腹ペコ具情者

 「貴様…わざと自分の身をさらしたな…!」一方その頃、瞳達のいる街の外れ、彼女達の戦いにも決着がついたようだ。


 透那の右脚からは血が流れ、彼女は恨めしげに瞳をにらんでいる。「まぁそう荒立たないで下さいな。貴女の苦無もほら、こうしてきちんと私に当たってるんですから。」瞳は流血している自分の左腕を右手の親指でした。後ろでは加害者兼、命令実行者でもある晶が、少し申し訳なさそうな表情を浮かべながら彼女達が話すのを見ている。


 「さて、最早その傷では満足に動くこともままならないでしょう。対してこちらは動ける二人、勝負はついたと思いますが?」透那は苦虫を噛み潰したような顔をする。「…此方こなたをどうするつもりだ…?」


 「何もしませんよ、ただ私達の話を穏やかに聞いて欲しいだけです。」微笑を浮かべつつも淡々と答える瞳。「話…というのは、あの赤の偽物にせものについてか?」「えぇ、まぁというよりは…とでもいいましょうか…」「そのもの、だと…?」眉をひそめる透那。


 その時、遠くで轟音が鳴り響いた。


 「!今のは何…?」晶が音のした方角へ目をやる。


 「…少し様子を見に行った方が良さそうでしょうか。」瞳が呟き、晶の方を見る。「晶さん、彼女のこと頼めますか?」晶が頷くと、瞳は音の方へと走り出した。


 「貴様の仲間…」駆けて行く瞳の後姿を見送りながら、透那が晶に呟く。「中々にねじの外れた思考をするな…物腰と戦法の差異に眩暈めまいがしたよ…」先程瞳の意外な一面を目にしてしまった晶は、彼女の皮肉に対して何も言い返すことが出来なかった。




 「あ!瞳さん!」先に目的の場所へ到着した瞳…声のした方に目をやると、真白、そして赤がやって来た。「お二方、どうしてここに?」瞳が問うと「いや、それが…」困った表情の真白、彼女の言葉を赤がつなぐ。


 「うちの仲間で一人、大きい荷物を背負ってたやつがいたろ?てめえが聞いた爆音の出所でどころは、十中八九そいつなんだよ。」首をかしげる瞳に、赤は頭を掻きながら説明する。


 「そいつの名前は檸檬れもんかいなっつうとんでもねえ大食らいなんだ、情力は腕力の強化。まぁそれだけならまだよかったんだが…困ったことにそいつは、腹が減り過ぎたら見境みさかい無しに暴れだすんだよ。あのばか、余分めに食料常備しとけっつったのに…」


 「癇癪かんしゃく…ということですか、しかし確かその子は「喜び」の具情者だったのでは…?」目を丸くしつつ瞳が聞く。


 「腹が減り過ぎると、生き物なら何でも食い物に見えてくるんだと。それで「喜び」を感じて…」「情力が強まる、という訳ですか…」瞳がやや呆れた様子で頭を押さえる。


 「ともかく彼女を止めないと!街への被害が更に拡大してしまいます!」真白が少し焦った様子で二人に呼び掛ける。


 「おれ一人で大丈夫だ、てめえらはここにいろ。あいつはおれんとこのもんだ、後始末はおれらプアール・ア・フリールの責任…おれがかたをつける。」そう言うと赤は情力を使い、腕のいる方へ飛んでいった。


 「…真白さん、彼女と話はついたのですか?」瞳が問うと真白は「いえ、これからします。今は一時休戦というところでしょうか。」そう返した。日の入りが進んで影が世界を支配してゆく中、二人は赤が去っていった方角をじっと眺めていた。




 「ちょ、マジヤバイって焔!あいつ何か暴走モードに入っちゃってるし!」


 「んなこと言われてもどないせいっちゅうねんな!うちの情力で動きを止めようにもあいつ意外に足速いし…ていうかお前こそ何か策ないんか!そういう細々こまごましたやつ考えるん得意やろ!?」腕の猛攻から逃れながら、韋駄天と焔は何とかして腕を止める手立てを考えていたが…そんな時だった。


 「悪いな、うちのばかが。」


 空から赤が舞い降りた。


 「な、お前真白はどうした!まさか…」「ならあっちにいるよ、先に戻ってろ。」赤は自分が来た方向を指差す。「…何か彼女を止める手段、あるの?」そう尋ねた韋駄天だが、赤は何も答えず、代わりに手を腕の方へ向けた。するとその手の周りから水が縄のようにかいなの方へ飛んで行き、彼女の四肢に絡み付く。


 動きを止められた腕だが、まだ正気を取り戻せてはいない。舌打ちした赤が手を少し動かす、すると腕に絡み付いていた水の一部が彼女の顔へ移動した。水で鼻と口を覆われ、呼吸が出来なくなった腕…苦しそうに身をよじらせていたが、やがて気を失った。


 「…同じ「怒り」の具情者なのにね。」ボソッと言う韋駄天に、焔は無言で彼女に軽いボディーブローを喰らわした。

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