7話「体育倉庫室の中で……」

「よし、メンバー交代するぞ! 今まで座って見ていた待機組が、今度は試合に参加しろ~」


 七森先輩と背中合わせで話をしていた翔だったが、今まで行われていた試合終わって入れ替わらなければならない時間となってしまった。


「お、出番来たじゃん~。頑張って」

「運動得意ではないので、その応援はプレッシャーになりますね……」

「まぁ心配しなくても、そっちを見ることは出来ないから。怪我とかして、大騒ぎとかにならなきゃ大丈夫よ」

「何かそんなことを言われると、怪我しそうなのでそれはそれで怖いですけど」


 翔の言葉に七森先輩が面白そうに笑うと、翔と同様にラケットを手にして立ち上がった。


「さて。翔もいなくなっちゃうし、私もまた試合してこよーっと」


 七森先輩はそう言うと、翔の元から離れて行った。

 翔はフットサルの試合に参加したが、経験者やもともと運動神経の良い相手からボールを奪うことは出来なかった。

 しかし、何もしないといろんな相手を敵に回しそうなので何か出来ないかと動き回った結果、ひたすらシュートブロックに回るだけという形になった。

 外で行う本来のサッカーボールなら、シュートブロックするとなかなか痛いのだが、フットサル用のボールだと小さく若干柔らかめなので、そんなにダメージを受けなくて済んだ。


「よし、今日の授業はこれで終了だ。ボールとコーンを片付けて、教室へ戻れ~」


 何とか体育の授業を終えると、翔はネット向こうにいるであろう七森先輩たち二年生の方を見た。

 しかし、バトミントンは器具の片付けなど時間がかかるためなのか、既に授業を終了しており、片付けもほとんど終わって二年生たちはほとんど体育館から出て行ってしまっていた。


「やべぇ、早くしないと食堂が売り切ればっかりになるぞ!」


 この体育の授業は四時間目であったため、すでに昼休みに突入している。

 移動や着替えの時間があるので、他のクラスの生徒よりも昼休みに入るのが遅れるのは避けられない。


「翔! すまんが、このボールも頼むわー!」

「あいよ」


 早く昼休みに入りたい生徒たちは、コーンを持って用具室の近くまで来ていた翔にどんどんボールを蹴ってパスして、慌てて体育館から出て行く。

 こう言うのはタイミングの問題で、その時に用具室から一番近いやつにどんどんボールなどを渡して最後まで片づける役割が回ってきてしまう。


「翔、手伝った方が良いか?」

「いや、ボールを集めるのとコーンを元の位置に片づけるだけだから、あとは俺が全部やっておくよ。昼飯すぐに食べられるように、机とか動かしたりしておいてくれ」


 傑が声をかけてきたが、それほど大した作業でもないので一人で片づけることにした。

 翔の言葉に傑は頷くと、そのまま体育館から出て行った。

 ほとんど誰もいなくなった体育館で、散らばったボールとコーンを集めると、用具室に入って片付けを始めた。


「お、一人で片づけか? いじめられてるんじゃないよなぁ?」

「せ、先輩!? なんでここに居るんですか?」


 突如聞こえてきた七森先輩の声に、翔は体をびくりとさせた。

 見ると、体操マットの積み重ねられた上に七森先輩が座ってこちらを見ている。


「いや、さっきまで片づけしてたからさ。なんで翔一人で片づけ?」

「いや、用具室に一番近い位置に居たので、その流れからですね。フットサルで用具少ないし、体育館の半分しか使ってませんからね。自分がどうのこうのっていうわけじゃないですよ」

「なら、いいんだけどな!」

「そう言う先輩こそ、一人で最後まで片づけしてるんじゃないですか」

「いやぁ、先生に倉庫のカギを渡されちゃってさ。戸締りして、先生に返さないといけないんだよね」


 七森先輩はそんなことを言いながら、キーホルダーリングに指を通してクルクルと回している。


「な、なるほど。せっかく早く終わってたのに、災難ですね」

「まぁね。でも……翔と二人っきりになれたから、全然ありかも?」

「っ!」


 七森先輩のそんな言葉に、翔は急速に自分の顔が熱くなっていくのを感じた。

 そんな姿を見て、先輩は満足そうに笑っている。


「そこまでわかりやすい反応、可愛くていいぞ?」


 そんな勝ち誇ったかのような先輩の言葉に何も返すことが出来ず、黙々とボールとコーンを元あった場所へと戻していく。

 体育館の半分しか使っていなかったので、出ていた用具の数は少なくすぐに片付けを終わらせることが出来た。


「お、片づけ終わった?」

「はい。いつでも鍵を閉めてもらって大丈夫ですよ?」


 翔がそう言ったが、七森先輩はマットから降りてくる気配がない。


「翔、こっちおいで? 今なら、誰も来ないし」

「な、何言ってるんですか!」

「ん~? 私の体操服、じっくりと見たいんじゃなかったの?」

「先輩が勝手に邪推しただけで、そんなこと思って……ません」


 流石にそれは嘘で、ハッキリと拒否することは出来ずに途中で言い淀んでしまった。

 そんな翔の姿を見て、七森先輩があっさりと引くはずもなかった。


「先輩命令。こっちに来て、隣に座りなさい」

「そ、それは反則ですよ!?」

「ん? 先輩の命令が聞けないの? それに……本当にこのまま帰ってもいいの?」


 余裕のある先輩の笑みは、こちらの心のうちなど見透かしてしまっていると言わんばかりである。

 勝てる要素が無いと感じた翔は、おとなしく積み上げられたマットによじ登って七森先輩の隣に座った。

 無駄にボールを持つ相手に付いていこうとせずに、壁に徹したためそれほど汗をかいていないことが救いではある。

 しかし、時期が悪いのでそんなに近くに寄るのは、臭い的な問題で抵抗がある。


「何でちょっと間が空いてるんだ! ほら、こっちに来るんだ!」

「ちょ、ちょっと!」


 その意識的に空けたわずかな隙間が気に入らなかったのか、七森先輩は翔を少し強引目に引き込んだ。

 全く想定していなかった翔は、あっけなく先輩の方に引き寄せられた。

 七森先輩も汗をかいているはずなのに、なぜかそれを感じさせない良い匂いがする。

 近くにまで引き寄せられたことで、薄い体操服の生地越しに先輩のやわらかい感覚がして、翔の頭はパニック起こしていた。


「この状況、先生に見つかったらどうなっちゃうんだろうね……?」

「い、色々とまずいと思います」

「その割には抵抗しないなぁ、このスケベ」

「だ、だってさっき先輩命令って……」

「都合のいい時だけ、こっちの言い分を使うなぁ。生意気だぞ~!」

「先輩だって、都合のいい時に使うじゃないですか……」


 そんな言い合いをするが、先輩に優しく頭を撫でられている。

 早く傑の待つ教室に戻らないといけないはずだったのに、七森先輩の悪い命令のせいでしばらくは全く動くことを忘れてしまっていた。






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