6話「先輩と背中合わせ」
翔の中ではこういった刺激的な出来事があっても、他の生徒にとっては何も変わらない生活が続いている。
新生活が始まってちょうど二カ月ほどが経過し、高校生活に慣れて緊張感や新鮮さが無くなりつつある。
そのため授業などでも気持ちの緩みなども見られるようになり、少しずつ勉強が苦手な人やもともとあまり真面目でない生徒が教師に怒られる頻度も増えてきている。
そんな中でも、ほとんどの男子生徒たちが気合の入る時間がある。
それは体育の授業であり、その時期によって球技や陸上競技、ダンスなどと選択肢が豊富な中から自ら行うために、好きな分野や得意な分野を選んで体育の授業を行うことが出来る。
翔が七森先輩と放課後に毎日会うという約束をした次の日も体育があり、運動が得意な生徒たちは張り切っている。
ちなみに翔はサッカーを選んだのだが、サッカーやバスケのような流動的に動く球技は特に苦手。
苦手なのになぜ選んでしまったかと言うと、他の競技は選んでいる生徒が少なく、陸上競技やダンスも苦手だからである。
それなら、人数の多いところに紛れて誤魔化そうと思ったのが、球技に情熱をかける生徒も多く、意外と面倒で結構後悔している。
「今日は雨だから、第一体育館でフットサルにするんだってよ!」
ただ、時期は梅雨時の六月。
雨が降る時期も多く、外のグラウンドで行えないことも多く、そういう時は体育館などに入って授業を行うことになっている。
「待てよ! この曜日の体育の時間って二年生と体育の授業が被ってて、女子が第一体育館を使ってなかったか!?」
「マジかよ! 良いところ見せるチャンスじゃん!」
この高校はなぜかグラウンドと体育館と言った施設が複数存在しているため、翔たち一年生だけでもこうして競技選択をして、それぞれの施設に散らばって授業をすることが出来ている。
それぐらい施設が充実しているため、他学年と多少なりとも被っても支障が無い。
体育の授業時は男子と女子でそれぞれ分かれて授業を行うのだが、雨などのコンディション不良が起きるとこういう女子と近いところで体育を見ることも出来る。
「俺は先輩たちの体操服姿が見たいわ……」
「分かる! 絶対にエロいに決まってるもんな」
まぁこうして被った瞬間、こんな話が出てくるのだから男女別になるのも当然か。
しかし、二年生のどこかのクラスの女子と一緒ということは、七森先輩と遭遇する可能性があるということか。
七森先輩の体操服姿を見たら、必ず動揺してしまうような気がする。
(女子先輩の体操服姿についてあれこれ言っていたやつのことを、あんまり文句言えないかも……)
ちょっと良くない想像をしそうになったので、頭の中で慌てて振り払っておいた。
授業が予定されている体育館に向かうと、館内はネットで半分に仕切られている。
二年生女子はバドミントンを行うようで、器具の設置などをしている。
一年生男子は、そんな二年生の女子たちにくぎ付けになっている。
その中に混ざって翔も七森先輩がいないかだけざっと見渡してみたが、見る限りでは七森先輩の姿を確認できなかった。
(ここにはいないのかな?)
冷静に考えれば、二年生だけでも多くのクラスが存在している。
その上、二年生も体育の授業で何を行うか選択肢が多く存在するはず。
その中でここでうまく鉢合わせになる確率は、相当な低さ。
ちょっとホッとしたような、残念なような複雑な気持ちになってしまう。
授業が開始されると、二年生に目を奪われていた男子たちも競技に集中しだした。
体育館半分だけで狭いため、フットサルという扱いでゲームに参加できる生徒もいつもよりも格段に少ない。
ゲームに参加していない生徒は、コートの外側で座って見学するという時間になっている。
苦手な翔にとっては何もしなくていい時間が長くなるので、それほど悪い時間でも無いのだが。
「痛っ!?」
ネット後ろに、体育座りでフットサルのゲームをボーっと見ていた翔の頭に、カツーンと何かが当たった。
振り向くと、ネット越しにシャトルが翔の近くに落ちている。
「すみませーん。ちょっとミスショットしちゃってぇ~」
「い、いえ。お構いなくっ……!?」
声のする方向に振り向くと、ちょっと意地悪そうに笑いながら近寄ってくる七森先輩の姿があった。
制服姿でも分かるくらいスタイルが良かった七森先輩だが、体操服を着るとより強調されており、あまりに刺激的ですぐに目を逸らしてしまった。
「おー? せっかくこんな奇跡的な出会いをしたのに、そんなすぐに目を逸らすとは、先輩悲しいな~?」
「か、からかわないでくださいよ……。先ほどいないか探したんですけど、見つからなかったので、まさかいると思わなかったです」
「へぇ~、わざわざ私がいるかどうか探しちゃったんだ。可愛いね」
「う……」
しれっと自然な流れで自爆してしまった。
恥ずかしくなってしまい、七森先輩との会話を切り上げようとしてフットサルの試合の方に向きなおした。
「よいしょっと。ちょっと失礼しますよ~?」
「えっ!?」
しかし、七森先輩はその場に座り込み、ネット越しに翔の背中にもたれかかる様にしてきた。
「せ、先輩何してるんですか! バトミントンしてるんですよね!?」
「うん? 試合終わって休憩時間に入ったから、適当な場所で休むことになってるの。で、いい休憩場所があるなぁって」
「じゃ、じゃあ何でシャトルが飛んできたんですか!」
「そりゃもちろん、翔の姿を見つけたからわざとぶつけたに決まってるじゃん!」
「硬いところに当たって、割と痛かったんですけど……」
「いやぁ、すまんすまん! その代わり、体操服姿後でゆっくり見てもいいぞ?」
「そ、そんなこと出来るわけないじゃないですか!」
「それは授業中だからか?」
「そ、そうですよ! 先生に怒られてしまいますし!」
「ということは、授業が終わった後に見れるなら見たいってことか? やっぱりスケベな後輩だなぁ~」
周りに聞こえないくらいの声で、背中越しに七森先輩との会話を続けた。
会話を続ければ続けるほど、七森先輩のもたれ掛かる体重がかかっていく。
その感覚が嫌なものには感じることが出来ずに、翔はなかなか離れることが出来なかった。
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