重ね

 「……」赤は自身の情力を止めた。水面の情念、その消失を感じ取ったからだ。彼女はその後走り出し、そして霧雨きりさめの立ち込める場で立ち止まる。「…やったな…風音…雷…」その霧が晴れてゆき、二人の姿が見えてきた。


 「あいつは?」「消し飛んだわ…あいつ、実はもうほとんど情力が残ってなかったみたい…わたし達の技に押し返された自分の技まで喰らって…ほんと、いい気味だわ。」その内容とは相反して、風音の表情は冴えない。


 周囲の状態は散々たる状態だった。美しい湖畔の面影は跡形もなく、湖は氾濫し、地面はえぐれ、木々は倒れ、所々では攻撃の余波により火が立ち上っている。轟轟ごうごうと燃え上がる音に相反し、水面の情力…その名残で、雨が清清しんしんと降り注いでいる。


 「雷…体が…」雷の姿が段々薄れている…情念もだ。「…そろそろ時間だね…」その彼女がポツリとつぶやく。「仕方ないよ…今はこんな風に、あーしの感情は形を為して存在出来ているけど…それはすごく不自然な状態、だって体は既にんだもん…」困ったように笑いながら雷が呟く、まるで己に言い聞かせるかのように。


 「…済まねぇ、おれにもっと力があれば…やつの技を押さえ込みながら戦うことが出来ていれば…!」赤が悔しそうに目を伏せる。「何言ってんのよ!あーたがいなかったら、あいつに会った時点であーし達全員ボンッ!で瞬殺だったんだから!…ありがとね…戦わずに戦うってのもキツかったっしょ!」必要以上に明るく振る舞う雷。




 「…わたしの体…来なさいよ…」




 赤と雷は風音を見る。「…え?」「…わたしの体を使えって言ってんの!」夜の湖畔に彼女の声が響く。「ついさっきもやってたでしょ?一つの体に二つの心、これであんたは消えずに済む、なら他に選択肢なんてないじゃない!」雷は目を丸くし、そして慌て出す。


 「いやいやいや、意味分かって言ってる!?さっきまでとは訳が違うんだよ?正式にあーたの体を依代よりしろにするってことは、もう二度とあーたとあーしが離れられなくなるってこと!ご飯もお風呂もトイレも、ぜぇ〜〜んぶ一緒ってことだよ!?そもそもあーた黄以外の人間なんてどうでもいいって言ってたじゃん!!あーしなんかと…」


 「嫌いじゃないわよ。」風音が雷を見てしっかりと告げる。


 「あんたは…わたしの命の恩人でもあるし…それに…………大切な………その……た…大切な仲間よ!!!」「仲間」という言葉が恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にしている風音。


 「とにかく!!宿主のわたしがいいって言ってるんだから、さっさと引っ越し済ませなさい、分かった!?」半ばやけくそ気味に叫ぶ風音に対して…


 「…本当に…いいの…?」雷にしては珍しく、不安げなか細い声で提案を再確認する。対して発案者は、何も言わずこくりと頷いた。




 「……ぐすっ…」雷は…泣き始めた。




 「…あーし…ホントはまだ死にたくなかった…でもあーたにも死んで欲しくなくて…そんで気付いたら身体が勝手に動いてて…けど…けど、あーたの人生を奪うなんてこと…出来な、かったから…!」ひっく、と嗚咽を漏らしながら泣き続ける雷…といっても、涙の代わりに目から電気が流れ、キラキラと輝いているだけなのだが。


 「奪うって…何バカなこと言ってんのよ。あんたも言ってたでしょ?「半分こして一緒に食べた方が美味しい」って…わたしの人生の半分…あなたに分けてあげるわ、感謝なさい。」高飛車な物言い、しかし優しげに微笑む風音……赤は安堵の表情を浮かべながら、泣きじゃくる雷神と赤面しそっぽを向く風神を見つめていた。

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