第8話 行き遅れの娘
十四歳の私が、初めてジョシュア様とドレスを見に行った日。
私は町中の女の人に嫉妬された。
「あんな子供と一緒にいるなんて優しすぎるわよ!」と影で囁き合う口調は、やり場のない怒りが含まれていた気がする。
でも、髪型がまだ子供そのものだったおかげで、見当違いの噂にはならなかった。
十五歳になって、私は少しだけ大人びた髪型に改めた。
そういう私のために、お祭りの日に着るドレスをジョシュア様が選んでくれた翌日。
早とちりした人たちからお祝いの手紙が何通も届いてしまって、まだ誤解する人がいたのだねと一家揃って苦笑していた。
でも、今はもう、そういう誤解をされることはなくなった。
ジョシュア様と一緒にドレスを見に行っても、誰も噂を撒き散らしたりしない。
いつもいつも一緒にドレスを見て、十六歳の時も十七歳の時もお祭り用のドレスを選んでもらって、それでも全く婚約なんてしていなければ、街の人たちは「ああ、あの二人は違うらしいよ」と笑って納得してくれるようになっていた。
私と一緒に来たのに、店員さんに熱心に聞くことが三十代のお姉様用の服飾についてだったり、出産した妹様へのお祝いは何がいいかとかだったり、婚礼衣装に相応しいレースの模様についてだったり。
そんなことばかりなのだ。
ジョシュア様はそんな調子で、私に対しては子供扱いをする。
お祭りの日に来てくれても、私の家族と一緒にいるのは最初だけだ。夜が更けていくときれいな女の人と仲良くなって、どこかへ消えていくことも多かった。
ジョシュア様が女の人と出かけるのは、祭りの日に限ったことではない。
休暇で私の家にいる間、ジョシュア様はふらりとどこかへ行くことは多い。それは当然のことで、お母様は「男の人はそういうものなのよ」と真面目な顔で私に語ってくれる。
だから、私は何も気付いていないふりをした。
翌朝、ひっそりと戻ってきたジョシュア様の服に女の人が使う香水の香りが残っていても、風邪を引いて鼻が詰まっているふりをして、何も気付かない顔をし続けた。
でもそんなことがあるたびに、私はなぜかとても悲しくなった。夜中に泣いてしまって、熱を出したふりをして腫れた目を隠したこともあった。
……いっそのこと、ジョシュア様のことが嫌いになれたらよかったのに。
私が十八歳になって迎えたお祭りの日。わざわざ休暇をとって来てくれたジョシュア様は、初めて私と一緒に歩いてくれた。
普通なら、あっという間に色々な噂が流れるような状況で、でも私たちに関しては面白いくらいに全く噂にならなかった。
「またあの方に笑顔を向けられているわ!」と私に嫉妬を向けてくる女の人はいても、敵視されることはない。
せいぜい、「あんなお兄様が欲しい」と羨ましがられるくらいだ。
ウェディングドレスを飾る内覧会に行っても、「おめでとうございます」とか言ったり、「お式はいつですか?」とか聞いてくるのは他の街からやってきた新人店員さんだけだ。
そんな誤解は、翌日には消えた。
私はジョシュア様の付き添い。ドレスやレースを見たいジョシュア様の表面的な口実。
その見返りに、帰る前に通りを歩いて、私の買い物を付き合ってもらって、流行の甘いお菓子を食べたりする。
私が十四歳の時に出来上がった商人的な契約は、あの日からずっと続いていた。ジョシュア様は小娘相手の約束を、律儀に守り続けてくれる。
ジョシュア様がとても楽しそうにドレスを見ているから、私はその横で呆れ顔を作り続ける。レースを真剣に見つめ、メモをして、時として店員に色々な流行の話を聞いて。
そんなジョシュア様の貴重な時間を、私は契約を守るという口実で一緒にいる。
時々、ドレスもレースも見ずに公園で散歩をするだけの日もあったけれど、それは公園で散策する女性たちの服を観察するため。
私たちの話題は行き交う女性たちのドレスや装飾品についてで、あのドレスと向こうのドレスのどちらの色が好きかとか、そういう話ばかり。
いつもジョシュア様はとても楽しそうにしていた。もちろん私も楽しくてたくさん笑っていた。……でも同時に、いろんな女性たちに気楽に話しかけられるジョシュア様を見ることになって、とても切なく苦しい時間だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます