笑わない姫は笑わない
キングスマン
笑わない姫は笑わない
王から民へ
我が娘を
金品、土地、称号、望むもの何でもだ。
腕に覚えのある者は明日の朝、宮殿前の広場に集まってほしい。
一人でも多くの参加に期待する。
以上
翌日。
玉座に腰をおろした体勢で、国王は頭を抱えていた。
名君として名を馳せていたこの王は、諸外国のいざこざの解決に
それでも国内に大きな問題が起こらなかったのは、国民から厚く信頼されている証左といえる。
問題は、自国ではなく自宅にあった。
これまでは遠征から帰還するなり飛びついてきた娘が、出迎えてすらくれなかったのだ。
そういうこともあるだろうと、その時点では深く考えなかった。
次の日、宮廷で顔をあわせてこちらから声をかけると、実にわかりやすく無視をされた。
思春期の娘だし、今はそういう時期なんだろうと、王はそれを受け入れた。
とはいえそんな状態が十日もつづくと、さすがにこれは尋常ではないのではないかと、不安がよぎる。
王はおそろしかったのだ。
娘から無視をされていることではない。
娘の顔から表情が消えていることが、である。
不快そうであったり、怒りを
いや、よくはない。しかし、どんな花や宝石や絵画でも
娘の笑顔はどこに消えてしまったのだ。
そうしてこの王は即位して以来、はじめて己の私利私欲のために権力をふるうに至った。
娘の笑顔のために、国民に呼びかけたのだ。
ところが、想定外の事態に見舞われることとなる。
姫を笑わせようと国中から
ゆえに、王は頭を抱えていたのだ。
「……もしかして、娘ってみんなから嫌われてるの?」
「そのようなことは決してありえません」
そう答えたのはメイド服を身に
国王の娘と同い年であるこの少女は、侍女として幼き日より、娘と共にあった。
「姫様は全ての国民から愛されています」
「信じていいのか?」
「例えば、陛下が狩りに出かけそこでケガをすれば、この国の最高の名医の手で迅速な処置が施されることでしょう。一方、姫様が狩りに出かけるとなれば、間違ってもそこでケガなどされぬよう、一流の狩人たちがあらかじめ全ての獣を討伐しているでしょう」
「なんだ、その例えは」
「国民は陛下よりも姫様を愛している、ということです」
「親としては嬉しいが、王としては反応に困るな。しかし、ならばどうして誰も集まらない?」
「……それは」
「明日からまた遠征だ。しばらく帰れない。せめて娘の笑顔を胸におさめておきたいと願うのは強欲か?」
「いいえ」メイドは首を横にふる。
「ではどうすればいい」国王は、ため息を
「陛下御自身が姫様と対話されてみては?」
「もうとっくにやった。そして全て撃沈だ」
「ここは戦場ではありません。敗北は死ではなく、再戦も許されます」
「だがもう打つ手もない」
「私が影からサポートします。姫様をお呼びしますので、しばしお待ちを──」
「そんな急に、おい、待ってくれ!」
メイドは待たずに、飛び出した。
そして戻ってきた。隣に美しい少女をつれて。
「…………」娘は無表情で、無感情で、無言だった。
「…………」国王は気まずそうに作り笑いを浮かべている。
王と娘の間には子馬一頭ぶんほどの距離しかひらかれていないのに、心のそれはアマゾン川ほどあった。ちなみに約6400キロメートルである。
「どうして黙っていらっしゃるんです?」
いつの間にか背後にいたメイドが語りかけてくる。
「どうしようもないだろう、こんな状況」
「沈黙が一番いけません。何か面白いことを喋ってください」
「面白いことって?」
「ジョークなどです。鉄板ネタを一つくらいお持ちでしょう?」
「わかった……では、とっておきのやつを」
ごほん、と王は咳払いをして芝居がかった口調ではじめる。
「金持ちの政治家がタイムマシンを使って、中世の街にやってきた。中世のホテルで一泊した翌日、中世の街を観光したかったんだけど、もう歩きたくなかった。だから政治家はホテルマンにタクシーを呼んでくれと頼んだ。中世のホテルマンはしばらく何かを考える素振りをみせて、そしてこう叫んだ。『おい誰か、タクシーって名前の使用人を知ってるか?』ってね」
「────ッ」メイドは小馬鹿にするように小さく吹き出す。
「お前いま、鼻で笑っただろ?」王はそれを見逃さなかった。
「──も、申し訳ありません陛下……その、あまりにもネタのチョイスが微妙すぎて反応に困りまして……でもご安心ください。どちからといえば面白かったです」
「お前を笑わせてもしょうがないだろ、見ろよ娘の顔を」
「…………」
姫君の表情は中世の石像の如く、無、であった。
「では実力行使をされてみては?」
というメイドの案に国王は疑問符を浮かべる。
「どういうことだ?」
「姫様の笑顔をご覧になりたいのであれば、正攻法である必要はないと申しているのです」
「だから、それはどういうことだ?」
「脇をくすぐるなどすれば簡単かと」
「いやいやダメだろ。家族とはいえ父親だし、そういうのってセクハラになるんだろう?」
「セクハラではありません。性的虐待です」
「よけい悪いではないか」
「ご安心を。わたくしめがやってまいりますので」
そうしてメイドは、娘に向かってすたすた進む。
「おい、お前──」
王は制止するが、メイドは聞かない。不敬である。
「はーい、姫様、ばんざいしてくださーい」
メイドは姫君の両手をあげさせ、脇をこちょこちょ刺激しはじめる。不敬である。
およそ一分経過。姫に反応は皆無。
メイドは首をかしげ、王のもとに戻り、そして告げる。
「あなたの娘さん、脇の神経が腐ってるんじゃないですか?」
「お前いま、首をちょん切られても文句いえないこと言ってるぞ?」
「あ、そうだ」ピコンとメイドは何かを
「──な!?」国王の表情がかたまる。「なぜその名を?」
「ご存知なのですね。でしたら話は早い。いますぐその者をここに呼んでください」
「なぜ?」
「姫様の笑顔のためです。幼少のころ、姫様に何度か聞かせていただきました。ぺちんぺちんマンのことを話されるとき、姫様はいつも笑顔でした」
「……しかし、だな……」
「陛下、おそらくこれは最後のそして最善の策です。姫様の笑顔を取り戻すには、ぺちんぺちんマンの力をかりるほかありません」
「……わかった。では……呼んでくる」
国王は重い足どりで、扉を開け、どこかに消えた。
数分後、どこからともなく盛大な祭り囃子が流れてきた。
扉は開かれ、星のかたちのかぶり物をした国王が奇抜な動きで入ってきた。
こちらに背を向け、上半身はフリルのたくさんついた白い洋服姿で、下半身は丸裸だった。
必然として国王の
「やあこんにちは! 僕はぺちんぺちん星からやってきたぺちんぺちんマンだよ! さあ僕の星の歌をきいておくれ! そうれ、ぺちんぺちん!」
いいながら国王は腰をふり、その結果、彼の臀部はぺちんぺちんとリズミカルに歌いだす。
その催し物は約五分つづき、国王 a.k.a ぺちんぺちんマンは部屋をあとにした。
「で、どうであった?」
何食わぬ顔で国王の装いで戻るなり、彼はメイドにそう訊ねる。
「スマホやツイッターのない時代でよかったです。あればこの数分でこの国は二千回は滅んでました」
「わけのわからぬことはいい──娘は?」
「それは陛下の目でご確認を」
促された先にある姫君の表情は──
無。
「先ほどからずっとあのままです」
「ダメじゃないか! ぺちんぺちんマンまで呼んだのに!」王は地団駄を踏む。「……もういい、疲れた……」絶望し、うなだれる。
「……陛下」
「……娘もそうだが、民たちにも失望した……何でも望みを叶えると約束したのに信じてもらえなかったのか……それとも私にはそこまで人望はないのか……?」
「陛下は国民に愛されていますよ。もちろん私からもです」
「申し訳ないが、信じられない」
「これをいうべきかどうか迷っていたのですが、陛下の願いを叶えないことが国民たちの願いだったのです。そして陛下は明日、姫様からの最高の笑顔で他国に
国王は顔を上げる。
「……どういうことだ?」
メイドは微笑む。
「陛下と姫様ほど国民に愛されている人はいない、ということですよ」
王から民へ
我が娘を
金品、土地、称号、望むもの何でもだ。
腕に覚えのある者は明日の朝、宮殿前の広場に集まってほしい。
一人でも多くの参加に期待する。
以上
この看板の隣にはもう一本の看板が立てられていた。
国民のみなさまへ
今回はもう少しだけ父と一緒にすごしたいので、隣の看板は見なかったことにしてください。
それが私からのお願いです。
笑わない姫は笑わない キングスマン @ink
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