第19話 七編 1
国民の職分を論じる
第六編で国法の尊さを論じ「国民たる者は一人で二人分の役目を勤めるものである」ということを述べた。今もまた、役目と職分のことについてさらにそれを詳しく説いて左を六編の補いとしよう。
すべて国民たる者はひとつの身体に二つの務めがある。その一つ目は、政府の下に立ち一人の民であるという時。言い換えれば客のことである。その二つ目は、国中の人民が相談して一国という組織をつくり、その組織の法を立てて組織を運営することである。言い換えれば主人のことである。例えばここに一〇〇人の町人がいて○△という商社を結び、社中が相談して社法を立ててこれを運営しているとする。それを見れば、一〇〇の人はその商社の主人であると同時に、社法を定めて社中のどの人もそれに従い違反していないというところを見れば、一〇〇人の人は商社の客である。だから一国は商社のようなもので、人民は社中の人のようなものである。一人で主客の二つの職を勤めるものである。
まず第一に客の身分を論じる。それで論じれば、一国の人民は国法を重んじ、人間は平等であるという基本を忘れてはならない。他人が近寄ってきて自分の権利を害されたくないのなら、自分もまた他人の権利を害してはならない。自分が楽しいものは他人も楽しいものだから、他人の楽しみを奪って、自分の楽しみを増やしてはいけない。他人の富を盗んで自分の富にしてはならない。人を殺してはいけない。人の悪口を言ったり、おとしいれたりしてはいけない。そして国法を守って彼我は平等という大基本に従わなければならない。また国の政府によって定まった法はたとえ愚かであっても、たとえ不便であっても、みだりにそれを破るという道理はない。戦争を起こすのも、外国と条約を結ぶのも、政府に権があることだから、政府の政治に関係のない者は決してこのことを評議してはいけない。この権ははじめの約束で人民が政府に与えたものである。
人民がもしそれを忘れて政府の処置を自分の意に反すると言ってかってに議論を起こし、条約を壊そうとしたり、戦争を起こそうとしたり、ひどいものになれば一騎で先駆け、白刃を抱えて飛び出すなどの挙動に及ぶことがあれば、国の政治は一日も保つことはできない。これを例えて言えば、あの一〇〇人の商社が前々からの相談により、社中の人物一〇人を選んで会社の支配人と決め、その支配人の処置にあとの九〇人が自分の意に反すると言ってかってに商議を議し、支配人が酒を売ろうとすればあとの九〇人はぼた餅を仕入れようとし、ひどいものになれば、その評議区分にそれぞれの考えをもって、かってにぼた餅の取り引きを始め、商社の法に背いて他人と争論するなどのことになれば、その商社の商売は一日も行われられない。そうなれば、その商社は倒産することになり、その損失は社中一〇〇人が同じだけ引き受けることになる。とても愚かなことと言えよう。だから国法は不便であると言っても、その不便を理由にその法を破る道理はない。もし実際に不便な箇条があれば、一国の支配人である政府を説き、静かにその法を改めればいい。政府がもし、自分の説に従わなかったら、力を尽くし、粘り強く時節を待てばいい。
そして第二に、主人の身分を論じる。主人の身分を論じれば、一国の人民はそのまま一国の政府になる。その理由は、一国中の人民すべてが政治を行うものでなければ、政府というものを設けてこれに国政を任せ、人民の名代として事務を処理する、ということを約束したからである。だから人民は家元であり主人である。政府は名代人であり、また支配人である。例えば商社の一〇〇人の内から選ばれた一〇人の支配人が政府で、残りの九〇人は人民、というようなものだ。この九〇人の社中は自分で事務を行うことができないと言っても、自分の代理人として一〇人の者へ事を任せたのだから、自分の身分は何か、と考えれば、この商社の主人と言わざるをえない。また、一〇人の支配人は現在の事を処理していると言っても、もともとは商社の頼みを受けて、その意に従いながら事を処理すると約束した者だから、その仕事は私事ではなく、商社の公務を勤める者になる。今、世間で政府に関わることを公務や公用と言うけど、その文字の由来は、政府の仕事は役人の仕事ではなく国民の名代として国を支配する公の事務、というところから来ている。
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