第10話 来年の予約
「……まあ、そうだよな。リィナちゃんにとってはおじさんだよな。僕はまだ若いつもりだったんだけど」
そう言って、がっくりと肩を落としている。
しまった。少し誇張して言っただけで、ジョシュア様のことをおじさんだなんて思っていない。傷つけるつもりはなかったのだ。
私は慌てて笑顔を向けた。
「大丈夫よ。ジョシュア様はまだ十分にお若いから! それより、今度は何を作るの?」
急すぎる話題の転換だったと思う。
でも、興味があったのは本当だ。
たくさんいた妹様たちは全員結婚して、最近のお休みの間に手掛けているのは、赤ちゃん用の帽子のリボンとか、一番上のお兄様のお嬢様用のリボンとか、そういう小さいものばかりになっている。
手がかかる大作からは遠ざかっているけれど、たまには凝ったものを作ってもらいたい。せっかくの達人の技術が鈍ってしまったら大変だ。
ジョシュア様はまだ複雑そうな顔をしていたけれど、少し無理をしたような笑顔を作って新しい話題に乗ってくれた。
「姪っ子に、ハンカチ用のレースを作るつもりだよ。でも……そうだな、久しぶりにリィナちゃんに何か作ってあげようか。襟飾りなんてどう? 好きな模様があったら教えてよ」
「えっと……」
レースの好みを聞かれたけれど、これはいつもの延長だ。
そう分かっていても動揺しそうになる。
……でも、違うのだ。
ジョシュア様はそういうつもりではないのだ。いまさら勘違いするのは恥ずかしいことだ。
こっそり心の中で何度も自分に言い聞かせ、私は表向きは悩むふりをした。
「そうね、普段着用の襟飾りもいいけれど、どうせなら来年用のお祭り用のドレスに使えるようなレースがほしいわね」
「来年用の? つい最近、今年の祭りが終わったばかりなのに、ずいぶん気が早いんだね」
「だって、来年は私も二十歳の大台に乗ってしまうから。女にとってはいろいろ微妙な気分になる年齢なのよ。でも私のことだから、たぶん結婚していないんだろうな。だから未婚の娘用の飾りにして欲しいわ」
「来年用か。……うん、そうだね。無駄になってもいいから、君のために作ろうか。もし、来年になっても君が結婚していなかったら、祭りの日はずっと一緒に回ろう」
「素敵ね! 行き遅れって言われると思うと気が滅入りそうだったけど、ジョシュア様が一緒にいてくれるなら気にならないわね!」
私が半ば本気でわくわくして言うと、ジョシュア様はなぜか落ち着かない様子になった。また目をそらして、プラチナブロンドをかきあげている。
……今日のジョシュア様はなんだかおかしい。
お父様もジョシュア様も何もおっしゃらないけれど、本当は、早めの騎士の引退を決意するような体調の悪化などがあるのだろうか。
少し心配して見上げると、こちらに目を戻したジョシュア様は優しく微笑んで私の頭を撫でてくれた。
結局、何となくそのまま聞きそびれて、休暇が終わったジョシュア様は仕事に戻ってしまったけれど。
来年に騎士を引退してしまった後は、ジョシュア様はどうするのだろう。
どこで何をしていくことになるのだろう。
騎士と商人という繋がりがなくなってしまった時、お父様はまだ援助を申し出続けるのだろうか。
……私は、ジョシュア様の妹分であり続けることが許されるのだろうか。
いつまでも結婚できずにいることよりも、次々と母親になっていく友人たちに置いていかれた気分になることよりも、ジョシュア様のことを考えると胸がチクチクと痛む。
だから先のことは……あまり考えたくはなかった。
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