第5話 戦火

「届いたはいいが……」


 腕を組む閑院宮の視線の先には、6基の重機関銃がある。


「想像以上に巨大だな。そして重い」


 本体と銃座だけで20kgあり、そこに水冷タンクや弾薬が付随する。


「こんな大きなタンクは格好の標的だ。こいつを撃ち抜かれたら終わりというのが拙い」

「その心配はございません、有効射程は歩兵銃の射程を遥かに超えています」

「なかなか信じられぬ話だな」


 ふむ、と玲那は頷いた。


「なら重機関銃の誤……試射やりますか」

「いま誤射って言わなかったか?」

「いえ……射撃場ごと吹き飛ぶ可能性は……きっと、ありません。……おそらく」

「心配になってきたな、予は帰ってよいか?」

「だめです親王殿下。撃たなければ分かりませんので」

「あのさ」


 機関銃という兵器は、実際の攻撃力もそうだがそれ以上に心理的な効果のほうが強い。

 機関銃が発明されてまだ数年。この新兵器は全くと言っていいほど普及しておらず、その存在を知る者自体ごくわずかだ。この銃器ほど百聞は一見に如かずという言葉が似合う兵器はない。現代知識という情報しかない閑院宮には、見せたほうが手っ取り早いだろう。


「かくの如く小さく、銃身も一本のみだというのに、銃口からはガトリング砲よろしく弾の雨が飛び出すというのか?」


 しげしげと眺めては、腑に落ちないという様子。


「……まぁ、お手並み拝見といこうか」


 閑院宮は、背に提げた二四式歩兵銃ライフルを構えて、試しに標的の木へと発砲してみせる。


 パァン、と音がして、その幹が抉れた。貫通すらしないが、これでも新式のボルトアクション、二四式歩兵銃だ。


「それの補助火力という位置づけにはなりますが――」


 玲那は機関銃の銃口の先の焦点を、閑院宮が撃った木に向ける。


「見せてもらおう、重機関銃とやらを」


 リヤカーの車止め金具を、4輪すべて土深くに挿し込んで厳重に固定する。

 荷台に乗り込んで銃座に座り、これを回して銃口を標的へと向ける。


「目標補足」


 ぐっと指先に力を込め、撃鉄を絞る。


 ドガガガガガガ!!


 「だっ――!?」


 腹の底から響くような唸りとともに、重い射撃音が繰り出された。

 続けざまに銃口は白煙を吹き、銃座の周りを煙幕のように覆う。


「ぐっ!?」


 物凄い反動を身体全体で感じながらも照星の先を捉える。

 無数に繰り出された機関銃の6.5mm弾は、刹那のうちに木へ着弾したかと思えば。


 ドォォォ――ン!!


「木が…倒れた……!?」


 なおも止まぬ無数の火線と響き続ける連射音。

 これこそ、圧倒火力の体現。


「――…な、な…。」


 従来を遥かに凌駕する射撃性能とその威力。

 土煙が巻き起こるのと同時に、ぷつりと銃弾が切れる。


「と、いう次第です」

「……凄まじいな。世界大戦の死者が百万単位なわけだ」


 首肯する。


「心強い歩兵の直掩火力になりますよ」

「心強いどころの騒ぎではないな。むしろこれのみで決着がつきそうだ」


 屯田兵第三大隊。東洋で初めて機関銃で武装した重火力歩兵大隊。その機動力をもって、戦場の絶対王者として暫くは君臨することになるだろう。


「忠別の第三大隊はいま、機動機関銃、試作飛行船を有しております。ここに、玲那が作っています迫撃砲が加われば、少なくとも清朝との戦争は」

「清朝との戦争、か」


 閑院宮の呟きに、思わず言い淀む。


「一体、いつ始まるのだろうな」


 明治29年。1896年たる今年は、史実では日清戦争が終結して一年が経っているはずだ。なのに、終戦どころか夏になっても戦争が始まる気配すらなかった。


「甲午農民戦争までは史実通りでしたのに」


 一昨年、朝鮮では高揚する攘夷運動を背景に農民反乱が勃発した。史実では日清両国が鎮圧のため出兵して朝鮮半島で衝突したわけだが、今回は出兵さえしたものの、両国はにらみ合うだけで動かない。


「……京釜鉄道も、皇國中央銀行の借款で建設されたと言いますのに」


 大陸戦略が誤っていたとは思えない。

 皇國は従来、海路に頼り切った兵站のために、朝鮮半島と陸続きである清朝に比べて朝鮮への影響力は劣勢であった。

 しかし先年に京釜鉄道が開通し、これをひっくり返した。鉄道の速達性と輸送力は圧倒的で、半島への即応力で皇國は優勢となったのだ。


「京釜線によってパワーバランスが覆り、狙い通り朝鮮王宮における皇國の影響力は日増しに大きくなっております……戦争のお膳立ては済んだはずなのですけれど」

「清朝は時間と共に劣勢に立たされる。なのに、撃ってこないわけか」


 好機を伺っているだけか、あるいは。


「……何かを待っているのか」


 閑院宮の一言に、背筋が凍り付いた。


「……まさか。そんなはずございません、このあと清朝を利するイベントがあるわけでもありませんのに」

「まぁ、そうだよな。それに開戦できないのには皇國の不備もある」


 ぞくりと走った不穏な感覚を押し殺して、閑院宮に耳を傾ける。


「枢密院は、ハワイに付け入りすぎた」


 小さく頷いた。

 何の契機か、松方正義がこの忠別に遊びに来た3年前。彼の帰った直後に皇國枢密院は対外政策で打って出た。


 3年前――1893年、史実ではハワイ革命が勃発する年のこと。この革命では現地判断による合衆国軍の介入によりカラカウア王朝が崩壊、多数を占める日系移民を差し置いて、ハワイは合衆国の植民者に乗っ取られることとなる。


「枢密院は武器を密輸したのでしたっけ」


 枢密院の起こしたそのアクションは、思わぬ形で裏目に出る。


「ああ。先の革命で皇國の移民が武装蜂起したのは記憶に新しかろう」


 一連の戦乱は1893年に勃発。ハワイ事変と呼ばれた。主要な戦闘は昨年まで続き、王室の保全を条件に停戦が成立した。ハワイ王国の転覆自体は未然に阻止された。


「しかし、枢密院は一連の対応に手こずった」


 まず、現地での初期段階における妥結が失敗。ハワイが内戦状態に陥ってしまい、米軍太平洋部隊との代理戦争になって皇國本土から武器弾薬を供給する羽目になった。そうこうしているうちに、合衆国国内の皇國不信を招いてしまった。


「幸いだったのは、合衆国本土……少なくとも大統領府は、対外拡張に積極的ではなかったことです」


 現大統領のクリーブランドは孤立主義者だ。史実でもハワイ革命における合衆国軍の介入に反対を貫き、ハワイの併合は彼の辞任する1898年にまでずれ込んだ。


「それに、合衆国世論もハワイ革命自体に対しては賛否両論です。少数の白人による国家転覆という手段は強引がすぎると言われています」


 しかし、そこに皇國が介入してくるとなると話は別で、太平洋を巡る勢力争いという図面になると皇國警戒論が台頭。日清戦争の支持を合衆国の政財両界から得られなくなって、皇國は開戦に踏み切れなくなったのだ。

 今も朝鮮半島では清軍の睨み合いが続いている。


「けれども」


 玲那は息を継ぐ。

 日清戦争が遅れたことは、皇國にとって誤算であれど、損になるだろうか?


「世界戦略として見たときには、成功と言えるかもしれません」

「……なんだと?」

「枢密院の意図は、史実の知識があれば明白です」


 現状を振り返る。

 合衆国では西海岸地域の開拓が概ね終了し、新天地フロンティアの消滅宣言が出た。開拓者たちは次なる新天地を求めて更なる西を目指し、その手をハワイ、グアム、それからフィリピン、しまいに中国大陸へと伸ばそうとしている。


「開拓者どものご迷惑なアメリカン・ドリーム夢を、初手で挫かんというわけですね」


 1890年代。列強による植民地獲得ゲームは終盤を迎えながらも、まだ東洋には白人諸国の手が及びきっていない時期。中国大陸や太平洋の南洋諸島はもちろん、東南アジアにも多くの未着手の土地が残っている。ハワイで合衆国を堰き止められれば、その間に皇國が西太平洋を確保できる。


「枢密院は、クリーブランド氏の2期連選を狙っているようですし」


 孤立主義者の大統領は、ハワイが内乱に陥るとすぐさま植民者に対する支援を凍結し、米軍部の意向を無視してクーデタを失敗させた。

 こうして合衆国本土が太平洋進出にもう4年ほど消極的であり続けてくれれば、ハワイの併合を1902年ごろまで引き延ばせる。


「さらにアラスカでは岩崎財閥の関連企業が、金塊と油田を掘り当てたといいます」


 岩崎財閥は、官製財閥と言われるほどに皇國の内外政策の補助を担うことが多い。

 なお、アラスカが資源の倉庫であることが判明したのは戦後に入ってからである。そういうわけで、この資源を掘り当てたのは現代知識を携えた枢密院の伏兵であることは容易に想像つく。


「……新天地フロンティアの、再出現か」

「ゴールドラッシュ、オイルラッシュが同時発生しているようですね」


 新天地がアラスカに出現したとならば、行き場をなくした開拓者の格好の標的だ。こうして、太平洋への衝動をアラスカに逸らすのか。


「そこに加えて、皇國移民への武器供給」


 皇國移民を使ってハワイ革命で混乱あるいは内戦を誘発させ、ただでさえ消極的な合衆国をハワイ併合に手間取らせる。そこから西進を図ろうとすれば、グアムとフィリピンを手に入れようと合衆国がスペインと戦争に陥るのは対露戦争後のことになるだろう。そうすれば、皇國が米西戦争に介入する余地が生まれる。


「西太平洋を、皇國の箱庭にするつもりでしょう」

「……ッ、そうか!」


 史実では、米西戦争で敗れたスペインはグアムとフィリピンを合衆国に割譲し、それ以外の南洋諸島をドイツに売却した。1898年のことである。この国はこのときロシアとの戦争を控えて軍備拡張に奔走し、太平洋に目を向けている場合ではなかった。

 しかし、米西戦争を対露戦争の後に持ち込むことができれば、皇國はスペインの領有する南洋諸島を狙うことができる。


「フィリピンは合衆国、南洋諸島は皇國。棲み分けるということか!」

「あるいはフィリピンすらも、渡すつもりがないかもしれません」


 皇國枢密院は第一次大戦までに史実の版図を確保するつもりだ。そうすれば皇國は太平洋を顧みず、史実より自由な行動が取れるようになる。


(オスマンにでも派兵して中東の石油利権を搔っ攫うつもりでしょうか……。いや、むしろ中央同盟国について合衆国の参戦を防ぎつつ、東アジアから英仏を排除する線も消せません)


 すでに南洋諸島を制していれば、皇國がドイツと敵対する理由はない。英国率いる協商国についてもいいし、中央同盟国にくみすることもできる。とにかく、絶対国防圏を確保できている状態の皇國はフリーハンドだ。どのアクションも取ることができる。


「……さすが、皇國枢密院です。英雄機関と讃えられるだけはありましょう」


 口ではそう言ってみる。

 けれど、強い違和感が残る。

 冒険主義的すぎるのではないか。日清戦争に留まればいいが、このまま日露戦争までに合衆国の警戒を解くことが出来なければ、対露戦に際して合衆国の支持が取れず、戦費の調達が難しくなる。そうなれば元も子もない。


 そのような漠然とした不安は、すぐに形となる。



 バァン!



 扉が乱暴に開かれる。


「だ、大隊長!!」


 伝令が転がり込んできた。


「緊急、緊急電であります!」

「なに、読み上げよ」


 伝令は玲那を一瞥してその存在に気づくと、慌てたように閑院宮の耳元に囁く。

 一文、二文程度だろうか。すぐに閑院宮は目を丸くした。


 どうやら何かが起こったらしい。


「っ! 全部隊直ちに召集せよ!」

「はッ!」


 伝令は切迫した足取りで部屋から駆け出す。

 その様子を、玲那はぽかんと暫く見送るしかなかった。


「殿下、何が起こったのです?」


 閑院宮は動揺隠せずといった風に、玲那へ内容を伝える。


「樺太で開拓団同士が衝突、ロシア帝国が正規軍の樺太進駐を決定……と」

「……中央は何と?」

「樺太派兵を即断。北海道全土に第一種動員令」


 絶句した。


「現刻を以て全ての屯田兵部隊を連隊へ昇格。これを統べて北海鎮台とし、北洋開拓団の保護のため樺太へ進攻せよ――だと」


 第一種動員だと。義務教育修了次第の徴発となる根こそぎ動員じゃないか。閑院宮や忠別の第三大隊はもちろん、12歳の玲那さえも対象だ。


「ま、さか。玲那くんの言った通りに……なる、とは」


 閑院宮の呆然とした息づかい。

 ギリギリと奥歯を噛み締めて、舌をひと打ち。

 何が『歴史改変』だ、運命とやらのクソッタレめ。

 玲那は立ち上がって、鞄を持つ。


「――もう双方退けませんよ。さぁ、戦争のお時間です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る