第2話 わたしたちの関係
いかにも貴公子然とした姿で注目を集めているジョシュア様は、でも一人で来ているわけではない。私という連れがいる。
初めて私たちを見た人は、結婚が近い二人なのだろうと思うだろう。
あるいは、婚約直前の、まさにプロポーズ代わりに一緒にこの内覧会に来ているのだと思うかもしれない。
服飾の専門家ではない男性から、どんなドレスが好きかとか、どんなレースや刺繍が好みかと聞かれれば、それはプロポーズの言葉だ。
だからジョシュア様の連れである私には、「二十歳という結婚適齢期末期のくせに、あんな素敵な男性と一緒にいるなんて!」いう嫉妬と、「私もあんな風にプロポーズをされてみたい!」という羨望が向けられている。
ドレスのレースを見るジョシュア様の真剣な眼差しは、そんな誤解を受けても仕方がない。
……もちろん実際は違う。
私たちは一緒にいるけれど、もちろん恋人とかそう言う色めいた関係ではない。
私とジョシュア様とは、身分が違う。
お父様は商都ローヴィルを本拠地とする商人で、私はそういう商人の娘。でも、ジョシュア様は貴族なのだ。
ただしご実家はどうやら没落気味で、いわゆる貧乏貴族らしい。ジョシュア様の上にはお兄様二人とお姉様が二人いて、下にも弟様が一人に母親違いの妹様がたくさんいるのだ。
そういう環境だからか、ジョシュア様は十代の頃から王国軍の騎士となっていた。今では半年前にお辞めになったけれど、それまでは花形騎士の一人だった。
対して、私の父親は羽振りがいいけれど、ただの商人。幼い頃から知っている人だからといって、私が恋人になれるような身分ではないし、時々言われるような婿候補でもない。
確かに、私はジョシュア様に誘われたからこの内覧会に来ている。
でも、私が誘われたのはただの口実作りのため。若い女性と一緒なら周囲の目が煩わしくないから、というそれだけのために同行している。
だから本当に、私はただの同行者でしかない。
この新作ドレスの内覧会に来たいと望んだのは、ジョシュア様なのだ。
もちろん、私も十分すぎるくらいに目の保養をさせて貰っている。きれいなものを見るのはとても楽しい。でもジョシュア様の堪能ぶりは、そんな小娘の気楽な娯楽レベルではない。
何度見てもびっくりするくらい、ジョシュア様の目は真剣だった。
「……なるほどね。あの形を利用して本来の襟飾り以外の使い方をしているのか」
熱心にドレスを見ているジョシュア様は、ぼそりとつぶやいた。
すぐ横に立っている私にだけ聞こえる、低くて小さな声だ。
たぶん今は、スカートのひだを飾るレースのことを言っているのだと思う。
その前は、首回りのレースの重ね方に感心していた。
このドレスの前に立ってすぐは、袖を飾るレースの模様が参考になるとスケッチをしていた。
私にしか聞こえないつぶやきはしばらく続いていたけれど、やがてジョシュア様はドレスに背を向けた。私に向けられた笑顔は、とても満足そうに見えた。
「もういいの?」
「うん、存分に堪能したよ。リィナちゃんはもっと見るかい?」
「いいえ、私ももう十分すぎるくらい見たわ。これ以上見ていたら目の毒と言うか、もうお腹がいっぱいって感じ」
「では、今度は目ではなくお腹を満たしに行こうか。甘い物でもどう? 君の買い物にもお付き合いするよ」
そう言いながら私に手を差し出す姿は、上機嫌そのものだった。
私の付き添いという名目だけど、ジョシュア様は私以上に熱心にドレスを見ていたから、充実した時間を過ごせたのだろう。
私たちは店を出て、通りを歩いていく。こうして一緒に歩いていると、ジョシュア様は本当に素敵な人だと思う。
十年以上騎士団に所属していたのに、武人によくある威圧感がない。
街中を歩く時はとても身綺麗にしてくれるし、身のこなしにもむさ苦しさはない。女子供が恐怖を覚えるような巨体でもない。
背は高いけれど高すぎず、まるで物語に出てくる夢の王子様のようにすらりとしている。
きれいに整っている顔立ちは、どちらかと言えば甘め。全てが貴族という生まれに相応しい容姿で、なのに誰に対しても気さくで親切だ。
本当に、私をエスコートしてくれるのが不思議なくらい、素敵な人。
こんなに素敵な人が、なぜ私と一緒にいるのか。
それは昔から付き合いがあるからだ。
貴族との交流に熱心なお父様が作った縁のおかげで、ジョシュア様とは十一年前からこうして気安く接することができている。
十一年前の私は、まだ九歳だった。
そのせいだろうか。ジョシュア様にとって、私はいまだに小さな子供でしかないようで、ドレスを見に行きたいと思ったら必ず私を誘ってくれるし、その帰りには有名なお菓子の店に連れて行ってくれる。
それはずっと続いていて……私は、もう二十歳になってしまった。
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