第33話 騎行連隊

「なんなのです……これは」


玲那は、その再編書に目を剥いた。




_________


<独立第26歩兵連隊>

・司令部  - 閑院宮載仁 連隊長

 ・砲兵中隊

 ・兵站中隊

 ・野戦病院

・禁闕大隊   - 有栖川宮玲那 闕杖官

・第一歩兵大隊 - 秋山好古 大隊長

・第二歩兵大隊 - 長岡外史 大隊長


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禁闕大隊 定数

・禁中衛戍府 指揮車×4輌

 ・工兵小隊 運土車ダンプカー×2輌, 排土車ブルドーザー×1輌

 ・衛戍小隊 無線通信車×4輌

 ・偵察小隊 自転車×60台

・第一中隊 装甲車×70輌

・第二中隊 装甲車×70輌

・第三中隊 装甲車×70輌


歩兵大隊 定数

・大隊司令部 指揮車×2輌, 無線通信車×2輌

 ・工兵小隊 運土車ダンプカー×2輌, 排土車ブルドーザー×1輌

 ・偵察小隊 自転車×60台

・第一中隊 兵員輸送車×32輌

・第二中隊 兵員輸送車×32輌

・第三中隊 兵員輸送車×32輌


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄




「禁闕部隊が……実質、装甲大隊ではありませんか」

「ああ。予の限られた権力で軍備を弄るとなると26歩連しかやりようがないし、その中では突出して玲那くんの部隊の練度が高いからな」


北方戦役と釜山防衛戦、北京降下作戦で閑院宮と玲那が命運を預けた北鎮第26歩兵連隊。本部は上川宮廷の城下、忠別村。

フォードだの装甲車だの松方の入れ知恵があるとはいえど、閑院宮が直接魔改造できる部隊となれば、当然この歩兵連隊となるのは頷ける。


「そして――予とて多少は昇進する。この連隊はもはや北鎮の隷下にはない。総軍直轄の、独立連隊だ」


指揮権の独立。実質的に師団と並ぶ部隊であるという。ゆえに『魁星』という呼称を付与されたわけで。


「そもそも速度が取り柄の電撃部隊だ。鎮台だの師団だの既存の堅苦しい指揮系統に囚われては、柔軟に動くこともできん」

「それで……自動車フォードなのですか」

「ああ。騎兵の時代に終止符を打つ――機械の時代がやってきたのだ」


三三式機銃装甲自動車、と記されたスペックカタログを彼は示す。




前面装甲 傾斜50度 6mm

側面装甲 傾斜30度 10mm

車輪防護装甲 傾斜なし 15mm

後部装甲 傾斜40度 8mm

回転銃座装甲 半球体 8mm

最高速度 35km/h(不整地)

乗員4名(操縦員1名・機銃攻撃員2名・機銃補助兼通信員1名)

航続距離 20km

武装 三十式車載機関銃2機(正面・上部回転銃座)




「wow」

「なんだそのアメリカ的反応は」

「装甲はどうなのです? チハたんだったら金を出しませんよ」

「ロシア軍主力機関銃、マキシムを防御可能だ。側面装甲は主武装の”三十式車載機関銃”の弾を防げる程度である」


そうでなければならない理由を説明するために、閑院宮は白紙を取り出す。

北方戦役で機関銃を活躍させてしまった以上、次の戦争は間違いなく塹壕戦になるだろう。ゆえに旅順や黒溝台では熾烈な弾幕戦が予想される、と語りつつ彼は図を描く。


「至上の問題は、人的資源の少ない皇國が、いかにして死傷者を少なく抑えながら敵の塹壕を突破するかである」



| |

|敵|⇐装

|塹|⇐甲

|壕|⇐車

| |



「まず装甲車が横幅の間隔を相当とりながら、一列同時に、敵の鉄条網を突破して敵塹壕へ突入する」

「それで?」



|敵|

| ↑ |

|装甲車⇐⇐

| ↓ |

|敵|



「突入した装甲車は、塹壕内に機銃掃射を浴びせて敵の歩兵を排除する。この時、射線上に味方の装甲車が入っても良いように、装甲は味方の弾を防げる程度にはしてある」

「お待ちください」


玲那は口を挟んだ。


「塹壕に乗り込む? 塹壕を乗り越える、のではなくて?」

「ああ。繰り返すが塹壕の掃討だ。履帯もなければ主武装も機関銃なのだ――塹壕を無視するには技術力が足りなすぎる」


この装甲車はタイヤだし、武装は機関銃オンリーなので、戦車戦術とはまた違った塹壕突破戦法を考案する必要があるわけか。


「ともかくこの突破力で敵の塹壕線に穴を開けるのが禁闕部隊の仕事だ。そこに自動車で乗り付けて、穴を抉じ開けるのが自動車化された二個歩兵大隊というわけだ」

「要は玲那が最先鋒で殴りかかって、後に続いて『魁星』のすべてがその波に乗るわけにございますね」

「それのみではない。自動車化歩兵が追い付き次第、彼らに塹壕制圧の役割を引き継ぎ、禁闕部隊は更に奥へと進撃せねばならぬ」

「……はい??」


忘れたのか、と閑院宮は机をトンと指でやる。


「これは電撃戦だ。迅速に後方へ浸透し、敵の指揮系統と補給線を一気に破壊しなければならない」


速度が命なのだよ、と彼は言う。なにせ時速144kmを出せるフォード車なのだから、と。その装甲車の後方に積まれた発動機は確かな性能を誇っている。


「完全装備の上、満州の不整地の戦場においては最高時速35km、巡航速度20kmを想定。巡航速度時の航続距離が20kmだ」


ふと、上洞院が手を上げた。


「普通歩兵大隊の機動機関銃小隊にも配備する、と書かれていますけれど」

「あぁ、それはあくまで構想だ。装甲化を目指す禁闕部隊とは別に、塹壕制圧兵器として、全ての歩兵大隊にも配備しようと、な」


定数は10輌で、先の塹壕制圧戦術を突破口に、自動車化大隊に続いて一般歩兵大隊も敵塹壕へ突入するという流れになれば。そう語りつつ、新たに彼は一枚の諸元表を見せてくる。




三十式車載機関銃

銃身長 1020mm

銃弾 三二式実包6.5mm

装弾数 300発(布ベルト給弾式)

作動方式反動排給式ショートリコイル

全長1400mm

重量50kg

発射速度600発/分

有効射程640m




「まさか車載用途とは聞かされていませんでしたけれど……ええ。機関銃の採用は、玲那もかなり関わりました」


ため息交じりに玲那は呟いた。

マキシム機関銃から重量軽減やマズルブースターの追加などの改良の末の兵器である、第一次大戦の英国主力機関銃、ヴィッカーズ重機関銃の劣化再現を目指した。

技術問題で、ベルト式給弾は採用が危ぶまれたが、英国が第一次大戦前には実用化に漕ぎ着けていたことが発覚、技術取引に成功した――その末に完成したのが、この”三十式車載機関銃"である。


「考えてもみよ……50kgは重すぎる。歩兵火力としての重機関銃には適さないとなれば、車載しかないだろう」

「そう仰られると窮してしまうのですが……。ええ、親王殿下の仰せの通りです」

「あぁ。塹壕歩兵・コサック騎兵の掃討を想定したものだ」


これは完全に余談になるが、史実通りなら日露戦でロシア軍は、マキシム機関銃を使用することになるが、北海鎮台はマキシム機関銃の劣化コピーを北方戦役から日清戦争にかけて用いているため、兵士レベルで敵の機関銃に対する理解度は深いことにはなる。アドバンテージにはなり得るはずだ。


「あとは……砲兵ですか」

「牽引自動車に牽引式野戦砲。ずいぶんお金をかけてくれましたね」

「まぁまぁ蔵相閣下……それでも、ゴム車輪のついた野戦砲というのは画期的です。自動車が牽引することで、この独立連隊に随伴可能な高機動力の砲兵を獲得しました。つまり電撃戦において常に支援砲撃が付随するのですから」




三十五年式牽引自動車

発動機付近装甲 6mm

操縦席付近装甲 8mm

最高速度 50km(不整地)

牽引巡航速度 20km(不整地)

乗員 5名(操縦員1名・野砲員4名)

航続距離 50km




「基本的に後方からの支援射撃であるため装甲は必要最低限ですね。牽引巡航速度での航続距離が50kmです」


そこに、おそるおそると上洞院が手を挙げた。


「あの。工兵隊に付属する排土車……とありますが。性能諸元を見る限り、鉄板を付けただけにしか、わたくしには見えないのですけれど」

「ええその通り。これの後部に上下可動式荷台を追加しただけのものが運土車だよ。どちらもごく初歩的な重機で、信頼性はそこまでではありません」

「……ないよりは、ということですか」



三十四年式機動八八粍野戦砲

重量 1,800kg(非機動時1520kg)

砲口径 88mm

有効射程 9000m

仰俯角 -10°~+25°

水平射角左右6°

発射速度: 18発/分



「車輪をゴム製にすることで自動車牽引を可能にします。車輪を鉄製のままにするなら、単に三十四年式機動八八粍野戦砲と呼称され、機動力をさほど要求されない歩兵師団の直接支援を行う歩兵連隊直属の砲兵中隊へと回すこともできます。」


しかし、師団に直属する機動砲兵大隊は、4個に分かれる各歩兵連隊を必要に応じて援護していくのでその名の通り機動力のある砲兵が必要である。更に支援砲撃を連隊直々に要請するということは、各連隊直属砲兵中隊でも至らなかったということであり、大規模な破壊能力を要することにほかならない。


「よって日露戦争時の塹壕を破壊できる程度の野戦砲が必要…、

 砲兵大隊の野戦砲は、機動大型野砲となりますね。」



三十五年式機動一〇五粍野戦砲

重量 2,300kg

砲口径 105mm

有効射程 12000m

仰俯角 -5°~+33°

水平射角左右6°

発射速度: 18発/分



「フランスから潜水艦技術とともに輸入した世界初の駐退復座機付き野砲”M1897 75mm野砲”をモデルに十分な生産性を保たせて、劣化再現してみた傑作です」


玲那は長い長い朗読を終えた。


「……時代は、変わるものですのね」


上洞院が、第一声で感慨深げにそう漏らす。


「駐退復座機―――それも液気圧式。素晴らしいことだぞ、これは。」


閑院宮がそう笑うと、松方が厳しい面構えでこう言った。


「費用対効果」

「ほんとカネしか頭にないのかこの蔵相は…。」


呆れつつも閑院宮は説明をしてくれる。


「M1897 75mm野砲――世界で初めて液気圧式駐退復座機を搭載した野砲の革命であり、旧来のドクトリンを踏みにじる侵略者であり、冒涜者。これの特徴は、駐退復座機を装備したというこの一点こそが最大の特徴だ」


上洞院が目を見開く。


「戦争が、根本的に変わりますわ。……今の野砲は砲撃を行うたびに反動で砲が後ろに下がりますもの、砲撃ごとに砲を元の位置に戻して照準の再調整をしなきゃいけなくって、実質的な連射速度は1分当たり2発が限界だったけれど――」


「駐退復座機は、砲撃時に砲身だけが後ろに下がることで砲架にかかる反動を軽減させて砲全体が後退することを防ぐな。それは、砲身位置復元や照準再調整の不要を意味し―――連射速度は1分当たり18発にまで上昇する。」


味方の歩兵部隊に対して、敵と比べ9倍の火力支援を行うことが可能になる、即ち優勢火力ドクトリン時代の到来である。釜山防衛戦以来、第26歩兵連隊は火力での圧倒を戦闘の基軸としており、この兵器の登場は、一段と皇國陸軍を強化させる。


史実、3年後の1902年にはドイツのクルップ社も独自に設計した液圧駐退・バネ復座式の駐退復座機を開発し、自社製の火砲に採用すると共にラインメタル社や皇國、イギリスなどにも売り込んだ。

バネ復座式は性能的には気圧復座式と大差無いが容積と重量がかさばるため、第二次世界大戦ごろにはドイツ製の火砲も液気圧式駐退復座機を搭載するようになった。


「さらに、この砲に、『弾着観測射撃』が加わるか……」


閑院宮がそう継いでゆく。


「ええ。皇國の飛行船技術を舐めちゃいけません。玲那たちが北京に降下してから、皇國の航空兵器はめざましく進歩しています。――まあ飛行機はまだですけれど」


なにせこちらは、元・空挺部隊でもあるのだから。


「飛行船技術は次にお話するとして――、自動車化歩兵は、兵員自動車と装甲車の混合です。クルマ1両あたり一個分隊の半分、5名が搭乗可能です。不整地で最速25km/h、巡航速度は15km/h。強烈な機動打撃力ですね。」


もはや、編成だけ見れば戦後の米ソの機械化歩兵と変わりない。


「……戦術思想含め大幅に強化されたものです。これまらば、皇國側犠牲者を1万人以内に収めることも、可能になってくるかもしれませんね」


松方はそう笑った。

ロシアは、戦列歩兵の残滓の面影差す、人海戦術ドクトリン。コサック騎兵を機動打撃力とする前時代的で士気の低い軍隊。

対する玲那たちは、機動戦ドクトリン及び重火器武装歩兵、機動砲兵の柔軟で綿密な火力の支援と、制空爆撃の下、『奔星』を高速機動突破力として電撃戦に挑む。


もはや朽ちゆくだけの、見せかけの大国に、鉄の烈風を浴びせかけるのだ。


「もはや此方側の戦術思想とドクトリンは、1940年レベルに達しました。未だ中世抜け切らない東欧の巨熊どもに、必ずや電撃戦、目に物見せてやりましょう」

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