2話「可愛い後輩には…」

「今更聞くんだけどさ、翔は何で私にああしようと思ってくれたの?」

「……正直に話すと、あのまま何もせずに帰ってしまうと、何か落ち着かないと思ってしまったんですよね」

「なるほどー?」

「要するに、勝手な自己満足ですね。一応何かしたって言う」

「随分と自分のやったことに否定的なんだね」

「だって恩着せがましいじゃないですか……。誰からも見えないところで居る人のところに、わざわざ行くなんて。声かけた直後に激しく後悔しました」

「だからかー、ハンカチとティッシュを渡して逃げるようにして消えていったのは」


 人気が無い場所で、いきなり物陰から出てきてハンカチとティッシュを差し出して急いで逃げ出す。

 こうしてあの時の話を振り返ると、かなりヤバめの行動をしていると改めて感じる。


「……心配しなくても、そんな風に思ってないよ。あんな必死な顔をして、渡したら急いで帰っていった様子から、恩着せがましいなんて思うわけない」

「そう言ってくださると、救われます……」


 そう言いながら、頭をポンポンとされた。

 一昨日あれだけ泣いていた七森先輩の方が苦しいはずなのに、なぜか自分が慰められる立場になってしまった。


「恩着せがましいやつなら、先ず余裕のある態度でこっちが泣いている事情を聞こうとしてくるからね」

「知り合いならともかく、ちゃんと話したことも相手の事情を聞こうとは思いません。何も理解できるはずがありませんから」


 それも泣いている事情など、一番触れることが難しい内容。

 辛いことを打ち明けさせるだけでも辛いのに、知ったところでどうせ安い言葉しかかけることは出来ない。


「翔って、見た感じおどおどしてるのに、ちゃんと考えてるんだなー。そこら辺のカッコつけてる同学年の男子よりもしっかりしてる」

「まぁおどおどしている時点で、男子としてはダメですけどね」

「まぁそれはそうだね!」

「うぐっ……!」


 思ったよりも七森先輩が自分のことを褒めてくれたので、謙遜の意味で自分のマイナス点を言ったのだが、そこもあっさりと肯定された。


「でもね、そういうところがいいんだよ。自分より落ち着きすぎている後輩は、あんまり可愛く見えないからさ」

「自分、可愛いですか?」

「うん。それにちゃんと話したこともない私にあそこまで必死になってくれて、その中でも私の心情を考えることもしてくれてる。いい後輩じゃないか!」

「あ、ありがとうございます」


 ひたすら七森先輩褒めてもらって嬉しい気持ちに浸っていると、あっという間に昼休みが過ぎていった。


「さて、そろそろ戻らないといけないね」

「そう……ですね」


 いつもは遠くから見て、ただ綺麗だと見惚れるだけの七森先輩との夢のような時間はもうすぐ終わり。

 この時間が終わることで、また接点はなくなっていつものあこがれの先輩に戻る。

 名前呼びをすることになったし、もしかすると今後もばったり会えば、挨拶ぐらいは出来る仲になるかもしれないが……。


「ねぇ、翔」

「な、何でしょう……っ!?」


 立ち上がって教室に戻ろうとした翔の後ろから、七森先輩が腕を回してきた。

 信じられない出来事に、思考が止まってしまう。

 いい匂いがするし、触れる感触は今までに感じたことのないものだ。


「これからも定期的に会おーぜ。なお、これは可愛い後輩に目を付けた先輩からの絶対命令なので、断れませーん」

「……」


 翔の耳元に、そっと囁くようにまた『先輩命令』が出た。

 でも先ほどまでとは違って、翔にとっても願ってもいないこと。

 これからも、こんな美人な先輩と二人で会える時間が出来る。


「さぁ、後輩らしいお返事をしてもらおうか?」

「……はい。また会いたいです」

「……やればちゃんと出来るじゃーん。そう言う反応、後輩らしい可愛さが出ているぞ?」


 満足そうに頷く七森先輩、とんでもなく可愛い。


「よし、じゃあ教室に戻ろう。あんまりのんびりしてたら、五時間目の授業に遅れて先生に怒られちゃう」

「そうですね、急ぎますか」


 二人そろって早足で校舎へと戻る。

 二年の七森先輩の教室があるのは二階、一年の翔の教室があるのは一階にある。


「じゃあ、私はここから二階に上がるから」

「はい、色々とありがとうございました」

「また今度会いに行くときに教室に行っちゃうけど、大丈夫そう?」


 おそらく周りがただ事ではないとざわつくだろうが、そんなことぐらいで先輩からの誘いを無しにするわけにはいかない。


「何があっても大丈夫です」

「そ、そっか。じゃあまた適当なタイミングで会いに行くね」

「はい!」


 そういうと、手を振って「バイバイ」と言って二階へと上がっていった。

 その姿を見送った後、翔は自分の教室へと戻ったのだが……。

 教室に戻った途端、視線が一気に翔へ集まってきた。

 一年生男子が注目する七森先輩に呼び出されただけでなく、その後ずっと帰ってこなかった。

 何があったのか、当然気になるところだろう。


「翔、ちょっと来い」


 早速傑が、呼び出されるまで翔が座っていた席に座りなおすように言ってきた。


「一体どういうことだ?」


 鬼気迫る顔で、どういうことなのか尋ねてくる。

 果たして、どう説明するべきか。

 一昨日会ったことも、「先輩が泣いていた」ということは軽はずみに言わない方が良い。

 聞いたやつが絶対に広めて、先輩が嫌がっていた安い慰め合戦が始まる可能性が十分に考えられるためである。

 もちろん、先ほどあったやり取りも聞かせるわけにはいかない。


「昨日、ゴミ捨てに俺が行っただろ? そこでばったり出会ってさ」

「それでなんで、七森先輩が呼び出すという状況になるんだ!?」


 その疑問はごもっとも。

 ただ会っただけなら、昼休みに呼び出してまた会うなんてことはおそらくない。

 果たして、何と答えるべきだろうか。

 悩んでいると、昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴り響いた。

 七森先輩と時間ギリギリまで一緒に居たことによって、助かった形だ。


「掃除の時間に詳しく聞かせてくれよ?」

「分かった」


 五時間目、六時間目の授業の間にそれっぽい話を考えることにしよう。













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