話してるじゃん。私もこう見えて小説家志望なんだ。」


門倉は「えっ?そうなの?」と驚いた。


「じゃあさ、もう店長も帰った事だし、今日みんなでレストランに残って、アイデア出し合って小説仕上げちゃおうよ」


門倉は「マジ感謝!ありがたい!」と言って、峰崎と彩花の手を握った。


 レストランのフロアのテーブルにパソコンを持ち込んで、3人で考え込んだ。しかし門倉には全くいいアイデアは浮かばなかった。ドリンクバーを好き放題飲んだ後、お腹が膨れたせいか1時間ほど経った頃、門倉と彩花は、そのまま眠り込んでしまった。


 峰崎は門倉の正面に置かれたパソコンを自分のもとに引き寄せて、画面を覗き込んだ。


「全然書けてないじゃんか……」


門倉と彩花は軽い寝息を立てて眠っている。


「仕方ないな。俺が書いてやろう。後で俺が書いた分印税もらおうっと」


峰崎はパソコンのキーボードをパチパチ打ち始めた。


「俺は本は読まないけど漫画ならかなり読んできた。特に探偵モノならおまかせあれ、だ」


峰崎は1時間ほど書いた後、疲れて眠ってしまった。


それから10分して今度は彩花が目を覚ました。彩花は峰崎の前にあったパソコンを自分の前に置き、書きかけの小説に目を通して言った。


「えっ?まだ半分しか書けてないじゃん。どうすんのよ!」


門倉も峰崎もヨダレを垂らして眠りこけていた。


「仕方ないわね。私が書いてやるか。私の才能見せつけてやる」


彩花はパソコンのキーボードをパチパチ鳴らして、小説の続きを書き始めた。


「やっぱり読者ってのは感動的な友情ものに弱いからね。仲間と一緒に冒険の旅に出て、友情を深めるみたいな話にしようっと」


朝5時になり、彩花は小説を書き終えるとすぐ、それをネットにアップした。そしてそのまま眠りに就いた。


門倉マコトは時計の針が朝8時を回った頃、ようやく目を覚ました。


「ヤバい!寝ちゃってた!全然書けてないよ!」


門倉は彩花の前にあったパソコンを自分のもとに引き寄せて、電源を入れた。


「アレ?……出来てる……まさか峰崎と彩花が書いてくれたのか?」


峰崎と彩花はテーブルに顔を伏せたまま眠っていた。門倉は出来上がった小説に目を通してみた。

門倉の顔は次第に青ざめていき「な、なんじゃこりゃあ!」と叫んだ。


「双子の兄弟の兄さんが弟を亡くした後、幼なじみの女の子と中身が入れ替わって、その後今度は身体が小学生になって難事件を次々解決して、身体がゴムみたいに柔らかくなって、決め台詞が『山賊キングに俺はなる!』って、めちゃくちゃじゃねーか!」


しかも、下書きに保存せず、すでにアップしてあった。もう、おしまいだ……。


しかし、この僕門倉と読者と仲間たちの合作のような作品が、後日再びバズる事になるとは、この時は夢にも思わなかった。







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バズる!ケータイ小説家 芦田朴 @homesicks

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