ザマァをしてやったんだ。でも、その後に待ち受けている物については考えたことも無かったんだ。
ゼフィガルド
お題は『1話で投げっぱなし』
ミルロ・ザマは日常の中で常に鬱憤を抱えていた。この世界は、人ならざる力を持った統治王と呼ばれる存在により、ありとあらゆる権力は駆逐された。新たに敷かれた世界は、徹底された秩序と規律によって構築されており。それは個々人の人生にまで及んでいた。
誰と結婚するか、どの職業に就くか、そして。いつ死ぬべきか。当初は、様々な人種が反乱を起こしたが、瞬く間に寄って鎮圧され。首謀者の一族郎党が悉く惨殺されるという憂き目に遭った為、誰も声を上げなくなっていた。
「(この世界は間違っている)」
人々がその生活にも馴染む中。ミルロは自らの中だけで反骨精神を育て上げていた。如何に怒りを抱こうとも、自分に反旗を翻すだけの力も無く。いずれ日常の中で訪れる情動によって薄まるだろうと思われていた感情は、しかし。この日訪れた偶然によって本懐へと向かう事になる。
「すまない。君がミルロ・ザマだね?」
「貴方達は?」
声をかけて来たのは、見慣れぬ者達だった。軽装な鎧に身を包んだ青年。腰まで伸びたブロンドの髪が美しい、獣人の娘。全身をプレートメイルで覆った巨漢。治安維持の為の警備隊かと思ったが、どうやらそうではない。
「村の人達から聞いた。君はよく、この世界の愚痴を吐いていると」
「……そうだ。この世界はあまりにも窮屈だ」
思想調査かと思い、冷や汗を流したが。どうやらそうではない。彼らも同じ様に不平不満を抱いている者達であり、その点で話は大いに盛り上がった。
更に、聞くところによればこの統治に不満を持っている者は自分達以外にもいるらしく、その現体制を打破するために仲間を集めているという事だった。
「ならば。俺達と共に来ないか?」
「ぜひ!」
ミルロには家族がいない。故に、その身軽さから易々とその大言壮語に乗っかり。彼らの旅に同行することにした。旅の概ねは同志を集めたり、支援を受ける為の便利屋の様な立ち振る舞いばかりであったが、充実した日々であった。
社会の歯車となり、誰もが業務をこなす事を当然としている中。自分達の打ち立てた功績が誰かに感謝され、謝辞を聞いた時は胸が満たされる思いがした。
「皆。ありがとう! これを!」
獣人の娘の故郷に訪れた時。そこでの問題を解決した際に、童女から貰った簡素な作りのお守りは、どんな宝石よりも価値がある物の様に思えた。
道中。幾度も統治王からの尖兵を差し向けられ、その度に仲間が凶刃に倒れて来た。そんな日々が繰り返されたある日、ミルロは神妙な面持ちをした勇者達から呼び出された。
「ミルロ。話がある。……お前には、このパーティから出て行って欲しい」
「その理由を聞かせてくれ。昔は役立たずだったが、今の俺は、戦えるという自負もある」
旅の当初とは違い、ミルロも精悍になっていた。彼の振り回す戦斧は今までに何度か強敵を撃退してきた。しかし、その戦績を鑑みても勇者は首を振った。
「統治王を倒すための同志も集まって来た。彼らが所持している戦闘用技能。いわゆる『スキル』と呼ばれる物も粒ぞろいだ。その中で、君が持っているスキルはなんだ?」
「戦意高揚。皆を果敢に奮い立たせる。このパーティに無くてはならない物だ」
そう語る、ミルロの表情は自信に満ちた物であったが。だからこそ、勇者はその表情を歪めていた。
「お前のスキルが無くとも、皆の戦意は十分に満ちている。今後の拡張性も考えて、碌なスキルも無く。あまり戦課の上げられていないお前に居られたら、俺達の風評を貶めかねない」
「そんな馬鹿な。俺は、今日にいたるまで貢献して来たというのに。切り捨てるというのか!!」
ミルロが立ち上がり、勇者の胸倉を掴もうとした所で軽い衝撃が走った。見れば、自分の胸元には剣が突き立てられていた。
「お前のそう言う自意識過剰な所。本当迷惑だったんだよ」
刃を引き抜いた後。蹴り倒され、念入りに何度も突き刺された。焼け付くような痛みの中、ミルロを支配したのは絶望や苦悶ではなく。自らを裏切った、目の前の男に対する尋常ならざるを怒りだった。
~~
そのまま、永遠の眠りにつくかと思っていたミルロは自分がまだ死んでいない事に気付いた。全身に走る痛みは消え、悪夢でも見ていたのかと思ったが。切り裂かれた衣服が、先程までの出来事が全て現実であることを物語っていた。
「目を覚ましたか」
声のした方を振り向けば、そこには奇妙な井出立ちをした者が居た。四肢があり、シルエットは人型のそれであったが。全身の肌は深い紫色をしており、その口元は耳元まで張り裂けていた。何よりも目を引くのは、頭頂部に生えた2本の角であり、それは獣人族にも見られない特徴だった。
「お前は一体何者だ?」
「俺は悪魔だ。統治王をこの世界に導いた者だ」
「何だと。貴様、俺に止めを刺しに来たのか」
己の得物すら見当たらなかったが、ミルロは拳を構えた。そんな様子を見ながら、悪魔はカラカラと笑った。
「本当にお前を殺すつもりなら、こうして話すことなども無かったハズだ」
「では、俺に何の用だ?」
「俺は。お前の未来が見たいのだ」
「未来だと?」
即統治王に与すことを強要する訳でもない目的に戸惑った。そもそも、未来を見たいという要求があまりにも抽象的過ぎた。
「お前はこの世界をどう思う。人々から自由を奪い、秩序を押し付けた統治王。そして、そんな世界に反旗を翻しながらも。身勝手な事情でお前を殺した勇者達。その者達に対して、何もせずに静観するつもりか」
悪魔に言われた言葉が暫時、自分の中を駆け巡った。世界は自分に不自由を強要し、それに対して立ち上がった義侠心は同志によって排除された。
「いや。そんな世界は許されない。統治王も勇者も、皆。人々の自由を侵害する畜生だ。俺の正義は無惨にも踏み躙られた」
「許せぬだろう? その怒りを無為に抱えているだけでよいのか」
燻っていた怒りは、彼の中で今。業火のように燃え盛っていた。ギラギラと光瞳は、悪魔の方を睨みつけた。
「否。この正当なる怒りは、報われるべきである。あの畜生共に裁きを与えねばならん」
「そうだ。その通りだ。俺は、そんなお前に力を貸したく現れたのだ」
「ならば、力を貸せ。俺は、俺の自由を侵す者達を決して許さない」
憤怒の表情を浮かべたミルロは、悪魔と共にその場を発った。その足取りは、殺されたばかりの戸惑からは無縁な。力強く、意思に満ちた物であった。
~~
それから数年の時が流れた。世は統治王による盤石な秩序が続けられる訳でも無く、かといって。勇者達に寄って人々の自由と尊厳が取り戻されるという事も無かった。
勇者の村は焼かれ、住民達は徹底的に塵殺された。獣人達が住まう森は焼き尽くされ、男共は皆殺しにされ、女子供は散々嬲られた挙句。ゴミの様に殺された。そして、騎士が使えていた王都は滅ぼされ、積み上げられた国民の死体は、川の流れが止める程に堆く積まれていた。
「この化物が!!」
これらの虐殺は統治王によって行われた物かと思われたが、そうではない。何故なら、彼が治める国の住民達もまた悉く虐殺されていた。
怒りに燃える統治王は、その下手人を速やか排除しようとしたが。次の瞬間、その体は両断されていた。分断された視界の先では、禍々しい刃をした戦斧が握られていた。
「ガハッ」
意識が事切れる寸前。統治王は、自らを討伐しに来た勇者達が部屋に入って来たのを見たが。程なくして、自分と同じ結末を迎える事を予想してから事切れた。
~~
「来たか。偽りの解放者共め」
「あの時。お前に止めを刺せなかったことが、俺の一番の失敗だった」
部屋に入って来た勇者達のパーティの中には、自分が見た事も無いメンバーも居た。彼らのスキルが発動し、部屋内の空気が纏わりつく様な物に変質した。
その戦い方も慣れた物か。動きが鈍った一瞬を見計らって、飛び掛かって来た。しかし、彼らは戦斧で一撫でされると。肉片となって壁のシミとなった。
「あ」
呆けた一瞬の間に、獣人の娘の顔面は握りつぶされた。砕け散った頭骨と脳漿を地面にまき散らされる光景を見ながら、騎士は果敢に切り掛かった。
しかし、その一撃は受け止められかと思えば、彼を掴むような巨大な手が空中に浮かび上がった。それは騎士を包み込むと。
「ギャアアアアアアアアア!!」
騎士の肉体が鎧の形に圧縮される様に握り込まれて行く。球体となった鉄と肉の塊を転がしながら、戦意喪失した者達は逃げ果せることも叶わず。次々と処分されて行き、勇者だけが残った。
「う、うぉおおおおおお!」
破れかぶれになって襲い掛かるも。その一撃は空振り、返す一撃で戦斧を叩きつけられ、彼は地面のシミとなった。
彼以外の人間が死に絶えた事を見計らった様に、その周辺に紫色の肌をした悪魔が現れ、手を叩きながら喜んでいた。
「まさか。本当にやり遂げるとは。大した奴だ」
「俺が勝ち残った。正しかったのは、俺だったのだ!」
悪魔に褒め称えられ、ミルロは統治王と勇者達の遺体の前で咆哮を上げていた。一頻り、その雄叫びが収まった頃に。悪魔が声を上げた。
「お前のサクセスストーリーは此処で〆られるかもしれない。だが、俺の望む物語はこれからだ」
「どういうことだ?」
彼がその意味を問いただそうとしたのも、束の間。死闘を終えたばかりの部屋に押し入って来たのは、岩や無機物で構築された巨人『ゴーレム』だった。
「ふん。最後の足掻きか!」
地面に転がる遺体を踏み潰しながら攻め入って来た、ゴーレムの攻撃を捌き。ミルロは手にした戦斧で、その巨体をバラバラに引き裂いた。音を立てて土くれなどが地面に落ちるのを見ても、悪魔は淡々と説明をする。
「お前は、1か月後に死ぬ。そこに居るゴーレムに答えがある」
「これに答えが?」
残骸を掻き分け、中を調べて行く内に。ミルロは鼓動が早くなっているのを感じていた。無機物であるはずの存在から赤黒い液体が広がっている。
乱雑に叩き割って調べてみると、そこにはいつの日か。自分達が助けたと思しき獣人の娘が凄絶な表情を浮かべたまま、事切れていた。
「お前を虐げて来た統治王や勇者達を見返すシャーデンフロイデは此処で終わりだ。これからはお前にその矛先が向けられるんだ」
心を覆い尽くして来た、憤怒の鎧が剝がれていく。波涛の様に押し寄せる感情に心臓が鷲掴みにされた。救いを求める子羊の様な表情を浮かべたミルロを、悪魔は至極楽しそうな表情で眺めていた。
「だが、その未来を回避する方法がある」
「どうすればいいんだ?」
「それは。お前が奪って来た命を慕っていた者達を救う事だ」
「ふざけるな! 先に俺に不自由と圧政を敷いて来たのは向こうの方だ! 何故、俺が断罪されねばならない!!」
罪悪感と後悔に満たされそうになった心を再び怒りで覆った。自らの正当性を吠え立てている姿が、甚く滑稽に見えたのか。悪魔はこれまた心底愉快そうに笑っていた。
「ならば、断罪される前に。手を下せばいい。お前が自分の行いに一点の曇りも無く、称賛されて然るべきものだと思うならばな。俺は、お前の復讐という契約を履行した。貸していた力は返して貰うぞ」
悪魔に手を翳された時。ミルロは自らの力を奪われるかと思ったが、そんな事も無く。禍々しい刃を持った戦斧を振り回す事も、どんな攻撃をも弾き返す肉体も健在なままだったが、決定的な物を持っていかれていた。
「う……」
部屋内に広がる惨状を見た時。彼は胃の中にある物全てを吐き出した。その嘔吐には血も混じっていた。這いずりながら、既視感のある死体の面々を見るごとに。勇者一行として旅をして来た輝かしく、誇らしい思い出が蘇って来た。
しかし、今となってはミルロを内側から切り刻む物でしかなかった。絶叫を上げ、前後不覚になりながらも部屋内を駆けずり回っていた彼は、再び童女の死体を見て悲鳴を上げた。
「対価として『戦意高揚』のブーストを取り上げただけなのに、酷い荒れ様だ。どうした、先程までは獣の様に吠え立てていたというのに。今では生娘の様だ」
悪魔は一頻り、彼の狂態を嘲笑うと姿を消した。残されたのは一面死体ばかりの惨状であり、その中でミルロは子供の様に泣きじゃくっていたが。誰からも手を差し伸べられない事に気付くと、涙を滂沱の如く流しながら呟いた。
「ごめん……」
誰も救わない遅すぎる謝罪を述べながら、ミルロは逃げる様にこの場を去って行った。
ザマァをしてやったんだ。でも、その後に待ち受けている物については考えたことも無かったんだ。 ゼフィガルド @zefiguld
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます