幻惑の光

(こいつ…儚げな見た目に反して、思った以上にやり手らしいな…相当の修羅場をくぐり抜けてこなければ、これ程の殺気は出せん…よもやこの私が、その動きを目で追うことすら出来なかったとは…)ようやく水面の発する空気が変わった、瞳の実力を本気で警戒し始めたようだ。


 「……」一方の小柄な方は何も言わず、ただ不気味な仮面を瞳の方に向けていたが……


 ……気が付けば瞳は吹き飛ばされていた。


 展望台の手摺てすり近くにいたはずの瞳は、そこから数m程離れた展望台の入り口に強く打ちつけられ、内蔵が損傷し口から鮮血を撒き散らす。


 「ありゃりゃ、血の海でおよぐのは君になっちゃったね。」ケラケラと笑い声をあげながら、仮面の者は唐突に演説を始める。


 「僕達エモートゥスは人々の感情を解放する。人々が人生を謳歌おうかするには理性の抑制なんて不要なんだよ…それに感情こそ貧富、優劣、善悪…あらゆる格差のない完全なモノだ。喜び、怒り、哀しみ、楽しみ…そして憎しみ…これら鮮やかな感情にいろどられた世界、美しいと思わないかい?」コツコツと足音を立てながら、うずくまる瞳の元へ近づいてゆくその者…


 (今…何をされたの…?)瞳に油断はなかった。大小両方の仮面、更には椎奈ひとじちにまで抜け目なく注意を払っていた彼女は、鈍痛に顔をゆがめつつもその小柄な仮面の者に顔を向ける。


 「僕は…いや、そんな世界を熱望していた…でもそんな世界は、いつまでってもやって来なかった…もう待てない、だから僕が創る。誰もが自分を思い通りに表現できるような…そんな理想の世界をね…」今までおどけてばかりだった仮面の者はどうしてか、その一瞬だけひどく真面目な声音で自身の考えを述べた。


 「…そんな話を聞いて…このまま行かせると思うの!?」響く瞳の怒声…しかし「哀しみ」の具情者たる彼女にとってそれは「弱体化」にしかならない。


 具情者には情力を発現させると、基礎的な身体機能が上昇する、という副次的利益がある。故に、たとえ情力が効かなくとも、自身が発現させた情力、その感情を持続させておくことは、具情者の戦闘において大きな武器となる。しかし今の瞳、その目の色は青ではなくなっている…彼女の感じている「怒り」が「哀しみ」を超えてしまったのだ。


 だが素の身体能力でさえ、常人のそれを遥かに上回る瞳、彼女は怪我をものともせずに地面を蹴り、素早く仮面の者達へと斬りかかった。椎奈しいな、そして水面はそれぞれ横に跳んで回避し、中央にいた者が瞳の一撃を受け止める。


 「……なんですか…それは…!?」瞳の日本刀を受け止めているのは…「光」だった。

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