ポケットの中には

硝水

第1話

 ポケットの中にはビスケットがひとつ。ポケットを叩くとビスケットはふたつ。そんな不思議なポケットが……あるらしい。三組に。

「三島くん」

 屋上で風に吹かれている後ろ姿に声をかける。彼はにんまり笑いながら振り返った。

「なに? 二組の委員長」

「あなたまたポケットを見せびらかしてるんでしょ」

「手品だってことにしてるって」

「そういう問題じゃない」

「どういう問題なの?」

「もう。この時代にはまだ存在しない技術なんだから、あんまり大っぴらにしたら……」

「したらどうなるの?」

「わからないけど……リスクは避けたいに決まってるでしょ。ただでさえ違法渡航なのに……」

「君だけ知らん顔してればいいんだよ、二組の委員長さん」

「三島くん、私がどうしてついてきたか知ってるくせに」

 彼はぽんとポケットを叩いて、キャンディをふたつ取り出した。

「食べな」

「要らない」

「食べな」

 無理矢理握らされた飴玉は日差しをきらりと照り返して、そして少しずつ溶けていく。手のひらに不快にまとわりつくそれを口の中へ放り込んで、ベタつきをハンカチでぬぐう。

「この時代はさ」

「うん」

「ホンモノばっかりで」

「うん」

「羨ましいなぁ」

 そうね、と。ポケットの中で分裂したわたしたちは、紛い物は、コピーは、思う。このアメの酸っぱさも本当はニセモノで、それを感じている私達もそうだ。

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ポケットの中には 硝水 @yata3desu

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