蒼然

 「花火玉二号、柳!!」焔がそう叫びながら手にした棒を振る…すると拳程度の大きさの火の玉がその棒から放出され、爪の頭上でパンっ!と弾けた。その火球は形状を変え、まるで枝垂しだれ柳のように火のシャワーとなり、彼女に降り注いだ。しかし彼女は周囲を引っ掻き、その鋭利なつめから生じた鎌鼬の刃で火を吹き飛ばしてしまう。


 「鉄の千本を喰らえぇい!!」力が多少回復した黄も続いて「楽しみ」の情力を発現させ、鉄を針の千本に変えて放つ…が、それらも爪によって全て払い落とされてしまった。


 「鉄血、血飛沫ちしぶき!」二人の攻撃をおとりにしていつの間にか爪の後ろに回り込んでいた血染、流血している自分の手を振りかぶり、情力によって硬質化した無数の小さな血塊けっかいがまるで撒菱まきびしのように爪を襲う。


 三体一、流石に防御が間に合わなかった爪は彼女の攻撃をくらい、激情態になってから初めて傷を負った。しかし反撃に転じた爪が血染を思い切り引っ掻き、それが血染の左肩をかすってしまう。爪の裂撃れつげきはそのまま血染の後ろをえぐり取りながら進み、廃墟に大きな掻き傷をつけることでようやく止まった。


 「大分威力が落ちてきてる感じがするなぁ…最初の頃は建物貫通してたし。」そちらに目をやった韋駄天がそう呟く。


 「激情態はそう長く持続するものではありません、情力が落ちてきているのでしょう…しかしこのままでは彼女の心が…」韋駄天と瞳は現状を分析し、それを打破する策を考えていた。そこへ…


 「防御系の具情者、身を守る技出しときな!!」頭上から声が聞こえ、続けて急激な温度の低下を二人は感じる。


 「氷床ひょうしょう!!」戦場に到着した緑が着地と同時に、手にした氷のやりを地面に差し込む。するとそこから氷が生成され、瞬時に地面の凍結領域が放射状に拡大される。


 「な、くそ!」焔はその火照ほてった身体を動かして韋駄天と瞳の元へ高速移動し、二人を抱えて空高く跳躍ちょうやくした。抱えられた韋駄天が下を見るとついさっきまで自分が立っていた場所は完全に凍りつき、間一髪攻撃の巻き添えを喰わずに済んだ。


 「血染、無事か!?」焔が空から安否を尋ねると「あぁ、大丈夫だよ!」血染の声が返ってきた。彼女は自分の周りの地面に高速で血液を円環えんかんさせ、簡易結界で身を守っていたのだ。「あぁ非道い、焔はあたしのことは助けてくれないんだねぇ。」袖で目を拭う仕草と共に焔を皮肉ひにくると、「ねんなって、お前なら大丈夫やと思ったからや!」焔はそう言い返したが、言葉とは裏腹にちょっと申し訳なさそうな顔を一瞬見せる。


 一方逃げ遅れた爪は身体全体が凍りつき、身動きが取れない状態となっていた。「よしっ完了っと…爪、あんたこんな面白いもん隠しもってたんだね、教えないなんて性格悪いよ?」ゆっくりと歩いてきた緑が人差し指でピンっと氷をはじく…すると爪を凍らせている氷が砕け散り、完全に気を失った爪が中から出てきた。その体表に刻まれていた激情紋様はすっかり消えている。


 「さて…無事かい?マシロちゃんとやらのお仲間さん達?」爪を脇に抱えながら緑が聞いた。


 「おん前っ急に何してくれとんねん、ギリギリやったやないか!!ってあぁぁ!!お前真白の分情やないか!なんでここに…ってじゃあお前、真白は今どこやねん!」


 「ここですよ。」


 騒ぎ立てる焔が声のした方を振り向くと、そこには少し息を切らした真白がいた。


 「お、真白も来てたんだね!聞いて聞いて!今驚くことがたくさん…」


 しかし真白はそんな二人に脇目も振らず緑に近づいてゆき、すごい剣幕で緑に詰め寄る。「わたしの「楽しみ」の感情…あなた、わたし達の両親の顔を覚えていますか!?」


 普段の真白を知る者は、あまりにもらしくない彼女の振る舞いに驚く。


 「え…両親って…真白さん、何があったんですか?」瞳の問い掛けにも真白は応じない。


 「どうなんですか、答えて!!」


 急に詰め寄られ、流石に面食らっていた緑だったが、やがてゆっくりと答えた。


「……よ…両親の顔。」

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