9話「私生活でも先輩」

「まぁまぁ、隣のブランコに乗りたまえ。この時間にここへ来るような生徒はまず居ないからね」


 七森先輩に促されて、隣の空いていたブランコに乗ることにした。

 隣では、先輩が相変わらずかなりの勢いをつけてブランコを漕いでいる。


「その口ぶりからして、先輩はここをよく利用されるのですか?」

「そうだね。早く帰っても、友達はみんな部活してるから連絡とったりも出来ないしね~。それにこうしてのんびり時間を過ごすのって、結構好きなんだ」

「そうなんですね。今まで全く知らなかったです……」

「そりゃそうだよね。というか、知ってる人が一年生男子の中で居たら、それはそれですごく怖いけどね」


 いつも校内でしか七森先輩の姿を見たことが無かった翔としては、そんな先輩のお気に入りがあるということは初めて知ることになった。

 傑を含めた一年生男子からもこういう話は一切聞かなかったので、おそらくはまだ誰も知らないことなのだろう。


「ちなみに翔は、この時間どうしてるの?」

「一人暮らししているので、帰って身の回りのことをしたりする時間に充ててます。何をするにしても、意外と時間がかかってしまうので。とはいっても、なかなか家事とかやる気になれませんけどね」

「翔って一人暮らししてるんだ! 奇遇だね、実は私も一人暮らししてるよ!」

「先輩もそうなんですか!?」

「だから、炊事とか毎日大変なのはすごくよく分かる! その上、勉強もしないといけないもんね~。私は大分慣れてきたから、今はこうしてるけど」

「分かってくれて嬉しいです……! 家事が終わっただけで、勉強を終えたような達成感になっちゃってやる気なくなるんですよね……」

「うんうん、私も最初の頃はそんな感じだった!」


 七森先輩とのまさかの共通点に、話は一気に盛り上がりを見せた。

 翔としても、周りの友人に一人暮らしをしている人がいなかったので、同じ立場の人がいてかなり嬉しくなった。


「家事と勉強の両立って相当大変なんですけど、先輩はどうやってるんですか?」

「慣れたら両立は何とかなっていくんだけど……。まだ何も落ち着かないのに、高校では授業が本格化して勉強もってなる今が、一番苦しい時期だよね」

「本当にそんなんですよ……。なので、何かいい行動の仕方とか計画の立て方とかあれば、教えていただきたいです!」


 同じように一人暮らしをしているだけあって、翔の生活のどんなところが苦しいかも的確に見抜いてきた。

 そのため、翔は期待を込めて七森先輩にアドバイスを求めた。


「ちなみにアドバイスだが、有効な手段はない!」

「え……?」

「そんなものはない! 両立したいなら、強靭な精神力と体力が必要となるぞ!」


 全く参考にならない内容と、七森先輩のどや顔だけが返ってきた。


「そ、それがあればなんとかなるのは分かっているのですが……」

「この二つの要素を持ち合わせていないのならば、現時点での両立は諦めるしかないな!」

「諦める、ですか……」

「うむ! ちなみに、どちらをとるかと言う話ならば、私からは勉強をお勧めしよう! やはり、毎日の授業の振り返りをしておくことが、好成績を残すために必須だからな! 家事は土日とか時間のある時から少しずつ始めて、ちょっとずつ慣れていくしかないぞ!」


 七森先輩はすでに、翔が勉強と家事の両立が出来ない体での話が進んでいる。

 そんな先輩の話を聞いている翔としては、自分よりも一年以上一人暮らしをしている人からこうもはっきりとした言葉が返ってくる以上、両立は確実に無理なのだろうという雰囲気が、ひしひしと伝わってくる。


「で、では勉強を出来るだけ頑張って、余裕があれば家事も毎日出来るように頑張っていこうと思います」

「お、意識高くていいねー! 果たしてそのモチベーションが何日続くのかな~?」

「せっかく気持ちを入れなおしているのに、そんなこと言わないでくださいよ!」

「いやぁ、今の翔みたいに思ってた時期が私にもあったんだよねぇ……。現実は思ったよりも、何倍も厳しいと言いますか」

「……ちなみに、先輩はこのモチベーションが何日くらい続きました?」

「えっとね、二日ぐらいかな? 一日目で、最初のモチベーションの半分くらいまで低下してたような気がする!」

「ふ、二日ですか……」

「あ、短いなって思っただろ! いざ気合いを入れても、そんなに長続きってしないもんだよ~?」


 七森先輩の言葉を聞いて、翔は「三日坊主以下なのか……」と思ったが、それをしっかりと見抜かれてしまっていた。

 ちょっと怒ったように先輩がむくれた顔になったが、そんな先輩もびっくりするくらい可愛らしい。


「おそらく自分も、それぐらいで心が折れてしまうんでしょうね」

「わたしでそうだったんだから、間違いないな! 何なら、今日一日で心が折れちゃう可能性だってあるんだぞ!」


 その後も、一人暮らしという『私生活』においても先輩である事が分かった七森先輩から、勉強と家事の両立の難しさについて、熱心に語ってもらった。

 翔は、先輩との新たな共通点に嬉しさを感じながら、その話をブランコに揺られながら聞き続けた。




















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