闇夜の彷徨

 真白あおは一旦回復の為、真白ましろの心の中へと引っ込んだ。


 「…また白?本当にせわしない子ね…」上空から声が聞こえた、八重の声だ。


 その時、それまで上昇していた電波塔が一転、一瞬停止し、そして段々と降下し始めた。


 「…話せる程度に意識がはっきりしているってことは、情念が弱まった…すなわち激情態から遠のいた…それが何を意味するかは…分かるわよね?」少しだけ自虐的に八重が笑みを浮かべる。




 「……どうして…そんな顔をしているの…?」唇を噛み締めている真白に、上空から降りてきた八重が困惑して尋ねる。「私は多くの人々を傷付けたのよ…どうしてそんな目を私に向けるの?その目はまるで………」何かを言い掛けた八重だったが、過去の記憶が…心のひびが、それをさせてくれない。


 「感情が…気持ちがまとまらないんです……」その沈黙を打ち破ったのは真白だった。「無関係の人々を巻き込んだことに当然憤りは感じています……でも……あなたの目を見れば分かる…あなたが話した妹さんの悲劇…あれは本当のことなのでしょう…?」八重は何も言わない。


 「そんな残酷な世の中への…やり場のない黒い感情……本当に…どうすればいいんでしょうね…」困ったように笑う真白…八重はそんな彼女を見て、少し戸惑っている様子だった。


 「…何それ……そんなの…私が教えて欲しかったわよ…………」そして彼女はぽつりぽつりと自分の心情を吐露し始める。



 「………分かってるわ、私の行動が間違ってるってことくらい…これが愚かな八つ当たりであることも、多くの人々を危険にさらす許されない行為だということも……こんなことをしてもあの子が戻らないことだって、重々分かってる…」八重の目から涙が零れ落ちる。


 「でもダメなのよ…常識とか道徳とか、そういう私の理性ががまともに機能しないくらい…私の「怒り」は、私の「哀しみ」は……私の「憎しみ」は大きくなってしまった……こんなことをしても妹は救われない、こんなことをしても世界は変わらない……でも……でもそれじゃあ、私はどうすればこのぜつぼうから解放されるの…?私のこのにくしみは…一体どうすればいいっていうのよ!!!」


 心の内でのたうち回る感情がついに爆発し、大粒の涙を流しながら咆哮ほうこうする八重…強く握ったその拳からは一筋の血が流れている…


 「………」そんな彼女の震える姿を、真白はじっと見つめていた…



 「…わたしにぶつければいい。」「!?」唐突に告げた真白を、八重は思わず凝視する。


 「残念ながらわたしにはあなたを完全に救い出すことも、あなたの妹さんを生き返らせることも、世界を変えることも出来ない…だからせめて…あなたのそのにくしみを、わたしに向かってぶつけてください…無関係の人々ではなく、このわたしに。」


 「…何を…?」戸惑いを隠せずにいる八重。


 「こう見えてもわたし、結構打たれ強いんですよ!あなたも見ての通り、六つもの情力を扱えるんですから…!」そんな彼女に、気丈に笑ってみせる真白。


 「それに…わたしもあなたと同じ…ぜつぼうにくしみをもつ者だから……」


 「………」揺れる黒い目で真白を見ていた八重だが…やがて、そっと言葉を発する…


 「……どうして見ず知らずの人間に、そんな風に言えるの…?私はあなたを…あなたの仲間も…傷つけてしまっているのに…」


 「大切な人を失う気持ちは痛いほど分かります…それによって生まれる、どうしようもない「黒い感情」も……だからこそ、わたしはあなたのことを赤の他人とは思えないんです…」


 「……」


 「ただあなたを糾弾きゅうだんするのは簡単…でも、それじゃああなたも、あなたの妹さんも救われない…黒さんも言ってましたが、そもそもわたしになんてありませんからね…」一瞬暗い目を見せる真白だったが、その表情はすぐに引っ込む。


「罪なき人々を不幸にしているのは勿論悪いことです…でもやってしまったものはもう取り返しがつかない…だったら今からは、ことを考えるしかありません。」そう言って薄く微笑む真白。


 「今の場合それは…この電波塔の落下を阻止することです!」

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