散花

 鋭い痛みに反し、緩やかに倒れてゆく花…そんな彼女を、美波の緑色の目が無機質に追いかける。ドサ、と鈍い音を立て、花は地面に身体を打ちつけた。


 「うぅ、ちょっと痺れるなぁ…まぁノルマは達成したんだし、早く帰って音楽でも聴こう…」胸をさすりながらその場を立ち去ろうとする美波………




 「感情昇華「快楽」…「樹華じゅか葬送そうそう」」




 「…!」その声に反応した美波は、目の前の光景に唖然とする。倒れている花を中心に、物凄い勢いで様々な植物が生い茂っている……慌ててその場から離れようとしたが、時既に遅し、彼女は植物の牢に閉じ込められ、歴史ある塔は一瞬にして自然が絡みつく草花のオブジェへと変貌を遂げた。


 「…!」流石の美波もその浮世離れした空間に圧倒され、言葉が出ない。


 「行かないでよねぇ…あなたには…協力してほしいことが山程あるんだからさぁ!!!」美波が振り返ると、ゆらりと立ち上がった花が狂気的な目を彼女に向けている。


 「成程電気分解で解毒したって訳かぁ…まぁ生き残ったんなら丁度いいやぁ…!痺れ薬、眠り薬、毒薬、凍え薬…キヒヒヒ…手始めにどの薬から投薬してやろうかしらねぇ……感謝しなさいよぉ?あんたは今から人類の輝かしい未来…そのいしずえになるんだからさぁ!!」


 気の触れたような笑い声と共に彼女が指を鳴らす、すると周囲の蔦が美波を捕らえるべく一斉に襲い掛かった。「うわ、なんだよこれ!?」美波は衝撃波で植物を破壊したり、逆に自分を飛ばしてどうにか逃げおおせている。しかし全方位からの猛攻には流石に抵抗が間に合わず、とうとう手足に蔦が絡みつく。


 「つ~かま~えたぁっ♪」最早焦点すら定まらない緑色の目を美波の方へと向け、手掌しゅしょうの合図と共に多種多様の植物、種子、葉、茎、花弁、花粉が彼女に襲い掛かった………




 「…音波。」かすかに聞こえた美波の声……




 全ての植物が活動を止め、その場ではらはらと散り落ちる…解放された美波は瞬時に花へと近づき、そして彼女の胸に手を当てる。


 「…音波…」


 ドクン…と大きく鼓動を打った後……花の心臓が停止した。


 「……」崩れ落ちる花をじっと見ている美波。


 ドサ、という音と共に花は再び地に伏し、今度はもう…その指一本すら動くことはなかった。


 「…ありがとね…壮大なるこの自然の塔、創作意欲がとても刺激されたよ……帰ったらこのインスピレーションを活かして曲を作る。君にも聞いて欲しかったけど、それは叶いそうにないや。ごめんね…」美波は合掌し花に敬意を払う。そして衝撃波で植物を破壊、出来た穴から塔を脱出し、波を操作して空を飛び、夜の虚空へと消えていった。




 緑に覆われた塔、そこに咲く花から出た花粉が風に乗り、色橋全体に流布してゆく…その花粉には、暴情を完全に抑え込む効能があった。彼女は暴情が現れた時から、独りずっとその解決策を探っていた。そして戦いが始まるほんの少し前、とうとうその特効薬は完成した。


 美波との戦い、花はその実力の半分も出せていなかった…それは…彼女が「勝負」ではなく「戦い」に勝つことを選んだからだ。


 彼女は美波と戦いながらも、生み出したその薬を色橋に投与する準備を進めていた。そしてその花粉は…希望の薬は風に乗って人へと届けられ、そしてその人から別の人へと移り渡ってゆく…つまり花は人知れず色橋市の…いや、を救ったことになる。


 うつろなる花の目は、もうこの色鮮やかな世界を映すことはない。しかし彼女はその命を賭け、陰ながら人類を脅威から守った。薬師くすしとしての本命を、彼女は見事遂行してみせたのだ。

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