お笑い/コメディ - 固有名詞

ViVi

第6回公演

「というわけで、お笑い/コメディの、第6回公演ですけれども」


 壇上の二人組のうちの、片方、身長が平均よりも低いほうが言った。


 ここはホール。さほど広くはないものの、代わりにというべきか、おおむね満席に近い状態にある。

 こぢんまりとした会場で、壇上に二人組が立ち、歌うでも踊るでも曲芸を披露するでもなくべしゃるとなれば、そう――いわゆるお笑い、またはコントと呼ばれる催しだ。

 会場の入り口、案内板には「お笑い/コメディ第6回公演」の文字もあった。


「もう6回目なのに、いまさら言うことじゃないけど、えらくまぎらわしいよな、この名前」


 言われると、身長の高いほうは、あきれたそぶりを見せて、


「本当に6回目に言うことじゃありませんよ。初回でもかなり手遅れですよ。デビュー前になんとかすべきでしたよ」


 言った。大仰に、肩をすくめていた。


「ワンマンなのに、なんかコンテストみたいになってるし」

「“お笑い/コメディ”って、どう見てもジャンル名ですからね。固有名詞とは誰も思いませんよ」


 そう――かれら二人組は、お笑いコンビというやつだ。コンビ名は“”。


 身長が相対的に小さいほうが小原井おわらい、相対的に高いほうが古明地こめいじという姓だった。

 本名だった。

 だから勢いあまってというか、勢いで、深くどころか浅くも考えず、なんか面白いだろうと思って、コンビ名を“お笑い/コメディ”に決めたのだった。


 いや、まぁ、たしかに面白い。ジョークというか、小ネタとしては、それなりにウケることが多かった。

 そのメリットで相殺できないくらいにまぎらわしく、マーケティングに支障をきたしている現状さえなければ、充分にハマったコンビ名といえるだろう。


「今からでもワンチャン変えてみる?」

「何にですか?」

「ん~~~」

「たしか、今の“お笑い/コメディ”を提案したのって、あなたでしたよね。その時点でなにも期待できませんけど、まぁ、聞くだけは聞きますよ」


 小原井おわらいは、いましばらく「ん~~」と唸って、


「“お笑い&コメディOwarai and Komedi”」


 なぜか日本語ネイティヴじゃなさそうな発音で、言った。


「ほとんど変わってないじゃないですか。アンドって何ですか」

「そりゃおまえ、ふたつ以上のものごとを並べるための記号だよ。アンパサンドとも言うよ」

「記号の意味を訊いたんじゃないですよ。意図ですよ」

?」

「音で伝わりづらいうえに中身のないリアクションやめてください。なんで記号をアンドに変えただけでどうにかなると思ったんですか。まぎらわしいのは、“お笑い”とか“コメディ”とかの部分じゃないですか」

「いまの、スラッシュって、なんか味気ないじゃん」

「はぁ?」

「こう、おまえとおれが、分断されてるみたいじゃん」

「いきなり言いがかり、しかも表現狩りみたいなやつがきましたね。その言いがかりのほうがよほど分断の原因になりますよ。いや、いまの名前決めたのもあなたなんだから、こっちがイチャモンつけられてるわけじゃないんですけども」

「だから分断の逆をいって、アンド。つながり」


 言いながら、小原井おわらいは、古明地こめいじの手をとった。力強くにぎる。客席からも、その様子はよく見えた。

 対する古明地こめいじは、たいそう嫌そうだった。三秒後、振り払った。


「分断とかどうでもいいので、まぎらわしさを解消するほうを重視してくださいよ」

「というと?」

「ジャンル名じゃなくて、コンビ名っぽいやつをですね」

「“スネーク&フロッグ”とか?」

「そうそう。そういう感じですよ。かなりコンビ名っぽい。でも、スラッシュなんかより、よほど仲はわるそうですね。コンビ内に、明白な力関係がありますよ」

「なるほど、こういう感じか。そんで、仲がわるくなさそうな感じがいいって? 注文多いな。じゃあ~、」


「“フィッシュ&チップス”」

「たしかに対立よりは協力に寄りましたね。味のハーモニーを奏でるまであります。でも、別のまぎらわしさがありますよ。その名前で看板がでてたら、まるで飲食店じゃないですか。だれもお笑いの公演だとは思いませんって」


「じゃあ、“ハーフ&ハーフ”」

「よけいに飲食店っぽいですよ。しかも個人の区別がつかなくなったじゃないですか。ふたりの、どっちがハーフでどっちがハーフなんですか?」

「ハーフ&ハーフなんだから、どっちもハーフだよ」

「最悪じゃないですか。今よりまぎらわしい。あらゆる芸能活動で、出演者の名前を書くときとか、めっちゃ困りますよ」


「ビールおかわり」

「もう飲食店そのものじゃないですか。注文が多いっていうか、注文してるのはあなたですよ」

「あ、そうだ」

「はい?」

「さっき頼んだフィッシュ&チップスまだですか?」

「頼んだかもしれませんけど、承ってはいないんですよ。そしてツマミなしでビール飲んでたんですか」

「いやあったよ、ツマミ」

「話を肴に的な? まぁけっこう喋ってますからね、ここまで」

「いや、“スネーク&フロッグ”」


 言われて、古明地こめいじはいよいよ目つきを鋭くした。まるで蛇のようだった。


 暗転。

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