第9話 初めての縁談
十九歳の時、私に初めて縁談が来た。
いつになっても恋人を連れてくる気配のない私のために、焦れた叔父様が探してきた話だった。
相手の絵姿も見せてもらった。すらっとした穏やかな雰囲気の人で、年齢は私より少しだけ上。家の格も同じくらいの若い商人だった。それに、商売の範囲がぎりぎりお父様の商売と重ならないらしい。
商人の結婚相手としては、理想的な人だった。
一度会ってみればと言われたけれど、結局実際に顔をあわせる前にこの話は消滅した。
私が美人ではないからとか、ジョシュア様との噂を聞きつけたとか、そういうのではない。
先方から結婚したら一緒に外国に来て欲しいと言われ、その条件が私の家とは合わなかったためだった。
私は一人娘だ。
だからお母様は、私が他家に嫁入りするのではなく、相手に婿入りして欲しいといつも言っている。
お父様も、商売の後継が欲しいようだ。
有望なお父様の部下の誰かとの結婚を考えているのかもしれない。お父様は何もそういう話はしたことがないけれど、そろそろ物色していたところだった可能性もある。
そして縁談が消滅した理由は、私の方だけではなく相手方にもあった。
恋人とまではいかなくても、結婚してもいいと思うような幼馴染がいたらしい。お母様の話では、幼馴染さんは密かに想いを寄せていたのだとか。
いろいろ気を回して紹介してくれた叔父様には申し訳ないけれど、お互いのためにも、この縁談はまとまらなくてよかったと心から思っている。
後日、そんな話をジョシュア様にすると、なんだかとても困ったような顔をした。珍しく言葉に迷っているような顔をして、何度もためらってから口を開いた。
「……その、リィナちゃんは結婚したいと思う相手がいるのかな?」
「残念ながら全くいないわ。いたらとっくに結婚して、奥様と呼ばれて赤ちゃんを抱いているわよ」
「あ、うん、そうだよな。いや、もしかしたら、僕がいつも誘うから男どもが萎縮しているのかな、とちょっと思ってしまって」
「あら、私の心配をしてくれたの?」
私がにっこり笑って見せると、ジョシュア様はまた困ったような顔をして目をそらしてしまった。
破談になった責任を取れと言われるとでも思ったのなら、とても失礼な勘違いだ。
私だって、いつかは結婚したいと思っている。
お父様の商売に必要な縁談なら、いつでも受けてもいいとも思っているけれど。
だからと言って、身分をわきまえずにジョシュア様に結婚してくれなんて無茶を言うつもりはない。
でも、一応私のことを心配してくれたようだ。
きっと妹様たちから「お兄様が威圧するから男の人たちが逃げてしまったわ!」なんて言われたことがあったのだろう。
そう言う話を、男兄弟がいる友人たちが愚痴としてこぼしていた。
その時の友人たちの表情まで思い出してしまって、私は堪えきれずに笑ってしまったけれど、なんとか真面目な表情を作ってジョシュア様に言った。
「私が結婚していないのも、結婚できないのも、ジョシュア様の責任ではないわよ。安心してください」
「いや、なんというか……一応、責任はあると思うんだよ」
なおも口ごもったジョシュア様は、背中までかかるプラチナブロンドをやや乱暴にかき乱してうなっていた。
それからしばらく何か口の中でつぶやいていたけれど、ふうっと息を吐いて私に向き直った。
「……リィナちゃんは、もう聞いているかな?」
「何のこと?」
「だから、その……僕が来年で騎士を引退することを考えているとか、まあそういう話だよ」
「ああ、それは聞いているわ」
一見華やかだけど、街道警備騎士の仕事は、若いうちしか務まらないと言われている。
ジョシュア様も来年は三十歳になる。だからそろそろ現役騎士から引退すると決めたようだ、とお父様から聞いていた。
騎士の制服を着たジョシュア様はとても素敵だから、正直に言えばもったいないなと思う。
でも年齢を重ねれば体力的に苦しくなるほどの激務であることも事実で、だから私は少し違うことを冗談めかして口にした。
「ジョシュア様って、本当は騎士のお仕事はそんなに好きではないんでしょう? それに、三十歳になったおじさんには激務は無理なんですって?」
ジョシュア様は笑わなかった。
呆然と「おじさん」とつぶやいて、それから深いため息をついた。
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