私と姑

七四六明

私と姑

「どうも。上がらせて貰うわ」

「は、はい……」


 姑はいつも、旦那が仕事で帰宅出来ない日。大抵、月に一度はやって来る。

 結婚して半年くらい経ってから、ずっと続いている習慣のようなものだから、私ももう慣れていたけれど、私を見る目は涼やかと言うか、冷ややかと言うか。


「あら、これは何?」

「えっと……義母おかあさんは洋菓子がお好きでした、から……」


 私が出したのは、近所のケーキ屋で買ってきたロールケーキ。

 だけど姑はむすっとした顔で。


「人に出すなら、これくらいの物を出しなさい」


 と言って、来る途中にはないはずの店の高級そうなケーキが入った箱を渡して、後で食べなさいと言って来た。

 自分はロールケーキをつまみ、リスのように頬張ってさっさと食べてしまうと、皿を片付ける流れで台所へと侵入した。


「夜はどうするの?」

「えっと……これから……」

「まったく、仕方ない。貴女はそこでケーキでも食べてなさい。これから我が家の味と言うのを、教えてあげます」


 そう言って台所を占領し、途中買って来ただろう食材を使ってせっせと晩御飯の支度を始めてしまう。

 手伝おうと思って少しでも動こうものなら――


「台所に二人以上立つ必要はありません」


 と一蹴されて、持って来てくれたケーキを食べている間に、素晴らしい晩御飯の数々が出来上がっていた。


「美味しいです、義母おかあさん……」

「そう。まぁ、好きなら今度は自分で作りなさい。と言うか、作れるようになりなさい」


 そう言って、今晩のメニューのレシピメモを貰う。

 どれも丁寧な字で詳細に書かれており、わかりやすい。今度は自分でも作れそうだ。


「そういえば、洗濯物は取り込んでいるの?」

「す、すみません……私うっかりしてて」


 慌てて立ち上がろうとすると、姑がそれを遮って。


「慌てて何かしようとすると空回りするもの。落ち着いて行動しなさい。今の貴女は、貴女だけのものじゃないんだからね」


 そうして私を座らせ、洗濯物を取り込んでせっせと畳んでしまう。


「お風呂掃除は?」

「すみません……」

「毎日しろとは言わないけれど、簡単にはしておきなさい。この洗剤なら、比較的綺麗になるから」


 姑は私に使い方を教えてくれるついで、風呂を掃除してくれ、更に他にも気になる事があると丁寧に教えながらせっせとやってくれる。

 何だか申し訳なく感じた私がやろうとすれば、貴女は今はダメと止められる。


 そして一通りの家事をやった姑はまたせっせと荷物をまとめ、最後に懐から。


「身嗜みには常に気を配りなさいね。質素でもいいから清潔に。みすぼらしい格好ばかりしていたら、周囲からよく思われないでしょう。これで何か買いなさい」


 と言って、茶封筒に入れた現金を渡し、スーパーモデルさながらの颯爽さで帰っていった。


 つまるところ、義母このひとはツンデレなのだ。


 姑の来訪は元々、私が家事が苦手で旦那にも苦労させていると知った姑が、家事の仕方も碌にわからないようじゃ、家の品格に関わるでしょうとか言いながら家事を教えに来てくれるようになったのがきっかけである。


 そして今となっては私は家事はある程度出来るのだけれど、最近になって旦那との間に新たな命を授かった事で、姑は度々心配して来てくれる。

 毎度来る前日には「抜き打ち検査です。家の事をしっかりやれているのか見に行きますからね」と、最早抜き打ちではないですよと言わせない速度と圧で、宣言してからやって来る。


 それもどうやら私の両親にも断っているようで、息子が度々不在の期間を設けて申し訳ないと謝っているとの事だ。

 そして旦那にも、もっとどうにかならないのかと怒っているとの事だ。


 まぁ、そんな旦那も帰って来た時には必ず、私の大好きなケーキを買って来てくれて、お礼を言うと「別に、俺が食いたかったから。ついでに買って来ただけ」と返すあたり、この親にしてこの子ありと言うべきなのかもしれない。


 そんな姑に、私は今、ちょっとした反撃を考えていたりもする。

 例えばもし、生まれて来た子供が初めて喋った言葉が「ばぁば」とかだったら――それでも言うのだろうか。

 あんたのためにやってるんじゃないからね、と。

 そう、照れ恥ずかしそうに。

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私と姑 七四六明 @mumei

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