第29話 十編 2

 ただ、今の学者の成業を待ち、この学者に自国の用(技術など)を達する他、方法はないだろう。すなわち、これが学者が身に引き受けた職分である。だから、その任は急務と言える。今、わが国内に雇い入れた外国人は、わが国の学者が未だ未熟だからしばらくその代わりを勤めさせているのである。今、わが国内に外国の器品を買い入れるのは、わが国の工業が発達していないために、しばらく銭で交易して、諸用が便利に行われるようにしているものである。この人を雇い、この品を買うために金を費やすのは、わが国の学術が未だ西洋に及ばないために、日本の財貨を外国へ棄てているのである、今はそうではない。この制限を一掃した後は、あたかも学者のために新世界が開かれたかのように天下の人は平等になり、誰でも志を持ち、事が行えるようになった。

 人は農民になり、商人になり、学者になり、官員となり、書を著し、新聞紙を刷り、法律を講じ、技術を学び、工業も興し、議院も開き、すべての事業で行ってないものはない。そして、この事業をなした後、国中の兄弟がせめぎあうのではなく、その知恵の矛を争う相手は外国人である。この智戦に勝てば、わが国の地位は高くなり、負ければわが地位を落とすことになる。その望みは大きくて、理想とするところは明確であると言える。もとより、天下のことを実際に施行するには機をよく見なければならないが、この国に欠いてはならない事業は、人々の持つ長所により今よりさらに研究することである。仮にも、処世の義務を知る者は、この時にあたってこの事業を傍観する理はない。学者は勤めなくてはならない。

 これによって考えれば、今学者たる者は決して普通学校の教育をもって満足してはならない。その志を高遠に持ち、学術に真剣に取り組み、独立自由をもって他人に頼らず、あるいは同志の友人がいなければ一人でこの日本国を維持するという気力を養い、それをもって世のために尽くさなければならない。余輩は以前から、和漢の学者で人に教えることだけをして、自分を向上させようとしない者が好きではない。それを嫌うからこそ、この書の初編から人民同権の説を主張し、人々がその責任をよく感じて、自分の力で食べることの大切さを論じたが、この一事だけでは未だわが学問の大義を終わりとするわけにはいかない。

 これを例えて言おう。ここに沈湎冒色(ちんめんぼうしょく)、放蕩無頼の子弟がいるとする。これをどうすれば御することができるだろうか。これを導いて普通の人にしようとするなら、まずその飲酒を禁じ、遊冶を制し、そうした後に相当の仕事に就かせることになるだろう。その飲酒遊冶を禁止した間は、一緒に家業のことを語ってはいけない。と言っても人が酒色にふけらなかったといっても、それをその人の徳義とは言えない。ただ世に害を与えないだけで、未だ無用の長物という名は免れない。その飲酒遊冶を禁止したうえにさらに仕事に就き、自分の身を養い、家に益することがあってはじめて十人並みの少年と言うべきである。自食の論もまたこのようなものである。

 わが国の士族以上の人は数百数千年の旧習になれて衣食の何たるかを知らず、今、どうして富んでいるかも知らず、傲然と無駄に飯を食って、これを天然の権利と思い、その有様があたかも沈湎冒色、前後を忘却する者のようだ。この時にあたり、この輩に忠告するのに、何事をもってなすべきか。ただ自食の説を説いて、その酔夢を覚ます他方法はない。こういった人たちに対して、どうして高尚な学を勧められようか。世を益することの大義を説けようか。たとえこれを説いて勧めても、夢の中で学に入ればその学問もまた夢中の夢であろう。これが、わが輩がただ自食を主張して、未だ真の学問を勧めない理由である。だからこの説は何もしないで暮らす人たちに告げるもので、学者に諭すような言葉ではない。

 そこで訊く、中津の旧友よ。学問につく者のうち、まれに学業がならず、学業をやめ、早くも他の方法で生計を立てようとする者がいるという。生計は言うまでもなく軽視するものではない。あるいはその人の才に長短もあることだから、後に進む道を定めるのはいいことである。といっても、もし、この風潮がはやり、ただ生計だけを争うことになれば、俊英の少年は、その才能の実を未熟のまま失う恐れがある。これはその本人のためには悲しいことである。天下のためには惜しいことである。そして生計が苦しいと言っても、よく一家の世帯を計れば、目先の一事の金を取り、それを費やして小さな安寧を買うよりも、力を労して倹約を守り、大成の時を待つ方がいい。学問をするなら大いに学問をすればいい。農なら大農になれ。商なら大商になれ。学者は小安に安んじてはいけない。粗衣粗食、寒暑を嫌わず、米もきねでつけばいい。薪も割ればいい。学問は薪を割りながらでもできるものである。人間の食べ物は西洋料理だけではなく、麦飯を食らい、みそ汁をすすりながら、文明のことを学ぶべきであろう。

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