嵐の前の静けさ

 色橋の摩天楼、まだ被害を受けていないビルの屋上から一人の少女が街を見下ろしている。


 「何をしている?」彼女に声を描けたのはプアール・ア・フリールのメンバー、浅葱あさぎ透那とうなだ。


 「…あそこ、渋滞してるなぁ…って…」その子が指差す方を見ると、確かに少しだけ大きな人だかりが出来ていた。「…あの人はあと0.25km速く、あの人は逆に1.4km遅く歩けば、それも解消するのにね…」ぽつりと呟くその子を一瞥いちべつし、透那が言った。「…それが貴様の情力だな?」その問い掛けに対し、メガネを指で押し上げながら彼女は答える。「…まぁね。」


 「あなたは?」「此方こなたは浅葱透那。」「鴨頭草つきくさ数珠じゅず。」互いに自分の名を明かす。


 「私の情力は「権謀けんぼう術数じゅっすう」見たものの数値を視ることが出来る。今みたいに人の速度だったり、身長、体重、知能指数や……他にもまぁ、色々と。」素気なくそう言うと、数珠は再び眼下の人間観察に戻った。


 「……此方が言うのも可笑しいが…戦わなくてもいいのか?」怪訝けげんそうな顔で透那が尋ねると、数珠はどうでもよさげに応答した。「だって興味ないもの、エモートゥスの目的なんて…それより彼らを観察してる方が余程面白い…何で世の中の、数学とか、物理とか、そういうもっと面白いものに目を向けないんだろうね…哀しいことだよ…」どうやら数珠に戦う意思はないらしい…そう判断した透那は警戒を解き、共に色橋を眺める。


 「…人とはどうして、ああも不合理な行動を取るのか…此方もそのに分類される生き物だが…あの醜悪性だけは理解の範疇はんちゅうにないな…やはり「感情」が負の方向に作用しているのだろうか…?」数珠に向けてか、はたまた独り言か…透那の声が闇のとばりへと吸い込まれてゆく。


 「…でもその不合理な人によって、合理的な数式や法則が多数発見されてきた…非合理的な生き物が合理的なものを生み出すのは非合理的…でもそのどこかいびつな性質をもった人を…感情という自然に歯向かう、理性という矮小な人間そんざいを、存外私は気に入ってるんだよ…」そう言った数珠の顔は先程までの無表情とは違い、どこか優しげだった。そんな横顔をちらりと見ながら、透那は各地で戦っている仲間を気にしていた。




 その頃。


 赤、風音、雷の三人は、とある場所を目指して走っていた。その場所に待ち受けているのは他でもない…エモートゥス第二の地位に座する具情者、柘榴ざくろ水面みなもだ。


 「…おい、ちょっと止まってくれねぇか!」赤の呼び声で三人は立ち止まる。


 「いいかてめぇら…瞳の情報によると、水面は強力な水の具情者だ。一度うちの本体と出会った時はその情力を操り、身体の水分を操作して内側から人体を爆発させようとしやがったらしい。」赤は目を細める。


 「だからこのメンツにおれが加わった…その凶行を阻止出来るとしたら、同じく水を操るこのおれをおいて他にいねぇだろうからな。ただ…」風音と雷が赤を見る。


「…その場合、恐らくおれは戦力外ってことになる、そっちの処理に気を取られるだろうからな。つまりは…」「あーしと風音の二人で戦えってことね、り。」「…り?」「了解ってこと。」溜息をつきながら風音が補足する。


 「……」そう言った風音は、普段に比べ表情が固い。実は彼女、今まで路情の相手をしたことは何度かあっても、具情者と戦う経験はほぼなく、真白達とやり合った時を含めて二度目なのだ。


 「へいへ〜い、どしたどした〜仏頂面浮かべちゃって〜!」雷が風音のほっぺたを両手で押す。「ふがぶっ!!何するのよ雷!」「うりうり〜、せっかくの可愛い顔が台無しだよ〜ん!」「ひょ、ひゃへひょっへは!!」そのままほっぺたをつまんで動かす雷、その手を風音は払い除けた。「何なのよ急に!」


 「そ、あーたはそれでいーの。」雷はニマっと歯を見せる。「あーたは「怒り」の具情者でしょ?仏頂面は仏頂面でも、変に悩んでるより、しょーもないことでイライラしてるくらいのが風音らしいよ!」そう言われた風音は顔を赤くし、「な、何言ってんのよバカ!!ほら、さっさと行くわよ!」そう言って駆け出してしまった。


 「…あー面白、ホント揶揄からか甲斐がいあるわあの子。」そんな風音を見てニヤニヤ笑う雷、そしてそんな二人のやりとりを見て、赤は半目で呟く。


 「…何だこいつら?」

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