輝劇、第二幕(後編)

 光の粒子がユラユラと波打つ父と母の残光を前に、真白くろは黒刀を握り直す。「「矛不知ほこしらず」と…「盾不知たてしらず」だって…?」聞き返された光はそうだ、と言う代わりに頷く。


 「さっきの様子だと薄々感付いてるんだろ?その黒髪、君のお母さんだね…彼女の攻撃は、…防御は彼女の前では無意味、何故なら彼女の情力は「防御を無効化する」というものだから。避けるのが唯一の対抗法ってわけだね。」光は小さい子どもに教えてあげるような話し方で、黒奈くろなの力を解説する。


 「さて、ここで問題!「盾不知」が防御無効化ということは、君のお父さんの情力「矛不知」は?一体どんな情力かなぁ?」考えてみろ、と言わんばかりに人差し指で自身の頭を指す光、そんな彼女の挙動に憎しみの視線を送りながら、真白くろは呟く。


 「攻撃の…無効化…」

 

 「ご名答!」光はパチパチと手を鳴らす。


 「さて、今の授業の間に少し休憩出来たかな?それじゃあ、そろそろ戦いを再開させようか…安心してよ、命まではらない…その代わり、約束は守ってもらうよ。」「約束?」真白くろが首を傾げると、光はにやけるのを止めて返答する。


 「君が情力で視た座長のこと…教えてもらう。」


 「……」


 あまりにも真剣な目に、思わず真白くろはたじろぐ。「……いいだろう、約束は守ってやる…このぼくを屈服くっぷくさせられるんだったら、何でも話してやるさ!!」


 暗い情念が一層強まり、激情紋様の色合いが濃くなる。光が手で合図をすると、はく黒奈くろな真白くろへと襲い掛かった。「衣香いこう襟影きんえい!」影が蛇のようにうねり、二人に絡み付いて動きを止めようとする…しかしそれらは全て白によってはばまれ、影が霧散してしまった。攻撃の意思が影に宿っていた為、白の情力「矛不知」によって無力化させられたのだ。その合間を縫って真白くろの正面に移動した黒奈、左腕を大きく振り上げて袈裟切りの構えを取り、そして振り下ろす。


 身体をその場で九十度回転させて攻撃を避けた真白くろだったが、すぐに違和感に気付く。(刀が…握られてない!?)黒奈の右手はただ握り締められているだけ、そしてその刀は宙を舞っている…黒奈はを振り下ろしたのだ。そしてその刀を右手で掴み直した黒奈は、逆手による突きを繰り出してきた。


 (なんだこの戦い方は!)咄嗟に「夢幻むげん泡影ほうえい」で足元の影に潜り、二重に仕掛けられたその攻撃を回避した真白くろ。少し離れた瓦礫の影から再び浮上した彼女は、影を操作主である光へと差し向ける…がその鋭撃も、またしても白によって無効化されてしまった。


 「「矛不知ほこしらず」と「盾不知たてしらず」は情力だけを指す異名じゃないんだよ。君も見たろう?彼らの身のこなしを。男の方は一瞬の隙も見せない、まるで山のような防御の陣。一方の女は予測不可能、まるで水のように変幻自在な攻撃の型…彼ら二人に、こちらの具情者が何人やられたことやら…」光は肩をすくめながら笑う。


 「…そうだ、そいつらにも出てもらおうか!」光はまるで魔法を使うかのように手を掲げる…するとあちこちで再び、人の形を取った残光が現れ始めた。




 (戦況は…かんばしくないようですね…)真白の心の中、青がそう呟く。(青さん!もう目覚めたのですか?)(えぇ、思ったよりも回復が早かった…わたくし達がを感じているせいかも。)真白に対し、青が目を伏せてささやく。


 (それよか、どうすんだいあの大群…流石の黒もお疲れのようだけど?)(バカ言うな!ぼくはまだ…)強気を装ってはいるが、激情態の継続は心に大きな負担がかかる。事実、さっきまでは現実世界の真白のほぼ身体全体を覆っていた「形影けいえい相同あいどう」による影も、今ではあちこちが破れたような状態になっている。彼女が消耗しているのは、火を見るよりも明らかだった…………




 (……皮肉なもんだぜ…この地は丁度、おれ達が分情としてばらばらになった場所…そこで再び、羽目になるとはな…)空と海の世界、その中で赤が自虐めいた笑みを浮かべる。


 (…やっぱそれしかないっすよね…ま、あの時とは違って能動的に抜け出る訳だし、しかも最小限の感情は本体に残すんだ、単純な戦力増大っす!)黄もまた、ニヤリと口角を上げた。


 (はっ!そうこなくっちゃね!やっぱ腹ん中でぼーっと眺めてるだけなんて、あたいの性に合わないんだ!)緑は好戦的に目をぎらつかせる。


 (…やむを得ないか…)不服そうに顔を背ける黒。


 (が急に消えて…皆さんさぞ驚かれるでしょうね…)困ったように、だがどこか愉快そうに微笑む青。


 (…皆さん、後で一緒に謝りましょうか………)頬を人指し指で掻きながら、申し訳なさそうに笑う真白…そして再び表に出た彼女はその手の黒刀のつかを胸に押し当て、ゆっくりと口上を述べ始める…




 「しきめぐる、がれの君…これあくがれ、くういろどれ…………」




 「……本当に面白いなぁ…傘音真白!!」


 光の目に映っているのは…だった。




 「奥義……色の彷徨さまよい」

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