商人の娘でしかない私が、騎士様のそばにいる方法

第1話 庶民のドレス事情

　普段着の襟元を飾る細いレース。

　あるいは、晴れ着のスカートを彩る刺繍。

　どちらも女性の憧れだ。

　階級的にも財産的にも恵まれた貴族の令嬢なら、きっと気軽にたっぷりとレースや刺繍を楽しることができる。

　でも私のような商人の娘は、レースは普段は襟元や袖口などに少しつけるくらいしか許されていない。これは昔からの規則で、庶民は過度な贅沢品を身につけてはいけないことになっている。

　だからと言って、美しいレースや華やかな刺繍を諦めなければいけないかといえば、そうでもない。見えるところに使うなというだけなので、ハンカチとか下着とかにひっそりと使えばいい。

　ちょっと余裕のある商人階級の女性たちは、その抜け穴に従ってハンカチをレースで飾る。服の下に隠れる下着はもちろん、一見質素な普段着の裏側にも刺繍やレースを使ったりする。

　私が見た中では、お父様の商売の取引先の女性が一番素晴らしいレースを使っていた。

　その女性は年齢としては「おばあさん」で、歩いている姿は地味な灰色のドレスなのに、スカートの内側には風に煽られてもギリギリ見えない範囲までびっしりと緻密なレースで飾られていた。

　さらに、長い袖をくるりとひじまでまくりあげると、内側は華やかな刺繍で飾られていた。こっそり見せてもらった時は、本当に驚いた。

　あのおばあさんのドレスの凄さは、その隠れた贅沢さだけではなかった。刺繍が内側にあるのは肌触りが悪いからと、刺繍の上にさらに柔らかくて薄い布を重ねていた。

　白くて薄い布越しの刺繍はとても清楚な雰囲気で良かったのだけど……刺繍の素晴らしさをあえて隠してしまうなんて、あまりにも贅沢で言葉を失った。あのような方が本当のお金持ちなのよと、お母様がそっと教えてくれた。

　ありがたいことに、お父様は商人の中でも羽振りがいい方だ。

　だから私も、ハンカチに細やかなレースをつけて楽しむくらいは日常的にできる。

　でも、やっぱり刺繍やレースを目に見える形でたっぷりと使ったドレスは別格だ。

　なんて贅沢なのだろう。

　とてもとてもきれいだ。あの小さなレースの襟飾りだけでも、どれほどの手間がかかっていることか。

　部屋のほぼ中央に飾られた美しいドレスの前で、私はいつまでも続きそうなため息を飲み込んで、そっと隣を見上げた。

　私の隣には、剣を帯びた背の高い男の人がいる。

　わずかに癖のあるプラチナブロンドを、背中にかかるくらいに伸ばしている。洒落者として名高い王国軍の騎士様たちによくある姿だ。どちらかといえば派手な髪型なのに、ジョシュア様の場合は少しも嫌味に感じない。

　むしろ、とてもよく似合っている。

　真剣な表情をたたえる目は、緑色が少し混じった青色。

　髪と同じプラチナブロンドの長いまつ毛は、女性なら誰でも羨ましく思うだろう。スッキリとした鼻筋も、やや薄い唇も、耳の形まで全てが完璧に美しい。

　初めてジョシュア様を見た人は、だいたい呆然としてしまう。

　この世にこんなきれいな人がいるのか。

　このきれいな人が男性なのか、と。

　これだけ美麗な人だから、真剣な目で見つめている対象が婚礼用の衣装に負けないくらいきれいなドレスであろうと、誰も不思議に思わない。

　美しい人は、やはり美しい物を愛でるのだな、と思うらしい。そこには何の根拠もないのだけど、そう言う理屈にすら気付かないことがほとんどだ。

　でも、ジョシュア様が凝視しているドレスは、本当に美しい。

　今日の内覧会で用意された見本の中で、一番贅沢で華やかなのはもちろん、一番高価なのだろうと思う。

　ここは商業地区にある店で、今日招待された人々は庶民階級だ。

　だから、飾られているドレスがどれほど美しく見えようと、貴族だけに許される絹製ではない。

　でも、それぞれが最上質の布で、貴重な染料で贅沢に色をつけている。

　それだけでも唖然とするような高価なものなのに、さらにたっぷりと長いスカートには全面に細やかな刺繍が施されていた。

　広めに開いた胸元は、とても細かい模様のレースでたっぷりと飾られている。襟元や袖、それにスカートの裾にかけて、ところどころでキラキラと光を反射しているのは西方産のガラス玉だろうか。

　見ているだけでうっとりとする上質さで、その金額を想像してため息をつく。

　この場に招かれた裕福な商人階級の妻や娘たちは、実はこのドレスはぎりぎり手が届く範囲の中にある。

　同じようなドレスを注文することを、真剣に考えている女性はいるだろう。

　多くの若い娘たちは、ここまで贅を凝らさなくてもいいから、あのレースや刺繍をドレスに使ってみたいとうっとりとしている。

　庶民でも、祭りの日や婚礼といった特別の日ならば、ドレスをレースや刺繍で飾っても大目に見てもらえるのだ。

　……でも。

　今、この場に集まった女性たちが見惚れているのは、ここに並ぶドレスとは限らない。ジョシュア様をチラチラ見ながら頬を染めている人が、本当に多すぎる。