8話「意地悪な先輩」
体育倉庫で七森先輩お得意の「先輩命令」に抗えず、しばらく一緒に過ごしたことで、教室に戻るまでに大幅に時間を要することになった。
「すまん、遅くなった」
「遅くなったって、もう15分以上経ってるぞ?」
先輩と別れた後、慌てて更衣室で着替えを済ませて教室に戻ったものの、傑からは遅すぎたことによって不審な目を向けられてしまった。
「あの後片付けしてたらさ、先生戻って来て片づけ終わったら鍵も閉めてそのまま職員室まで持って行ってくれって言われちゃってさ」
七森先輩とお話から得た情報をうまく混ぜながら、また傑に何食わぬ顔で嘘をついた。
前回は、先輩の辛そうにしていたという事実を他の人に知られまいという一心からであったため、まだ情状酌量の余地がありそうなもの。
しかし、今回は主に自分の保身のために嘘をついた。
そろそろ罰が当たっても、何も言えないくらい人としてどうかと思うレベルになりつつある。
だが、先ほどの出来事に関しては周りの男子に口が裂けても話すことは出来ない。
「鍵を返しに行ったとしても、こんなに時間かかるか? 律義に食べずに待ってたんだぞ~?」
「本当にすまねぇ、誰もいなくなってたのをいいことにのんびりしてたわ」
更衣室でのんびりするという意味がよく分からないが、先ほどまであの七森先輩と良からぬことをしていたという秘密を守るらないといけないことが先行した結果か。
先輩とちょっと話をしただけでも食い入る様な反応をしていたのだから、先ほどのようなことがもしバレでもしたら、この時点で処刑される可能性が高い。
大体、こうなったのは七森先輩のせいだと言いたいところだが、翔自身もあの時間をしっかりと堪能してしまったので、文句を言ったところで先輩に軽くあしらわれて終わってしまうに違いない。
(さらっとやってたけど、先輩ってああいうことするの慣れてるのか……?)
翔としては全く想定していなかったシチュエーションに、恥ずかしさと緊張感でまともに先輩の方を見ることが出来なかった。
受け答えを聞く限り、いつも通りの話し方で全く動じていない雰囲気であったので、もしかすると他の人とそう言う経験があるのかもしれない。
七森先輩がこういうことに経験慣れしていたりするとするなら、かなりショックを受ける気持ちはある。
女子の先輩に憧れるという傑の言葉に、「普通に彼氏とか居たりするだろ」と発言したが、確かにこういう言葉は良くないと痛感した。
「傑、最近何かとごめんな……」
「い、いや。そんな本気で凹まなくてもいいだろ……。気にするなって!」
嘘をつき続けている件と、傑のあこがれを一番悪い形の返答をして気持ちを萎えさせた罪の重さから、翔は思わず傑に謝罪をした。
そんな翔の雰囲気を感じ取ったのか、傑の方が逆に申し訳なさそうな顔をしていた。
そんな姿を見て、傑が部活の先輩マネージャーとうまくいくために、何か手伝えることがあるとするなら、迷いなく貢献していくことを翔は心に決めた。
午後の授業中も教師から何も注意などをされることはなかったが、七森先輩との触れ合いの時間の刺激が強すぎてずっと浮ついた気持ちで授業を受け続けることになってしまった。
何とか授業を終えて、部活に向かう傑を見送った後、足早に校舎から出て先輩と合流場所に決めた高校から少し離れた公園へと向かう。
公園に到着すると、七森先輩は既に設置されているブランコに揺られながら、翔の到着を待っている状態でした。
「お、来た来た!」
「先輩、早いですね」
「うちの担任、ほとんど帰りのSHRとかやらないからね~。各自、担当している清掃が終わればもう放課後だから~」
設けられている時間までしっかりと草抜きすることを求められている翔に対して、七森先輩は非常に緩い状況になっているようだ。
「先輩の理不尽な命令のせいで、友達から教室に戻ってくるのが遅すぎるってすごく疑われて困ったんですけども!」
「なんだなんだ~? 今度はまた別の言い分で抗議か~?」
「っていうか、先輩は遅くに教室に戻ってご友人から気にされたりしないんですか?」
「ぶっちゃけると、『先生から鍵を返すように頼まれたところを見ていたってのはあるけど、にしても遅かったね』とは言われたね」
「やっぱり変に思われてるじゃないですか!」
「別にいいもーん。可愛い後輩を見つけたから、ちょっとお話してたって言えばいいんだもん」
「うっ……」
七森先輩の立場からは、例えバレたとしても『可愛い後輩』と言う言葉で事態が収束させることが出来るようだ。
『可愛い後輩』と言えば、翔自身が思っているように恋愛対象としては見ていないと周りは勝手に判断してくれるに違いない。
要するに、周りにバレた際に面倒なのは翔の立場だけである。
「翔も、バレた時は『可愛い先輩』と話したからって言えばいいじゃん!」
「いや、それって知らない人からすれば、ただの先輩女子に目をつけてる痛い一年生男子にしか見えませんし、色々と事態を把握している人からなら殴られる可能性だってあるんですけど」
「いやぁ、モテる女の先輩と絡むって大変だな~」
「他人事のように言わないでもらっていいですか……?」
「あ、『先輩命令』を止める気は少しもないからね? むしろ、そう言う話を聞いて可愛い後輩をさらに虐めたくなる!」
そう言いながら、七森先輩は楽しそうにニコッと笑う。
その姿が、いつも遠くから憧れていた姿そのものであることもあって、魅力的な先輩の姿を引き出せる要因になっている『先輩命令』を嫌とは言うことが出来なかった。
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