3話「大胆な先輩」

「七森先輩が、重いゴミ袋を持って困ってたから、翔が手伝った?」

「うん。その時に、たまたまポケットの中に入れていた消しゴムを落としちゃってたのを、わざわざ届けにきてくれたんだよ」


 放課後前の清掃時間。

 ジメジメする中、いつものように大量に生えている雑草と向き合っている。

 その時間中、傑に七森先輩との一件について、午後の授業の間に考えておいた作り話を伝えていた。


 出会った場所などはそのまま使いつつ、その他は違和感を感じさせないような内容に変更した。

 助けてくれた人の忘れ物を届けてくれたということなら、わざわざ自分のところまで会いに来たのにも納得が出来るはず。

 我ながら、人を騙すために尤もらしい嘘を付くのが無駄にうまいと思う。

 ……決して褒められたことではないのだが。

 やむを得ぬ理由とはいえ、サラッと友人に嘘をついて騙しているのは、かなり申し訳無さを感じる。

 別に付き合えたとか、単純に仲良くなったとかなら、自慢を含めていくらでも話をしてやるのだが。


 今回の出会いは、複雑な事情がある。

 七森先輩のことを思うなら、ここは心を鬼にするところだと思っている。


「あーなんか最近元気がなかったのって、消しゴム無くしたからだったのか?」

「そうそう! 受験とか検定試験とかで、ずっとお供にしてきたお守りみたいなものだったからさ」

「分かるわ〜。なんかこれ持ってるといつも結果いいとかあるよな」


 また嘘をついてしまった。

 消しゴムを無くしたから元気がなかったのかと言われた瞬間、この嘘がとっさに思いついた。

 ……本当にゲスすぎる人間なのかもしれない。

 心の中で自己嫌悪に陥りながら、ひたすら湧き上がる苛立ちを雑草抜きのパワーに変換した。


 いつも通り雑草がゴミ袋いっぱいになった。


「よし、今日は俺が捨てに行くわ」

「え、部活あるのにいいの?」

「俺だって、そういう何気ないところからの運命の出会いをしたいんだって!」


 この一件にかなり影響されているようだが、毎日こういうことが起きるわけではない。

 と言ったところで、聞かないと思うが。


「まぁ、傑がそう言うなら任せるけど……」

「おし、任せとけ!」


 そう言うと、相当重いはずのゴミ袋を軽々と持ってゴミ捨て場へと向かっていった。

 やはり部活をしていると、力が相当付くようだ。

 そんな傑の姿を見送ったあと、泥まみれになった手を洗うべく、手洗い場に向かった。

 丁寧に手を洗ってから教室に戻り、帰る支度をする。


 傑はサッカー部に所属し、毎日部活に明け暮れている。

 一方で、翔は部活には入っていない。

 中学の頃にやっていた部活がこの高校にはなく、他には経験者と差が大きくある球技系の部活ばかり。

 文化部も、音楽や美術やらのセンスは天から見捨てられているため、選択肢には入らなかった。

 そして翔は、高校生なってから一人暮らしを始めている。

 学校から帰ってきてから、家事なども自分で行わないといけないため、入りたいところもないので無所属を決めた。

 部活に入ることを強く推奨している高校なので、無所属を決めたときは、かなり教師から嫌な顔はされてしまったが。


 帰る支度を終えて、教室から出て下駄箱で靴を履き替えようとしたときだった。


「ん?」


 開けると同時に、一枚の手紙が出てきた。

 靴を履き替えて、高校の敷地から出て周りに生徒が居ないことを確認してから、折りたたまれた手紙を読んでみた。


 ―私のメッセージアプリアカウントのIDをここに記す! 先輩命令として、今日中に友だち登録せよ! しなかった場合、先輩がとっても悲しむぞ!


「名前書いてなくても、誰からか一発で分かるな……」


 翔に『先輩命令』と言ってくる相手、間違いなく七森先輩以外にいない。

 下駄箱に手紙が入っていて、誰からか分からなかったら怖いので、安心は出来るのは良いことだが。

 下駄箱には、クラスと出席番号しか記載されていない。

 翔の名前を知ったことで、出席番号も簡単に分かったために、ここに入れたのだろう。

 そもそも、ここに手紙を入れる人が本当にいるということに驚いた。


「いつ入れに来たんだろ……?」


 ここに入れるときに、なかなか目立ったのではないかと不安になるのだが。

 ただでさえ見かけたら、大注目になる存在。

 そんな人が、普通じゃしなさそうなことをしているところを見たら、大変なことになりそうだが。


「七森先輩と連絡先交換出来るのに、嬉しさよりも困惑しかないんだけど……」


 本当であれば、ここはドキドキしたりこみ上げる嬉しさなどに浸るところだと思う。

 なのに、この手紙が置かれていたシチュエーションによる問題が起きていないかなどを考えてしまって、全く優越感に浸れない。

 七森先輩は、意外と大胆なのかもしれない。


 借りているアパートの自室に戻ってくると、早速スマホを手にとってメッセージアプリを開く。

 そして、IDを打ち込んでみるとすぐに七森先輩のアカウントが見つかった。


 ―先輩命令、守りましたよ?


 友達登録をして、簡単なメッセージを送っておいた。

 すると、5分も経たない間に返信が返ってきた。


 ―うむ! 想像以上に早かった!

 ―あのー、靴箱の中にいつ入れたんですか?

 ―気になるか? 実は6時間目は授業中に教室に出る機会があってな……。そのタイミングでササッとな!


「だ、大胆なことをやり過ぎなのでは……?」


 確かに授業中なら、誰にも見られずに靴箱にも入れられると思う。

 しかし、授業中にやることとしてはかなり大胆。

 教師に見つかったら、とんでもなく怒られると思うのだが……。


 ―か、かなり無茶しましたね……

 ―あの後、可愛い後輩と連絡先が交換出来てない!って思ったからな! そう思うと、居ても立っても居られなくなったのだよ!


「……」


 ズルいことを言う。

 あんな可愛い先輩から、こんなことを言われて嬉しくない男がいるだろうか。


「あ〜っ!」


 こみ上げてくる嬉しさと、むず痒い恥ずかしさに思わずスマホを持ってのたうち回ってしまった。


















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